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第22話 「奇人・常識人」



「いやー、みんなおつかれー!」


 境内(けいだい)の小道脇に設けられた、即席の休憩所。

 国家退魔師隊の間に漂っていた疲労感を、快活な声がぶち破った。


 白フードのコートを翻し颯爽と現れたのは、広く出た額に鮮やかな血を垂れ流す中性的な美形だった。


 中世の王子のように堂々とした微笑み。肩まで波打つ赤茶の髪に、鋭さの混じるタレ目。女性にしては上背と肩幅のある体格に、男性にしては華奢な腰回り。

 ぱっと見、性別の判断がつかない。そして美しい容貌を持ちながら、漆黒のピアスが光を吸うように両耳に並ぶのが異質だった。


 ――神尾 真珠(かみお まじゅ)


 異形研究の第一人者でありながら、現場の指揮や実戦を任される中隊長でもある。


「いやー、戦った戦った! 今夜も最高の夜だね! 捕まって叫んで、生きてる実感て感じ!」


 ご機嫌に笑う血濡れの真珠の背後から、重厚感のある足音が追ってくる。


「神尾さんっ!! 流血は困ります! 治療を……!」


 血相を変えて追いかけてきたのは、190センチを優に超える大男だった。


 筋肉の塊のような体格に、日焼けした肌、和風ポニーテール。ぎょろぎょろと泳ぐ大きな灰色の眼は常に何かに怯えていて、深く刻まれた隈が神経の擦り減り具合を物語っている。


 ――空閑 剛健(くが ごうけん)。この見た目で、治癒専門の退魔師だ。


「あっ、クガ君だー! いつも治してくれてありがとね! えっと、親の治療費は大丈夫?」


「い、妹の学費です……。わ、私の話はいいですから……座ってください……」


「あ、そう?」


 真珠はその場にどっかりと胡坐をかくと、回復の体勢に入った。剛健が慣れた手つきで額に手を(かざ)すと、瘴気を吸い上げるように淡く光が走る。


「いやぁ、しっかり捕まっちゃったよー! 何度味わってもゾクゾクするよね瘴気汚染! でもさぁ、あいつら瘴気がエネルギー源なのになんで血に反応するのかなぁ、わけわかんなくない!? しかも造形と動きが――エロい!! なんで! 誰の趣味!? ねぇ、クガ君もエロいって思ったことあるよね!? ねぇ!!?」


「その話はもう聞きたくないです……」


「誰かー! 私が捕まってるの見て興奮した人ー!? いない!? いないのー!? なんでーーー!?」


 叫ぶ真珠に、周囲の隊員たちは同時にスッと目を逸らした。慣れているのだろう。だが、それはそれでどうなのか。


 だが、真珠はふと研究者の表情に戻ると静かにため息をついた。


「……とはいえ、腐敗速度が早すぎる。……細胞レベルの抵抗限界、あと3例くらい観察しないとモデル化できないなぁ」


「ま、毎回、毎回……もう、危険行為はやめてください……僕の胃がもたない……」


「そう? でも、期待してた獲物は来なかったんだよねぇ」

 

「……暁月(あかつき)のことですか?」


 剛健が目を見張った。この人の好奇心の対象が暁月に向いていること。暁月との接触を狙っていることを、常に彼女の側で治癒術師として働く剛健も知っていた。


「そうそれ! 魅魅蚓(みみず)に襲われてた子どもを助けたんでしょ? 私のことも助けてくれるかな~って思ったんだけど、来てくれなかったなぁー。忙しかったのかなー? それとも警戒されちゃった?」


 真珠はやれやれと肩をすくめる。剛健は複雑そうに眉間を顰めた。


「ろ、露骨に国家との接触を避けてますしね……。結果、多くの隊員が負傷して……い、いい迷惑ですよ……」


 平門 氷室(ひらかど ひむろ)と暁月が事を構えた事件のことは、国家退魔師隊で最早知らぬ者はいないくらい有名だ。

 

 3日前、氷室は暁月のリーダーを捕える為、独断で遊撃隊を動かした。

 その結果は――地獄だった。暁月との接触は多量の流血を伴った戦闘にもつれこみ、市街地の広範囲に大発生した魅魅蚓を掃討するべく、氷室が街中を凍らせた。それに巻き込まれ、多くの仲間が負傷したのだ。今彼は、その事件の処罰で謹慎中だ。そして結局、暁月のリーダーは確保できず。

 

「相手は場を混乱させる為に、わざと血を撒くような奴らですよ……。き、危険すぎます……」

 

「えー!? 絶対いい子たちだって! しかもメンバー全員異能者なんでしょ? はあ~~私も会ってみたーい!」


 真珠は恍惚と両手を組む。


「だってさぁ、人間やめるリスク取ってもなお異能を使うんだよ……? ほんっと、イカれてるよ……! 一体どんなメンタルしてんだろ……尊敬しちゃうなぁ……!」


 うっとりと目を輝かせる真珠に、剛健はこれ以上言っても無駄と判断して治癒に集中した。

 

 そもそも、好奇心と欲望の怪物であるこの人を、自分の如きが諌め、止めようというのが思い上がりなのだ。彼女に「危険です」の忠告など意味が無いことを、ずっと彼女の後ろをついてきた剛健は身に染みて良く知っていた。


 じわじわと治癒が進み、真珠の額の血がすっかり止まった。


「ありがと!」


 真珠がすくっと立ち上がると、遠くから若手の隊員達が手を振る。


「神尾さーん! この後一杯どうですかー?」


「ごめーん! 帰って記録まとめなきゃー!」


 真珠は胸ポケットからスマホを取り出してひらひらと見せた。


「どうする?」

「神尾さんいないなら、屋台飯でいいんじゃない?」

「まだなんか残ってるかもよ」


 そんなやり取りを背後に、真珠はくすっと笑った。


(うんうん、仲良きことは宜しきことかな)


「……さて、と。私も帰ろっかなー」

 

「よ、寄り道で怪我するのはやめてくださいよ……」


 剛健がそう呟いた時――風の中に、異質な気配が混じった。


 空気の流れが変わり、代わりに吹き込んできた瘴気の気配。


 真珠がはっと目を見開く。 空気の中に、明らかに()()()()ではない何かの気配が混じる。


 ――結界が……切れた?


「えっ……?」


 弾かれたように振り返ると、さっきまでそこにいたはずの隊員達が一人残らず消えていた。


「あれ? みんな??」

 

「な、なんだ……?」


 剛健の顔が青ざめる。屋台の明かりも、音も、気配も――何もかもが消えている。代わりに、背後から聞こえる低いうなり声。


 小川の中から、林の陰から、地面の裂け目から――無数の異形たちが滲み出るように現れ始めた。



「えええーーー!?!? なんで!?!?」



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