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第29話 「祭りの後」


 

「ありえん、ありえん……! (わらわ)の計画に狂いはない……!」


 烏帽子(えぼし)頭は、怒りで血の気の引いた顔で戦慄(わなな)いた。

 

 おかしい……!今の今まで完全勝利が確定していた。数百人の生贄を手に入れ、まだ意識のあった国家退魔師ですら長期戦に持ち堪えられず全滅するはずだった。

 

 それが――あの華炎(かえん)の退魔師の動きで全てが狂った!()()()()()()を一度に4人も生み出したせいで!!


 理解できない……!奴らは互いに(いが)みあっていたはずではなかったのか?何故その場に居合わせただけの人間に神にも等しい異能を分けられる?理解できない。何故、何故、何故……!


 烏帽子頭の鳥目が憎悪に染まり、くつくつと笑う。


「……いや、構わぬ。暁月(あかつき)の剣士は、今や瀕死……。この機を逃す手はない……!」



* * *



 堕神(だしん)は二度と再生しなかった。

 

 だが、モモの視界の端が、鋭い顔つきで足早に進むシノを捉える。ずかずかと一直線に亜蓮(あれん)へ迫っていた。


(あの人……! もしかしてまだ何か亜蓮さんに言うつもり!?)


 怒りのままに駆け出し、モモはぴたりとシノの前に立ち塞がった。が、目の前に現れたちんちくりんに、シノが目を細めて片眉を上げる。


「……ぁんだ、この綿飴頭」


「わた!!?」


 ショックでモモの口が開いた。いや、ここで負けてどうする!モモはぶんぶんと首を横に振り、キッとシノを睨み返す。


「見てわかりませんか!? こっちは立ってるのがやっとの人なんですよ! 話があるなら、私が代わりに聞きます!」


「はァ?」


 バチバチとした視線が絡み合う。そこへ、柊馬(しゅうま)が怒りを帯びた目で割って入った。


「今はやめましょう、副隊長」


「……てめぇ。雑用のくせに、たまたまこの場にいただけで()()()もらえて、さぞ得意なんだろうな?」


「……今回は彼らの功労でしょう。俺達全員、死ぬところだったんです」


「はァあ!? おい童貞ッ!! てめえはどっちの味方だ!」


「お、俺は別に……!?」


 酷い流れ弾に当たった剛健が真っ赤になって狼狽えた。要らぬ情報を与えられ、周りの緊張が謎の混乱を帯びた――その時だ。

 

 結界内のあちこちで、闇鳩(やみばと)達の目が一斉に妖しい紫に光った。胸元に埋め込まれた禍玉(まがたま)がどくんと脈打ち膨張を始める。


「……っ!?」


 気配がゾッと冷え、モモの背筋が凍る。亜蓮と花緒(はなお)も視線を跳ね上げた、瞬間――。


 ――パァンッ!!


 乾いた炸裂音が重なり響き渡る。紫電とともに闇鳩たちの体が一斉に砕け散った。黒煙のような瘴気を撒き散らし、虚空に溶けて消える。


「……!?」


 その光景に誰もが目を見張る。

 すると。


「よっ、お疲れさーん」


 ひらひらと手を振る軽い声が、モモの頭上から降ってきた。


 背の高い石灯籠の上。式神文字がまだ光るガラケーを片手に、御之(みゆき)が悠々と座っていた。肩には、トカゲ型に融合した式神クロチがちょこんと乗っている。


「迎えに来たで〜」


御之(みゆき)さんっ!!」


 嬉しくなって、思わずモモは声を上げた。だが、すぐにはっとして両手で口を覆う。


(やばっ……軽々しく名前呼んじゃった……!)


 慌てて花緒を見ると、花緒は静かに首を振るだけ。


(……今さら隠す必要ない、ってことかな?)


 モモはほっと小さく息をつき、手を下ろした。

 御之が灯籠から飛び降り、そのまま自然な手つきで亜蓮の肩を担ぐ。安堵して、亜蓮は小さくふっと笑った。


「今回は随分早かったな……」


「そうでもあらへんで? 外やと、丸一日経っとるからな」



 *



 ――同じ頃。

 六面の鏡は既に真っ暗だった。闇鳩を通して監視していた視界が全て砕かれてしまったのだ。

 

 烏帽子頭の顔が引きつり、わなわなと震える。


「……くぅぅ、すぐに人を向かわせぇい!!」


 扇子を振り翳したその時、血相を変えた鳩頭達が駆け込んできた。


「主様!」


「今度は何事じゃっ!」


「そ、それが……最近乗っ取った寺院が……!」


「なっ……?」


「突然何者かによる襲撃を受け……党員も、見張りの堕神諸共に……!」



 * 



「お寺さんの方も片付いたで。……ま、詳しい話は後や」


 御之が余裕の笑みで肩を支えると、亜蓮は小さく吐息を零した。


「ああ……」


「――っ、待て!!」


 シノの怒鳴り声で、亜蓮と御之の動きが止まった。


「まだ話は終わってねえぞ。さっきの陣はなんだ! てめえら何者だ!? あの堕神のことも訳知りみてえだな……? まさか、説明もなしに逃げるつもりじゃねえだろうな?」


 シノが亜蓮を撃ち抜く形に人差し指を突き立てる。《四刻》――死のカウントダウンの構えだ。


「てめえらの力は野放しにできねえ。本部までついてきてもらう。洗いざらい吐いてもらうからな」


「おーおー。威勢のええのがおるやん」


 御之は小馬鹿にしたように口角を上げる。

 

「そんなに遊び足りへんねやったら俺が相手したってもええんやで? そっちのお仲間さんには10数えるまで待っとってもらおうか」


「あ? うるせーよ、その丸グラサン自意識過剰かすっこんでろ」


「……は? お前の白髪(しらが)マッシュルームの方がはっずいわ。ガキはバリカンで頭丸めてから出直してこいや野球ボールみたいにな。つーか容姿ディスるとか絡み方古いねん、昭和か」


「平、成、だ……! 乗っかってるやつに言われる筋合いねぇし、死にてえのか……?」


 低レベルなディスり合いで、バチバチと剣呑に睨み合う二人。


「いい加減にしてください、副隊長!」


「なんですか!? やるんですか!?」


「や、やるわけないじゃないですか! み、みなさん落ち着いてください……!」


 柊馬が怒り、モモはパニック。剛健も顔を真っ青にしておろおろする。花緒がいつでも飛び出せるよう体を低く構え、亜蓮は錫杖を呼び寄せるか必死に場を見定める。

 やはり、タダで見逃してはくれないか。彼らと事を構えたくはない。強引に突破するしかないのか?

 

 一触即発――しかし、真珠(まじゅ)の落ち着いた声が、空気を一変させた。


「……いや、その必要はない」


 穏やかな声に、亜蓮がはっと顔を上げる。だが、シノは納得いかず叫んだ。

 

「おい真珠! お前だってコイツらに聞きたいこと山ほどあるとか言ってたろーが!」


「状況が変わったんだよ。それに……君の事情はなんとなくわかった」


 そう言って、真珠は亜蓮を見る。


「彼は話さないんじゃなくて、話せないんだよ」


 どくっ、と亜蓮の心臓が跳ねた。青い顔で固唾を飲む亜蓮に、真珠は確信を深めたのか薄く目を細める。そして、ころりと柔らかい声で言った。


「とにかく、今回は助かった。この規模の戦闘で死傷者ゼロってのは奇跡だ。心から感謝するよ」


 柊馬と剛健がそれにしっかり頷いた。


「それで、えーと……後始末は我々に任せてもらえるかな? これでも一応国家組織だからね。全員、安全に送り届けるから」


「……よろしくお願いします」


 亜蓮が頷いた。互いのリーダーの意思が示され、御之が満足そうに口を開く。


「ほな、もう話はええかな」


「ああ。またどこかで会おう」


 御之はニッと口角を上げた。


「――ほな、お達者で」


 黒い霧が四人を包む。暁月の面々は、そのまま霧の中に溶けて、消えた。



 *



「……はあーーっ、くそ!! 逃げちまったぞ、あいつら!」


 シノが荒々しく息を吐いた。だが真珠は楽しそうに遠くを見やる。


「平気さ。また嫌でも会うことになる」


(だって私たちは、もう彼らの運命に巻き込まれちゃったんだからね――)


「それに……」


 真珠が近くの石に置いたスマホに飛びついた。画面をタップして、ずっと記録を続けていた録画を止める。


「この戦闘データ、早く解析しなくっちゃ♡♡ はーーー……やるぞおおおおおおお!!」


 嬉々とした声に、シノも剛健も「……だよな」と項垂れた。


「とりあえず、人手が必要です」


 柊馬はひなこを抱き上げながら言った。眠る彼女の顔は、悪夢から解放されたように穏やかだ。


「退魔師達から起こしていきましょう」


「えーっ、帰って研究したーいー」


「なに言ってんですか……」


「てめえが言い出しっぺだろうが!!」


 ギャアギャアとやり合いながらも、退魔師隊は囚われていた民間人を救出するため動き出した。徐々に結界の中は平穏を取り戻していく……が、


「うわああぁぁああん助けてぇぇーーー!!」


「うおっ!? なんだコイツ!!?」


 シノに思い切りしがみついてきたのは、顔面ぐしゃぐしゃで泣きじゃくる男――置き去りにされた千助(せんすけ)だ。


「いやだあああーー! お願い助けて保護してえぇー!! えーんモモちゃーん! 楽しくデートしてただけなのにぃー! 気づいたらまた閉じ込められてるーー!!」


「だ、大丈夫です! もう堕神は倒しましたし……じきに結界も解けますからっ!」


「いやーーーあああ!?!? こわいィィィ!!」


「……うぜぇ!!」


 シノと剛健が千助を必死で引き剥がそうとし、千助はさらに泣き叫びながら縋りつく。そんなドタバタの中、長い夜はようやく終わりを迎えようとしていた。

 


* * *


 

 未だ夜明け前の交川大社(まじりかわたいしゃ)。暗い境内には、まだ朝霧が白く立ち込めている。


 住職は本堂脇の木陰にひざまずき、ずっと念仏を唱え続けていた。額にはびっしりと汗が滲み、声はかすれ、何度も咳き込む。それでも、言葉を紡ぐのをやめなかった。戻ってこい……戻ってきてくれと、ただそれだけを、必死に。


 その時。


「せんせい!!」


 石畳を駆ける小さな足音が、ぱたぱたと境内に響いた。住職がはっと顔を上げる。勢いよく立ち上がり、境内へ走り出す。

 鳥居の向こうから、退魔師隊に付き添われた子供たちが次々と現れた。


「先生っ!」

「せんせーっ!」


 薄明かりの逆光の中を、五人の子供たちが手を振りながら駆けてくる。


「お前達っ!!」


 住職の男は崩れ落ちるようにして、子供達をまとめて抱きしめた。子供たちを抱いては離し、痛いところはないかと聞きながら、一人一人の顔を確かめる。

 

「怪我はありません。瘴気汚染の兆候も、心配いりません」


 剛健がそっと告げる。住職は涙を袖で拭い、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、本当に……!」


 その頭の上で、剛健はどこか複雑そうに眉を寄せる。住職は怪訝に思ったが、剛健は頭を下げて去っていった。


「あれ?なんか落ちてるよ?」


 一人の子供が地面を指差す。少年――タケルのポケットから、折り畳まれた小さな紙切れが落ちていた。


 タケルが拾い、それを開く。そこには不格好な字で、短くこう記されていた。


『寺 取り返したし。 戻ってヨシ!』


 タケルの目がぱっと大きくなる。


「あのお兄ちゃん達が、寺を取り返してくれたんだ!!」


 目を輝かせて振り返るタケルに、えっ?と住職が目を丸くした。


「またみんなで宿坊に住めるの?」

「やったー!!」


 子供たちが歓声をあげ、輪になって跳ねる。境内が、子供達の声で明るさに満ちていく。朝日が差し、柔らかい光が辺りを照らす。

 

 住職は大きく息を吐き、ふと空を見上げた。その視界の端に、赤い瞳の青年――亜蓮の幻が、かすかに浮かぶ。


 ――子供達がここに戻れるように念じていてくれ。生きている人の思いが、この世界では一番強いから……と、彼は言った。

 

 神も仏もないこの異界で、自分が念じることにどれほどの意味があるのか、何度も疑った。自身の無力さに絶望もした。けれど――


「……そうだ。誰かを思う、人の思いだ」


 この日彼には、異界の夜明け空が初めて、美しく見えた気がした。


 

* * *


 

 その後、大社は臨時の拠点となった。

 

 境内には医療班や退魔師達が慌ただしく往来し、保護された民間人の応急処置や移送が進められていく。被害に遭った国家退魔師達も、次々意識を取り戻し任務へと帰還していった。

 

 こうして逢魔時(おうまがとき)以来初の『集団神隠し事件』は、死傷者ゼロという前例のない奇跡の収束を迎える。


 だが同時に、この事件を機に意図的に堕神へ加担する組織の影が疑われ、交川大社の祭の主催者を追う動きが始まった。

 

 しかし、主催者はおろか、誰がどのように祭を仕組んだのかさえ分からず、まるで煙に巻かれたような結末となったのだった。


 

* * *

 


 ――暁月の拠点。


 冷たい飛び石が並ぶその先の離れの一室。


 亜蓮は布団に身を沈め、高熱にうなされ続けていた。

 白い額には玉のような汗が滲み、閉じた瞳は微かに震えている。


 その傍らから、花緒はずっと離れなかった。じっと亜蓮を見つめる瞳には、迷いも恐れもない。ただまっすぐに、亜蓮の回復を信じて寄り添っている。


 そっと、細い手が伸びる。焼けるように熱い手を取り、優しく包み込んだ。


「……大丈夫です。私がいます」


 静かな声で、しかし確かに届くように花緒は囁く。亜蓮の身体は熱と痛みに苛まれながら、その手の冷たさと温もりを繰り返し感じていた。


 ……ずっと、蓋をしてきた。


 自分は彼女の主だから。彼女は婚約してるから。

 そう思うことで、守ってきた線がある。


 けれど――

 髪を撫でられ、額に触れられ、優しく声をかけられる度、その線は音もなく崩れていきそうになる。


 胸に巣食うこれが、どれほど醜くて、恐ろしくて、表に出せば彼女を壊してしまえるものだと分かっているのに。どうしようもなく、止められない。


「――」


 亜蓮の指がゆっくり動き、温もりを探して虚空を彷徨う。それを、当たり前のように握り返してくれる手がある。瞼の裏で熱い光が滲み、熱い呼気が唇を濡らす。

 

 手放したくない。離れたくない。

 それを望んではいけない事を知っているのに。

 拒絶してくれればどんなにかマシかとも思うのに。

 諦めなければと、何度も、何度も思うのに――。

 

 それでも花緒は……ずっとそばを離れないでいてくれた。


 

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