表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/48

第2話 「今がその時」



 堕神(だしん)の肉体は黒い瘴気(しょうき)に覆われながら膨張を続け、壁をも押し広げるほど巨大化していく。


 その姿は既に、先ほどの蜘蛛のような形状を超え、禍々しく抗い難い、邪なる神そのものだった。


 亜蓮(あれん)は堕神が再生する様子に目を光らせ、再び剣を構えた――


「待って……待ってっ!!」


 空間を貫くようにモモが叫んだ。気づいた亜蓮が肩越しにモモを見やる。


「私も戦う! 私も、貴方達みたいに戦わせて!!」


 亜蓮は足を止め、半身だけ振り返った。冷たい瞳が、モモの幼さと覚悟を見定めるかのように見つめる。少しの沈黙の後、彼は刀を下ろした。


「だめだ」


 当然のように返ってきた短い否定の言葉に、モモの胸がずきりと音を立てた。奥歯を噛み、ぎゅっと胸を握りしめる。


「私は……! 私、は……!」


 声が詰まる。当たり前だ。ただの人質が何を馬鹿なことを言っているんだと思われただろう。


 荒くなる呼吸に言葉が押しつぶされる。亜蓮の背中越しに見える荒れ果てた戦場と、堕神の禍々しい姿が胸を突き刺した。


 でも、諦めきれない。ここで折れたくない。胸の奥で、これがお前の進む道だと、彼と共に行けと、誰かが叫んでいる。


 激しく上下する胸を抑えながら、モモは必死に言葉を探す。


 怖い。帰る場所もない。でもそれ以上に、あの部屋にはもう、戻りたくない。でも、戻りたくないだけじゃだめだ。

 

 私も、本当は、自分の力で前に進めるようになりたい。私も、誰かを助けられる人になりたい。誰かを守れる人になりたい。


 この人達みたいに……!


 ――震えを振り切り、モモがキッと亜蓮を見上げた。


「私は、自分の未来は自分で選び取れる人間になりたい! 強くなりたい!! 誰かを助けられるくらい、強くなりたい!」


 その時、冷徹だった亜蓮の目が僅かに動揺した。瞳の奥が一瞬、辛い痛みを伴う過去を映す。モモはそれに気づかず、俯きながら震える。


「もう、何もできないままの自分は嫌なんです!」


 心からの悲鳴のような声で告白するモモに、亜蓮の冷徹な瞳の奥がわずかな迷いと痛みで揺らぐ。


 ほんの一瞬、亜蓮は祈るようにぐっと目を閉じた。ゆっくりと瞼を開け、再び瞳に冷静さを取り戻すと、静かにモモに向き直る。


「……僕達の目的は、逢魔(おうま)を倒すことだ」


「逢、魔……?」


「一年前、この土地に大厄災を引き起こし、殺戮と破壊の限りを尽くした存在。全ての堕神を生み出した、魔の根源。今も、この千年京の地下に眠っている」


「それが、また目を覚ますってこと?」


「そう。逢魔の復活を阻止し、今度こそ奴を祓う。それが僕達の目的」


 そう語る間も、堕神は亜蓮の背後で膨張し続けている。まるで、刻一刻と復活の時を刻む巨大な存在の暗示のように。


「今千年京は、結界の力で外界と隔絶されているけれど、次に逢魔が復活すれば……もう止められない。世界中が、ここみたいな地獄になる。それを止めるために、戦ってる」


 亜蓮は一呼吸置き、モモを真っ直ぐに見つめる。


「ここまで話しても、僕達についてくる覚悟が、ある? ……命を、賭ける覚悟がある?」


 モモは目を伏せ、一瞬だけ沈黙した。


「……要するに、ここで戦わないともっと大勢の人が死ぬってことですよね」


 今度はモモが亜蓮を見据える番だった。その瞳には、純粋な怒りと願いが燃え始めてきた。


 亜蓮は答えない。ただモモを試すように頷く。

 モモはきつく拳を握りしめ、空気を裂くように叫んだ。


「やります! やらせてください!!」


 モモの瞳は燃えるように輝き、純粋な正義が溢れ出している。


 周囲の空気が変わる。亜蓮が目を見開いた。彼女の存在が、暗い景色に一筋の光を差し込むように映る。


 その時、亜蓮の中であり得ないことが起こった。


 自分を見据えるモモの姿が――()()()()()()()の面影と重なった。


「貴方達みたいな人がいるって知ったのに、助けられたまま、ただ黙って見てるだけなんて嫌だ!! 私も戦いたい!! 私を、仲間に入れて!!」


 亜蓮はモモをじっと見つめ、沈黙する。その瞳には躊躇(ためらい)いと、()()()()の記憶が映り込んでいた。しかし、何かを断ち切るように目を閉じる。


 そして――


「…………わかった」


「亜蓮様!?」


 花緒(はなお)が驚きの声を上げる。


「亜蓮様、本気ですか!? 彼女は一般人――」

 

「花緒」


 穏やかに(いさ)める声に、花緒は喉まで出かけた言葉を引っ込めた。

 亜蓮が静かにモモに歩み寄る。


「君の名前は?」


「モモです。渡良世(わたらせ)モモ」


 亜蓮は再び頷くと、両手をゆっくりと広げた。その掌に、黄金色の華のような炎が静かに現れる。


「これが、戦いたいという君の願いを叶える力だ」


 燃やす者の心を照らし、その奥底にある"魂”を暴き出す神火。その(まばゆ)い光に亜蓮は目を細め、わずかに息を整える。


「この炎は、人を思い遣り人の為に使うことで初めて真価を発揮する。呪いと怨嗟(えんさ)輪廻(りんね)を断ち切る唯一の力」


 炎が揺らぎながら膨らんでいく。その美しさと温かさに、モモは自然と引き寄せられていく。


「――望むなら、受け取れ」

 

「はい!!」


 モモの目に強い意志の火が灯る。自ら未来を掴み取るように――華炎(かえん)を掴んだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ