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第32話 「仲間が増えたら歓迎会だろうが!」



「じゃーん! 手に入ったでー!」


 御之(みゆき)が掲げたのは、漆黒つやつやボディのどデカいボードゲームの箱。


 金箔風の和文字で、仰々しくも威厳漂うタイトル――『千年京の戦い』。


 『堕神侵攻を退けつつ、呪われた都市の覇権を奪え!』『勢力を拡大して国家退魔師隊にランクアップ!』

 

 ……不謹慎なキャッチコピーが躍っている。


 モモの目がきらきら輝いた。


「ボードゲームだ! やりたいです!」


「今、千年京(なか)でも外界(そと)でも流行ってんねん。 やろやろ!」


「またそういう……」

 

 亜蓮は半眼で箱を受け取った――が。裏面のロゴを見た瞬間、眉がぴくりと動く。


『RainDrop Playworks』……叔父の慈雨月(じうつき)が率いる会社グループだ。


 ……こっちの気も知らずに、ふざけたゲームを出しやがって……!


「亜蓮さん怒ってますね……」

 

「国家退魔師隊公認やしええやん」

 

 露骨にイラァッとする亜蓮など気にせず、御之はバカッと蓋を開ける。


「これ、頭使うやつですかー?」


「慣れれば簡単やでー」


 モモが箱の中身を覗き込み、目がさらに輝く。


 存在の不謹慎さに反して、中身はなかなかのこだわりだった。

 和風ダークファンタジー風の六面ヘクスのマップ、美麗なカードやプラスチックのコマ、遊び方動画のQRコード付きの説明書と、蓋を開けただけでワクワクさせてくる。

 クオリティの高さで批判意見も力技で黙らせてくる感じが逆にムカつく。


「……」


 と、カウンター越しに、花緒(はなお)がスマホ片手に無表情でこちらを見ているのに御之が気づく。


「花ちゃんもやろやー」

 

 御之が手を振るが、ふいと視線を外される。


「おーい、無視はあかんやろ、無視はー? はぁ、ほんま最近なんやねん……」

 

 大袈裟に肩を落として御之がぼやく。


 モモにとっても、花緒の静けさは気がかりだった。

 

 ……最近の花緒は、ずっとこんな調子だ。

 御之と挑発にも毒舌にも乗らない、完璧な影の従者。

御之とやり合っていたあの火花は、どこにもない。亜蓮と接する時も終始穏やかで、感情が一切波立たない。


 ――何か諦めた風にも、見えなくもない。


「なぁ、お前なんかしたん?」


「……」


 御之が亜蓮を横目で見る。亜蓮は気まずそうにコマを開封するばかりだ。


(……いや、絶対あれのせいだ)


 モモの脳裏に、あの日の亜蓮の声がよみがえる。


『生きて、今の僕のそばにいて。もう――離れないで』


 ……どうっっっ考えてもプロポーズ未遂。

 

 ただし、なんと、花緒には婚約者がいた。しかもその婚約は、亜蓮の生活援助と引き換えの政略的なもの。しかもしかも、婚約者は亜蓮さんの叔父さんの、超やり手社長!!……ただし、愛はある。


(でもいや……亜蓮さんだって相っっ当花緒のこと好きだよね……!?)


 モモの視線が亜蓮を射抜く。さながら物理攻撃のような無言の圧に、亜蓮は思わず肩をビクッと震わせた。


「……な、何?」


(近接戦しか使わないのも花緒を守るため。挙動不審も、好きだから。でも婚約者がいるから諦めようとして……でもせめて従者としてはそばにいてほしくてぇ……!! ああああ! なんで婚約なんてしちゃったんだよ花緒ーーーッッ!!)


 モモが、があーー!!!と叫びながら頭を掻きむしる。


「おおお!? なんや!? まだ何も始まってへんで!」

 

 御之がルール紙を握ったまま慌てる。


 モモは拳を震わせた。……じれったい。じれったすぎる!あの日以来二人の関係に進展はない……むしろ少し距離を置いている風にすら見える。

 なんでなんだよ!こっちは浮いた話を聞きたいのを必死に我慢してるのに!これじゃ聞くに聞けないじゃんか!


「……つーかよ」


 苛立ちを抑えた低い声。一同が視線を向けると、いつの間にかソファに千助(せんすけ)が座っていた。


「びっくりした……」

 

 亜蓮が冷や汗を流しながら小声で呟く。


「なんや、いつ来たんや」

 

 御之も目を丸くする。千助は腕を組み、真顔で言い放った。


「お前ら――大事なこと忘れてんだろ」


 全員の頭上に「?」か浮かぶ。

 

 次の瞬間――ドンドンドン!!と机に並べられる肉!寿司!豪華すぎる料理の山!さらに「本日の主役」と書かれた派手なたすきが、モモの肩にバサァ!!とかけられる。


「仲間が増えたら、歓迎会だろうがーーッッ!!」

 

 千助がモモの横にひざまづき、バァンと両手を広げた。


「花緒さんもこっち! ほら来て来て! まったく、これだから戦闘狂どもは! 世話が焼けんだよ!」


 カウンターから背中を押され、花緒が不本意そうに歩いてくる。


「なんや、珍しく気ぃきくやん!」


「あほか! 俺はいつもお前らのせいで胃薬手放せねーんだよ!! 気遣いの鬼じゃボケ!!」


「千助……ありがとう」

 

 亜蓮が素直に礼を言う、が。


「あのね亜蓮さん! 俺、忘れてませんからね!? 大社でのこと! 勝手に呼び出しといて放置して帰ったこと、許してませんからっ!? ほんっと信じらんないよアンタ!!」


「ごめんて……」


「うるせー素直か!! こっちが悪いみたいじゃねーかよバーカ!! もういい! 乾杯すんぞ乾杯!!」


「千助さん……ありがとうございます!! 私最近ほんとお腹すいちゃって……!」


「モモちゃぁーんいいんだよ!! モモちゃんの胃袋は俺が養うからねっ!! たんとお食べーーっ!!」


 千助が感激しながらドボドボとモモのグラスにリンゴジュースを注ぐ。


「あ、ちょっと待って」

 

 亜蓮が立ち上がった。


「折角だから……」


 亜蓮が長い間閉ざされていた障子戸に静かに手をかけた。カラリと、静かな音と共に夜の空気が流れ込む。


 そこに広がっていたのは――四季が一度に咲き誇る、奇跡のような庭だった。


 桃の花が優しい霞のように揺れ、そのそばで紫陽花(あじさい)の青がしっとりと咲く。鮮やかな紅葉の隣では、白い椿が凛と互いを際立たせる。

 牡丹(ぼたん)芍薬(しゃくやく)……緑の苔の合間に、鈴蘭、水仙、菖蒲(しょうぶ)――。色も香りも、互いを押しのけることなく、静かに溶け合っている。


 それは本来なら、人の感覚を乱す異常のはずだった。だが、そこに漂うのは不安ではなく――調和と温もり。


 モモが目を輝かせ進みでた。


「わぁ……!」


「亜蓮お手製の庭やな」


「精霊達にちょっと力を分けてるだけだよ」


「千年京でこんな幻想的な景色が見られるのは、ここだけですね」


 庭を見つめる御之と花緒も、自然と微笑む。


 ――不思議だ。モモの目にジワリと熱い涙が込み上げる。自分の両手を合わせ、ぎゅっと握りしめた。


 ――初めて千年京に来た夜を思い出す。

 あの夜に見た桜の巨木は、妖しくて、恐ろしくて、自分というの存在の弱さを思い知らされるようで。ただただ、足元が揺らぐようで……身がすくんだ。


 でも、この庭だってありえない景色のはずなのに。胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。ここは安らいでいい場所なのだと、教えてくれる。戦いで傷つく心を、痛みを、包み込んでくれる。


 まるでここが――自分の帰る場所みたいに。


「遅くなってごめん。――ようこそ、暁月(あかつき)へ」

 

 亜蓮が真っ直ぐな目で、穏やかに笑む。

 モモの胸が熱く高鳴り、目が輝く。

 それは確かに――彼らの歓迎の証だった。


「よっしゃー! 今日は飲んで遊ぶでー!!」

 

 御之が花緒の肩を組み、


「ちょ、触らないでください……!」

 

 花緒は眉を寄せるが、その声に棘はない。


「モモちゃんを歓迎して――」


 千助が日本酒の瓶を高く掲げた。

 グラスが軽やかに鳴る。


「かんぱーーい!!」



 * * *



 数時間が過ぎて、部屋の灯りが映り込むガラス戸の向こうは、すでに真っ暗な闇に染まっていた。


 長テーブルの上には、皿と空き瓶が無造作に転がり、宴の余韻が漂っている。畳敷きの小上がりでは、千助とモモが眠りこけているが、花緒の姿は見当たらない。

 

 残っているのは、ちゃぶ台を挟んで向かい合う御之と亜蓮だけ。二人の間には、六角ヘクスを組み合わせて作られた「千年京」のマップが広がっていた。


 御之が、寺社を模した黒い駒を迷いなく置く。その手つきは、何かを支配する者のそれだ。


「寺はな、占拠されとった。妙な連中に」


 まるで雑談のように、淡々と御之が切り出す。宿坊(しゅくぼう)を追い出されていた子供達の話だ。


「勾玉みたいな石を使うて、堕神(だしん)を生み出しとった。……人間がや。モモを襲った男雛も、大社の堕神も、同じ手口や」


「……それで?」


 亜蓮はサイコロを手に取り、ゆっくりと転がす。


「手口がわかれば簡単や。目の前の奴らは全部片付けた。残りは尻尾巻いて逃げよった」


 御之は一口冷えた水をあおり、平然と言う。


 ――全部片付けた、なんて随分あっさり言いやがる。

 こっちはタネも知らない不意打ちに苦戦し、アトノマツリを討伐するのに7人がかりだったというのに。だが、それをあっけらかんとやってのけるのがこの男だ。


「長考してんなぁ」


「お前のやり方が嫌らしいせいだろ……」


 亜蓮が盤面を睨む。

 確かに亜蓮の陣営は国家退魔師隊まで昇格し、討伐力は高い。だが、龍脈も霊石も、主要な人材も、ほとんどが御之の支配下だ。

 できることがないまま、亜蓮の手番が終わる。


「……相手は人間で間違いないのか?」


「気配も姿も人やった。……あいつら、堕神を使って人間を襲わせとる。わざとや」


 御之の声が低く沈む。


「目的まだ掴めんが……ろくでもないのは確かや」


 御之がダイスを振る。

 最大値。

 堕神侵攻フェーズ。

 ここで共闘しなければ、千年京の退魔師は壊滅する。


「……おい」


 亜蓮は盤面越しに御之を見つめる。御之は唇の端を僅かに持ち上げ、意地悪く笑った。


「……嫌やって言うたら?」


「それじゃあ、千年京(ゲーム)が終わる」


「もうとっくに終わっとるやん、この都は」


 御之は黒いコマを指で弄びながら、ニヤリと笑う。


「じゃあ、世界が終わる」


「ーー()()()()()()()()()()?」


 サングラスの奥の目が、薄く笑った。

 亜蓮の胸の奥がざわつく。御之のゲーム運びと、今回の事件、モモを狙った影が重なる。


 退魔師を滅ぼす。

 千年京を闇に染め、世界をこの呪都のようにする。

 それが、今回の黒幕の狙いだとしたら――


「――ほい、ゲームオーバー」


 御之が駒から指を離す。緊張が一気に解けた。


「……これ、面白いか?」


 亜蓮は盤を睨みつけたまま呆れた声を漏らす。


「ずっとおもろそうにやっとったやん」


 御之がからからと笑って冷水を煽る。

 

 亜蓮の視線の先には――終焉を迎えた千年京。中央には真っ黒に染まった禁域のタイル。

 もしこれが現実なら、逢魔(おうま)は復活し、結界は破られ、世界は終わる。


「当面は裏取りやな」


 御之が手持ち無沙汰にグラスを揺らす。


「祭りの件は退魔師隊が捜索中やし、俺らはモモちゃんの生贄事件から追うのがええやろ」


「……そうだな」


「それも大事っすけど、亜蓮さん」


 眠っていたはずの千助が、肘をついて顔を上げていた。


「最近の花緒さん、なんか塩らしくなっちゃって……マジで何とかしてくださいよ」


 どきっ、と亜蓮の心臓が跳ねる。


「ホンマやで」


 御之までもが、わざとらしくため息をついた。


「何言うても突っかかってけえへんし、やりにくてしゃーないわ。花ちゃんはツンツンしてキッツいくらいが、ちょうどええねん」


 うんうん、と千助と御之が揃って頷く。

 いつの間にかちゃぶ台の下にいた地縛霊犬のタロまでが、呆れたようにくあーっとあくびをする。


 亜蓮は二人を見比べ、視線を落とす。その心境は……盤面よりも読みにくかった。

 


 * * *



 縁側に腰を下ろし、花緒は夜の庭を見つめていた。


 青く深い闇。枝の間を、淡い蛍の光がふわりと流れ、瞬き――やがて消える。


 その静けさの中で、胸の奥に焼きついた声がよみがえる。


 ――あの夜。

 

 『生きて、今の僕のそばにいて。もう――離れないで』


 『今度こそ、僕が必ず、君を守るから』


 もう――誤魔化しようがない。その意味を察せないほど、花緒は鈍感ではなかった。


 言葉だけじゃない。燃えるような視線。必要以上に触れようとしない手。彼の全てが、告げている。


 ――好きだ。そばにいて……と。


「……」


 花緒はそっと視線を落とした。右手に変わらず光る指輪。後ろ髪には亜蓮の従者である証、銀の簪。


 ――慈雨月、そして、亜蓮。

 二人は生まれながらに由緒正しき秘術師の血を引く者。


 花緒の家系は、その二つの家を支えるためだけに存在してきた。


 ただの従者に、選ぶ権利はない。

 想われる資格も――ない。


 蛍の光がひとつ、足もとまで近づき、ふっと闇に溶ける。その儚さが、やけに胸にしみた。



 その時――

 ……きぃ、と板張りの廊下が軋んだ。


 花緒が振り返る。


 月明かりに縁取られた人影……亜蓮だ。表情はどこか神妙で、言葉を探すように固い。


 数歩。距離を詰めたところで、亜蓮が息を吸った。


「……ちょっと、話……いい?」


 静かな声が落ちる。一瞬、花緒の瞳が丸くなった。けれどすぐ、その表情はやわらぎ、変わらぬ優しい従者の微笑みに戻る。

 

 少し首を傾け、穏やかに。けれど決して近づかない距離感で。


「はい、どうぞ」


 その笑顔を見た瞬間。亜蓮の胸がずきりと痛んだ。


 


◆暁月 


華上 亜蓮 推定20歳

紫月 御之 23歳

鮎川 花緒 21歳

渡良瀬 モモ 17歳

羽峯休 千助 23歳


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