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第28話 「ただいま、会いたかった」



 シノの目の前に、それは火の矢のように飛び込んできた。


「……っ!」

「なっ!」

「これは……!」


 真珠(まじゅ)が一歩退き息を呑む。剛健(ごうけん)柊馬(しゅうま)も、突然現れたそれに目を見張った。


 ――華炎(かえん)だ。黄金の炎だ。神火が空気を震わせながら浮いている。

 

 目が眩むほどまぶしい力の塊。シノが思わず目を細め背後の仲間を振り返ると、真珠、剛健、柊馬の前にも同じ華炎が浮いていた。

 

 あの男(亜蓮)のおせっかいか……余計なことはするなと言ったのに!

 

 シノが振り返ると、亜蓮(あれん)が血に染まった目でこちらを睨んでいた。一体どこまで人を馬鹿にする気だ……!

 

「てめえッ! 指図は受けねえっつっただ――」


「馬鹿野郎!拒むな!!」


 間伐入れず真珠が遮った。シノが真珠を見てぞくりとする。好奇心だけで動く、あのイカれた女の目が怯えている。


「……は、はぁ? 何言って……!」


「わからないのか!? 彼は取れと言ったんだよ! 拒めば必ず"返し"がくるぞ! 黙って受け取れ!!」


 矢継ぎ早に告げる真珠の表情は()()だった。言っていることはわからないが、いつもふざけたこの女が笑っていないだけで、事態はヤバいと伝わってくる。


「くそっ、なんだそれ……意味わかんねぇ……!」


 シノが華炎を睨み、顔を歪める。


「し、しかし……これが何かはわかる……!」


 剛健は青ざめた額を押さえ、呻いた。これを取れば、元の人じゃなくなる。けれどこれがあれば――()()()


「い、いいのか……? お、俺なんかが……」


 剛健は恐る恐る震える指を伸ばした。

 自分にこれを取る資格があるとは思えない。でもこれさえあれば、もう、()()()()()は、二度と……!


「悩む必要はない!!」


 真珠は白ローブを翻し、迷いのない笑みで手を掲げた。


「これが偶然であれ、私達が選ばれし者なのだから!」


 柊馬は静かに息を整え、閉じていた目を開いた。


「……そうだ。偶然でもいい。願ってもみない力だ……!」


 それぞれが覚悟を決める仲間に、シノは舌打ちした。


「チッ……どいつもこいつも真面目なツラしやがって……!」


 クソ、クソ、クソが!クソッタレなほどムカつく展開だ!だがこの状況をくだらない見栄で拒むのは――反吐が出るほどクソダセェ……!!


「迷う時間はねえ……いくぞ!!」


 それぞれの覚悟と共に、四人の指が――炎へ触れた。





 華炎が咲き誇る花のように爆発した。

 炎が渦を描き、かざした手から吸い込まれていく。体の奥に澄んだ魔力の源が生まれ、腕を、肩を、胸を、魔力の奔流が駆け巡る。


 四人はそれぞれ、異なる色の炎に包まれていた。

 真珠は朱赤。剛健は透明。柊馬は白。シノは漆黒。


「覚醒……私の時と同じ……!?」


 モモはバクバクと鳴る心臓を握りしめた。

 

 戦うことを選んだ彼らの為に、亜蓮が選んだ()()()()()()

 

 ――これは、希望?感動?それとも、不安?

 嬉しいはずなのに、嫌な予感が消えてくれない。この希望が、何かの犠牲の上に成り立ったようなものの気がしてならない。


 そして同じ光景を、闇の土鳩の視界を通じて、()も見ていた。


「なんだと!?」


 烏帽子(えぼし)頭が、上擦った声を上げて立ち上がる。



 ――シノは胸元を握りしめ、浅い呼吸を繰り返した。胸の中に澄んだ力を感じる。ゆっくりと息をつき、静かに開いた目が、漆黒より鮮やかな黒に輝いた。


 四人の瞳が、魔力の光でいっそう色づいていく。

 

 真珠はぞくぞく震える手を見つめ、それから引き攣った顔でニッと笑った。ぐっと拳を握り締め口角を上げる。


 今この瞬間明確に――人の境界を超えた。


「ほんとにあんた……さいっっっっこうだよ!!」

 


 瞬間、堕神が動いた。敵の脅威を察し、射撃銃を一斉に乱射させる。火花の雨が空を覆う。


「――っ、やば!!」


 モモが戦斧(せんぷ)を構えた。だが、


(うそ……捌ききれない!?)


 シノと柊馬が前に出た。

 シノが黒い光弾を纏った指を突き立て、柊馬が白い光の弓を引き絞る。

 

 同時に――放った。黒い光の散弾と、一本の白い光の矢が空へ走る。光の矢が空中で分裂する。白と黒の光が、乱れ飛ぶコルク弾をすべて撃ち抜いた。


 夜空に無数の火花が爆散し、花火のように咲き乱れると、モモは目を輝かせて歓声を上げた。


「おおおおおーーー!!」


 だが、安堵する暇もなく(やぐら)から影の触手が幾本も発射される。

 

 モモの後ろを真珠が風のように駆け抜けた。すれ違い様にモモの肩を軽くタッチする。


「これ借りるよ!」


「えっ!? あっ!?」


 真珠の手に朱赤の光が集まり、モモと全く同じ戦斧が現れた。がしん!と真珠の手が戦斧を握りしめ、モモが目を剥く。


「コピーした!?」


「しゃあああーーーらあああああああ!!」


 真珠が戦斧を思い切り振り抜いた。全身と遠心力を使って一気に空間を薙ぐ。迫り来る巨大な腕が真っ二つに裂ける。


「えっ……、えええ……っ?」


 モモは信じられないものを見る目で、愕然と立ち尽くした。そして、思わず自分の斧を抱きしめる。


「私の斧なのにーーーっ!」


「っはーー! きっもちいーーーっ……とと、重ぉっ……!? でもいいねぇこれぇ……!」


 真珠が恍惚とした目で斧を撫でた。無防備なその背後に踊り子の影が飛びかかる。真珠の背が切り裂かれる寸前、透明な防壁が現れ、バリバリと音を立てて影を弾く。


「……っ!」


 剛健が青ざめた顔で、手を伸ばしたまま息を荒げる。彼の異能――防壁を張る能力だ。


「か、神尾さん! 集中してください! 俺もまだ下手なんで!」


「ああー!? もーわーったってー!」


 真珠が悪戯っぽく笑い、重たそうに斧を引きずる。その姿を見ていたモモが、思わず胸を押さえた。


「すごい……!」


 瞳がきらきらと輝く。


「やっぱ異能って――かっこいい!!」

 


 四人の覚醒を見届け、亜蓮の目からふっと力が抜けた。膝が折れ、錫杖(しゃくじょう)を握る手から指が滑る。身体がぐらりと前に傾いた。

 

「亜蓮様っ!!」


 その瞬間、花緒(はなお)の瞳に光が戻った。血相を変え、一気に駆け込む。弱々しく膝をつく亜蓮を、倒れる寸前にしっかりと抱きとめた。

 

 血まみれになり、細かく震える亜蓮の熱い体温が伝わってきて、花緒の目に涙が溢れる。

 

「すみません……! 私……私……!」


 全て思い出した。堕神(だしん)の精神攻撃に負け、過去の記憶と願望に心を委ねた瞬間を。ただただあの日に帰りたいとだけ願い、叶わぬ幻想に浸った淀んだ絶望を。

 

 馬鹿だ。どうして私はこんなに駄目なんだ。やっぱり、私なんかでは彼の足手纏いになるだけなのか。

 

 俯く花緒の胸が再び闇に沈みそうになる。その時――亜蓮は苦しげに息を吐きながらも、確かに花緒を見つめ微笑んだ。


「……よかった。」


 ただ、それだけ。優しく、愛おしさが溢れる熱い目が、花緒を見上げる。支える花緒の手に、亜蓮の指先だけがそっと触れる。


「――っ」


 花緒の胸を愛おしさが突き上げた。


 ――そうだ。悔いも謝罪も彼は望んでいない。

 絶望するな。振り返るな。ただそばに在れ。求められるがまま彼に尽くせ。生きて、戦え。私が今見つめるべきは過去ではなく――今の彼なのだから。


「……任せてください」


 そっと亜蓮を屈ませ、花緒は立ち上がった。花緒の目に、戦う意思が鮮やかに蘇る。屹然と顔を上げ、堕神を真っ直ぐに睨んだ。


 柊馬は矢を放ちながらも、視界の端で彼女の変化を捉えた。


(……さあ、どう動く!?)


「――」


 ――花緒が静かに拳を握りしめる。

 目を閉じ、深く意識を沈めた。暗い闇の中を、細い魔力の糸が這う。堕神に精神を掌握されたときの忌まわしい残穢(ざんえ)。それを――逆に辿る!


(敵の本体は(やぐら)じゃない……!)


 櫓のそのさらに奥――四本腕の黒い影が笛を奏で、バチを構える。その胸に、禍々しい勾玉状の核が煌めく。


「見つけた――!」


 目を開くと同時に、花緒は鋭く地を蹴った。即座にシノが反応する。


「……ふん、援護してやるよ!」


 指を拳銃の形にし、突き立てる。無数の黒い光弾が花緒の周囲に降り注ぎ、邪魔をする影共を一掃していく。


「チッ……脳みそチリチリしやがる……!」


 シノが顔を歪め、左手で頭を押さえ吐き捨てた。


 花緒が一直線に櫓へ駆ける。中に座する四本腕の影。二本は笛を、二本はバチを持ち、背後の太鼓を張る。


 影が笛を吹く構えをとった。再び音響の攻撃が放たれようとしたその瞬間、――スパァン!!と白い光の矢が笛を撃ち抜いた。


「……っ!」


 矢を放った柊馬の指が痺れ、小刻みに震える。


(体が力についてこない……!)


 影の目前に、花緒が迫った。慌てふためく影。太鼓を叩こうとした腕を、花緒は下から蹴り上げた。回転し、もう片足で胴体を櫓から蹴り飛ばす。


 ――ンギィィィッ!!!

 影が絶叫し、櫓から吹き飛ぶ。


「なにあれ!」


 櫓から吹き飛んだ影に、モモが目を見張る。


「あれが本体!?」


「――は、いいけど……!」


 真珠が攻撃しようと戦斧を構え直すが――


「速すぎ!!?」


 目まぐるしく空間を走り回る影。シノも狙いを定めるが、影は神経を逆撫でするような速さで縦横無尽に動きまわる。照準が定まらない。


「クソが……!」


 花緒が櫓の上から素早く影に手を向けた。立て続けに生まれる結晶が影の行く手を遮る。進路を狭め、影の動きを誘導する。行き場を失った影の前に、その瞬間を狙っていた花緒が着地した。


 ドッ!と心臓ど真ん中を狙った蹴り。影の身体がぐにゃりと折れて蹴りが宙を切った。


 折れた笛とバチを四本の杖にし、四本腕の鋭い棒術が花緒に迫る。影の突きと払いを、花緒が研ぎ澄まされた体術で流し切る。


「す、すごい……!」


 剛健が呆然と呟いた。その戦いを、亜蓮は瞳を細めて見つめ――過去の記憶がふと蘇る。


 花緒は厳しい教育者だった。

 剣術や秘術の修行で褒められたことはあっても、亜蓮が体術で花緒に認めてもらえたことは一度もなかった。

 

「っ!!」


 鋭い杖の連撃が視界を裂く。だが、花緒の瞳は全く揺れなかった。結界結晶を纏った突きが、影の片腕を吹き飛ばす。


 脳裏に蘇る、あの地獄。無惨に死んだ仲間達。家族のように過ごした人々。その亡骸を、たった一人で弔い続けた日々。


 もう二度と、あんなことは繰り返させない。彼が私を必要とするなら、最後までそばで戦うだけ。最後まで、守り抜くだけ!


「――これで、終わり!!」


 花緒の蹴りが影を裂き、ど真ん中の核――禍玉を穿つ。だが、禍玉は霊体の霧を纏って羽虫のように飛び上がった。尾を引く速さで素早く宙を逃げる。


「亜蓮様ッ!!」


 振り返り叫んだ先で――


「よくやった……!!」


 亜蓮の手の中で、錫杖が刀へ変わる。

 引きずるように立ち上がり、目を細めた。


 ―― 一閃。

 紅い閃光が闇を切り裂き、亜蓮と霊体がすれ違った。


 パキィィィィン!!

 刀が紅く煌き、禍玉は粉々に砕け散る。


 


「あああああああああああ!!!!???」


 烏帽子頭が飛び上がり、頭を抱えた。


「ああああああああ、ありえん!! ありえんありえんありえんっっっ! 妾の……妾の祭囃子尊(まつりばやしのみこと)が……ぁぁ! きぃぃぃーーーッッ!?」


 


 ――核が砕け、櫓は音もなく崩れ始めた。


「やった!!」


 モモが目を輝かせ、しかしすぐ頭を抱えた。


「え、あ……!? うそ、見惚れてた!!? 私、何もしてないじゃんかぁー!!」


 その声が場を緩めた。亜蓮がふっと笑って気の抜けた体が大きく傾ぐ。


「亜蓮様っ!」


 花緒は駆け寄り、亜蓮を再びしっかり抱きとめた。


「大丈夫ですか……!?」


「……」


 血に濡れた口元で、亜蓮は苦しげに息を吐く。それでも愛おしさを込めて笑った。


「……っ」


 花緒の喉がきゅっと詰まる。


 亜蓮は何も言わない。手を握ることも、抱きしめてくることもない。ただ優しい目で花緒のすべてを映す。それだけで――彼が、何を想うかわかる。


「……っふ、ぅっ……ぅ……」


 花緒の目から、堰を切ったように涙が溢れる。


 ――好きだ。

 この人のすべてが、痛いほど愛おしい。


 熱いもので、喉が詰まる。ためらいを振り切り、花緒は亜蓮を強く抱きしめた。


「っ」


 亜蓮の目が見開き、光を映す。


「おかえりなさい、亜蓮様っ! 生きててよかった……! ずっと、ずっと会いたかった……!」


 泣きじゃくりながら、花緒はただ亜蓮を抱きしめた。


 亜蓮の瞳が揺れる。愛おしさが熱い涙になって込み上げ、視界を柔らかく滲ませる。その手がそっと花緒の頭に回りかけて、途中で止まり――小さく肩を叩く。


「……ただいま」


 その仕草と言葉に、精一杯の想いを込める。


「僕も……会いたかった」


 二人の姿を遠巻きに見ていたモモが、そっと息をついて微笑んだ。そして、崩れていく櫓を見上げ、静かに戦斧を下ろした。


 

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