第2話 非公認退魔組織・暁月《あかつき》
2029年4月13日 夕刻。
異界の門より、突如として悪神・逢魔が襲来。
「逢魔時」と呼ばれる未曽有の大厄災が、日本を襲った。
逢魔の呪われた魔力は日本各地に祀られていた八百万の神仏・霊・妖を飲み込み、
その魂をーー異形の魔へと堕とした。
しかし、堕神達が人々の生活を蹂躙し始める中、超巨大規模の結界術が発動。
呪われた神々を一所に集め、魔の根源である逢魔の封印に成功した。
しかし、結界内には、現代と古代が混ざり合う異形の地ーー《千年京》が残った。
あれからおよそ一年ーー。
千年京は依然、異形の脅威に怯える地獄であり、人々は、国家退魔師隊に頼りわずかな平穏を保っていた。
だがそんな中、国家を凌駕する謎の新勢力が出現。
正体不明。
少数精鋭。
名を、ーー《暁月》。
圧倒的な力を誇る彼らは、未知の秘術ーー《浄化滅却の炎》を振るい、神域内の堕神を次々と祓い始めた。
そしてその中心に立つのは、
黒衣を纏い、赤い瞳を復讐の炎に燃やす、一人の青年だった。
* * *
「今の魔力解放に気づいた国家退魔師隊が集まってくるはずだ。……すぐにこの場を離れよう」
亜蓮の冷静な声に、モモはきょとんと首を傾げた。
「国家退魔師隊?」
「話は後」
腕を組んでいた花緒が、鋭くモモを制する。
「大勢で動くと人目につきます。別れて移動して、アジトで合流しましょう。」
即座に、全員が頷いた。
「御之、モモを頼めるか」
「オーライ、相棒」
「ーーは?」
御之の軽口に、花緒がピタリと動きを止めた。鋭い視線が御之に突き刺さる。
「どこのいかがわしいクソ金髪サングラスが、亜蓮様の“相棒”ですって?」
「ええやん、事実やし~」
御之が得意そうに目を細めると、花緒の眉間に青筋が浮かび、手元に小さな結界が光を帯び始めた。
「花緒さん……後でにしましょ……ね……」
一触即発の2人を、千助がぼそぼそと諌める。
亜蓮はというと、背の高い2人を見上げて無言の渋い顔だ。
モモは、気づかれないよう千助をこっそり観察した。
猫背に茶色のくせ毛、不安そうな淡い橙色の瞳。
着古した羽織と白のハイネック。
ダボダボのカーゴパンツに、登山ブーツ。
自信なさげな空気が、服装のちぐはぐさにも滲んでいる。
背は高いのに、どこか頼りない。
この場にあって、彼だけが妙に浮いて見えた。
モモと目が合った瞬間、千助は顔を赤くして慌てた。
「な、なんだよっ、俺は面倒みれないからな……!?守ってもらう側だしっ!」
「ほな、俺から自己紹介やな」
御之がくるりとモモの正面に回り込む。
腰をかがめ、愛嬌たっぷりの笑顔で目線を合わせた。
「俺は紫月御之、式神使いやっとるで。気軽に名前で呼んでな、新人ちゃん」
「……は、はい!御之さん!」
モモは嬉しくなって、はきはきと両拳を握る。
「僕はこのまま直上する」
「私は市街に出るルートで行きます」
「んじゃ、俺らは居住区から抜けるか」
御之が振り返り、モモはしっかりと頷いた。
「亜蓮様、お気をつけて」
「待って!置いてかないで!夜道怖いよォ!」
それぞれが別方向へ動き出す。
花緒と千助が姿を消していく中で、1人背を向ける亜蓮に、モモは心がざわついた。
「ーーあ、あの!」
「ごめん、今はあまり時間がないんだ」
振り返った亜蓮が短く告げる。
付け入る隙を与えない声音に、モモの声が詰まった。
亜蓮は一瞬後ろ髪を引かれた表情をしたが、その眼差しにはどこか焦りが滲み出ている。
しかしすぐに冷徹さを纏い直して、諭すようにモモを真っ直ぐ見つめした。
「……あとで話そう」
羽織を翻し、跳躍。
そのまま闇の天井に吸い込まれるように、姿を消した。
モモは両手を握りしめながら、漆黒の天井を見上げて立ち尽くす。
(受け入れてもらえたと思ったけど、勘違いだったのかな……)
あの時、少しだけ心が通じ合えた気がしたのに。
……突き放されるのには慣れてるはずなのに、なんで、こんなに苦しいんだろう。
不安が、じわじわと心の奥から広がってくる。
その時、
「……惚れてもうた?」
「えっ!!?」
不意に耳元で囁かれ、モモは背筋を跳ね上げた。
振り返ると、御之がにやにやと面白そうに覗き込んでいる。
「そんな露骨に亜蓮の方が良かった顔されたら寂しいやん〜!え〜チェンジかぁ〜この俺がチェンジかぁ〜悲しいなぁ〜」
芝居がかった仕草で、御之が腕を組みながら大袈裟に天を仰ぐ。
「俺の方が強くておもろい自信あんねんけどなぁ……。しゃーない、亜蓮来てもらうか!」
「だっ!!?そ、そんなことないです!!御之さんのことも知りたいです!!」
モモが慌てて、スマホを取り出した御之の腕にしがみつく。
それを見て、御之はぱっと笑顔に戻った。
「よっしゃ♪ほんじゃ、アジトまで俺といっぱい楽しいお喋りして帰ろーな。モモちゃん」
御之がサングラスをちょっと外し、金色の瞳がウインクする。
モモが、はっ!!と息を呑んで口に両手を当てた。
「顔面が綺麗……!!?」
「おおきに♪よー言われる」
御之はサングラスを戻しながら嫌味なく笑う。
改めて高身長だ、とモモは見上げて思った。
背丈は185センチ以上はあるだろうか。
黒スーツに紫のワイシャツ。
無造作に伸ばされた金髪は深紫のレザーの組紐で一つに束ねられ、全身どこか洒落ていて、隙がない。
亜蓮とはまた違った、大人のかっこよさのある男だった。
「あれ、なんでだろう……なんか落ち着いて来たかも……」
「ええ感じええ感じ。ただちょっと散歩しておうち帰るだけや、リラックスしていこうなー」
「は、はい!」
モモの表情に、明るい笑顔が戻った。
気づけば、胸を締めつけていた苦しさがすっかり消えている。
そして、御之の言葉がじわじわと蘇ってくる。
ーー帰ろう、と。
(帰る、帰る……。そっか、これから行く場所が私の帰るところになるんだ……)
モモは嬉しくなって顔を高揚させた。
その隣で、御之の表情がふと消える。
(ーーとはいえ…)
サングラスの奥で目を細めながら、御之は思案する。
蘇るのは、以前に交わした亜蓮とのやり取りだった。
「国家退魔師隊の動きが、今までとちゃうって?」
「以前は乱雑に追跡してきたのに、最近はやけに統率が取れている……」
廃ビルの壁によりかかる亜蓮は、疲弊した表情で俯いていた。
御之は首を傾げる。
自分にそんな追跡があった記憶はないし、花緒からも特に気になる話はない。
「今までとは違う何かが、裏で動いている気がする」
……ただの思いこみという感じではなさそうだった。
とすると、狙われているのは亜蓮個人ーー。
(ま、あいつのことやし心配はいらんやろけど……念のため、か)
御之がケータイを操作すると、洞窟内を探索していた式神の一部が赤いオーラを纏う。
亜蓮の魔力に擬態したクロチが、散り散りになって地上に向かっていった。
彼らが地上で動き回れば、しばらく陽動になるだろう。
(ま、あとはなんとかするやろ)
ケータイを閉じたその時、帰り道の偵察に行っていたクロチが戻ってきて、ぴょんぴょん跳ねている。
「よしよしごくろーさん。ほな、俺らも移動しよか」
「はい!」