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第7話 「バレバレなんだよ!!」



 白樺の白の中に、小柄な亜蓮(あれん)の涼やかな黒衣はぽつんとして見える。

 昨晩とは打って変わり、陽の下の彼は穏やかな表情をしていた。


「亜蓮さんっ!」


 モモの目が輝く。たった一晩顔を見ていないだけなのに、ものすごく久しぶりな気がした。


「お疲れ様。花緒(はなお)。モモ」


 亜蓮がモモを見る。その瞬間、花緒の胸がちくりと痛んだ。痛みを誤魔化すように、花緒はさっと視線を落とす。

 どうしてだろう。会えてほっとしたはずなのに、息が詰まるみたいだ。


「亜蓮さん、すごい怪我してませんか? 何かあったんですか?」


「いや……。ていうか……そっちこそ」


 亜蓮の言葉が途中で止まる。モモは全身落ち葉まみれに髪もボサボサ、服も泥まみれだった。


(花緒の返事が怖すぎたから、不安だったけど……)


 モモの実力を確かめたいから、テストついでに色々と指導してあげてほしい。そうメッセージで頼んだのは亜蓮だ。しかし、花緒から返ってきたのは……


『戦力として機能しないと判断した場合は切り捨てます。問題ありませんね?』


 即答だった。画面越しに伝わる気迫に亜蓮の指が止まる。モモをメンバーに加えることに花緒が否定的なのには亜蓮も気づいていた。さすがに露骨に虐めたりはしないだろうが……。


『……手加減してあげて』

『ありがとうございます』


(いや、してくれるのか……?)


 花緒は厳しいからなぁと、亜蓮が何やら痛みを伴う過去を思い出す目になる。亜蓮はそっと、目の前の2人を観察した。


 花緒は高圧的ながらも真面目に質問に答えているし、モモも臆せず食らいついている。意欲的な相手は花緒も嫌いではない。……どうやら杞憂だったみたいだ。


 だがもう一つ、亜蓮には気がかりにしてきたことがあった。……瘴気汚染だ。


 モモは昨夜が初めての堕神戦だった。意外にも、初めて魔力を行使したにしては顔色は良く、動きにも震えやふらつきなどの違和感はない。


 今度は、亜蓮の視線がそっと花緒に向けられる。――むしろ、亜蓮が心配したのは花緒の方だった。

 気丈に振る舞ってはいたが、昨夜の戦闘では汚染の進行が目に見えて早く、表情も苦しそうだった。


(手の震えはない、顔色は正常……)


 さっきから、やたらと目を逸らされるのだけが気になるが……。少なくとも、ちゃんと立って話せてはいるか……。

 安堵して、亜蓮は小さく息をついた。


「もう少しかかりそう?」


 話が一区切りついたのを見て、亜蓮が花緒に声をかける。花緒がはっと顔を上げた。


「いえ、今終わったところです」


「なら、ふたりとも一度アジトに戻ってほしい。……みんなに話すことがある」


 一拍置いて、亜蓮は花緒に向き直る。


「花緒、後で部屋まで来るように」


「わかりました」


 冷静な主従のやりとり。モモがおお、それっぽい……と感心して2人を見る。

 だが……花緒の視線が亜蓮の肩で止まった。破れた着物。血の渇いた跡。


「……亜蓮様?」


 突然、花緒の纏う空気が変わった。低くなる声。鋭くなる目つき。花緒がつかつかと亜蓮に迫る。


(えっ、なに?)


 モモが戸惑う中、花緒は当然のように亜蓮の腕を取った。躊躇いなく彼の肩口の着物を捲る。ビクッ!と亜蓮が驚いて強張った。


「またこのような雑な手当てをなさって」


 花緒の目が医師のように厳しくなった。破れた布の下に隠れていたひしゃげた傷口を、大胆にも親指でなぞる。


 血が止まればいい、としか思っていない雑な塞がり方の傷口に、花緒は苛立ちを隠せない。亜蓮はというと……目を見開いたまま硬直している。


「ご自分の体のことなんですから、もっときちんとしてくださらないと困ります」


 花緒の真剣な眼差しに、亜蓮は一瞬ぐらっと気の遠くなりそうな表情をしたが、硬く目を瞑ってふいと顔を背けた。花緒がぐいっと肩を掴み、亜蓮の顔を正面に戻す。


「聞いてますか?」

「聞いてる!! 聞いてるから……!!」


(えっ……主人の扱いってそんな感じか……?)


 モモがやや引くが、花緒の勢いは止まらない。


「こんな傷痕ばかり残しては今後に響きます。ただでさえ治癒魔術は一度塞がった傷に効きにくいのに」


「ごめんなさい……」


「後でお部屋に伺った時に診ます。破れた着物も出しておいてください」


「はい……」


 ……なんかすごいものを見てる気がする。モモがじっと2人を見比べる。


 花緒は主の肩口を掴み、詰め寄る。亜蓮は目を逸らし、押されっぱなし。一見すると、しっかり者の姉が気の弱い弟を叱っているように見えなくもないが……。


 ふと、モモの脳裏で、昨夜の花緒の姿がよみがえった。夢の中にいながら涙を浮かべ、そこにいない主人の名を呟いた花緒の姿……。


(あー……)


 モモは、妙に納得したように頷いた。主人と執事。でも花緒の中にあるのはきっと……それ以上の想い。


 ようやく花緒の手が離れると、亜蓮の足がよろりとふらつく。


「じゃ、じゃあ……。それだけだから……」


「あ、はい」


 モモが我に帰る。

 

 亜蓮は二人から視線を外し、じり……じり……と後ずさると、一瞬で転移魔法陣を展開し、逃げるように姿を消した。


 しばしの沈黙。花緒は厳しい目つきのまま、亜蓮の消えた空間を睨んでいる。モモがその背中を見上げた。


「……花緒?」


 ぽつりと呼びかけた瞬間――花緒の目がハッと見開く。


「っ!!?」


 花緒の顔が、一瞬で赤くなった。途端に全てのやり取りが怒涛の勢いで蘇る。


 目の前にあった、困ったように見つめる亜蓮の瞳。手の中で感じた、温かい腕の感触。それから勢いで捲った、服。指先で触れた肌。


(――わ、私、()()()()()()に……!!)


「あ、わ、私、あんな無遠慮に……!」


「あの、花緒さん?」


「いや待って、落ち着いて! 傷の確認! いつもやってること! こんなの珍しいことじゃ……!」


「おーい、花緒さーん」


「大丈夫、大丈夫。何も恥ずかしくない! 恥ずかし、く……??」


 亜蓮がこちらを見る視線がフラッシュバックする。自分に向けられる、深く、不安げな瞳。

 何故、後でアジトで会えるものを、わざわざ彼がこの場に足を運んだのか。


 ――誰かの体が気掛かりで?


(モモさん……であるはず……そうあるべき……)


 でも、あの気遣うような目が向けられたのは――……


「花緒ーーーーーーーっ!!!!」


 ビクゥッ!!と花緒が固まる。振り返ると、モモがぜえぜえと息を切らしていた。


「……花緒、大丈夫? 息してる?」


「え……?」


 花緒は、ゆっくりと熱い両頬に手を当てる。その顔は――恋する乙女の顔だった。


 モモが目を閉じ、すーっと天を仰ぐ。


「花緒……あのさ……全部、バレてるから」

 

「……え」

 

「ていうか……全部声に出てるから」


 真顔で言うモモに、花緒の思考が遅れる。だが、ようやくその真意に気づいた。


 ハッ!と目を見開き、前に両手を突き出して後退する。


「違います!! 断じて!!!!!」


「このタイミングの断じては全然断じてないんだよ!!」


 わかりやすすぎる反応にモモが頭を抱えた。


「どんだけ違うって言っても、急に真っ赤になって狼狽えたり、ぼーっとしたりしてたらそれはもうそういうことなんだって!!」


「ち、違いますっ! じゃなくて、私、そんなんじゃ……! 私なんかが、亜蓮様にそんな不埒な感情を抱くなんて、そんなわけが……!」


「ちょっと、自爆してんじゃん!? やめてー!! 今の私のせいじゃないからね!?」


「あああああもぉぉぉぉーー!!!」


 両手で顔を覆った隙間からわーーっ!!と羞恥の叫び声が漏れる。


「てか、さっきの自分の顔、見た?」


「……見てませんっ」


「よし。じゃあまずは現実直視しよう、ほら」


 モモがコンパクトミラーを突きつけ、花緒が指の隙間から顔を見てさっと目を背ける。


「……なんで貴女がそんな気の利いたものを……」


「洗面所にあったのを拝借しました。私、よく頭爆発するからね」


 すいませんねと言いたげに、モモがコンパクトをしまう。現に今も、ボサボサになった三つ編みがところどころ綿毛のように爆発している。だが、そんなことは今は瑣末なことだ。


「もぉ……、見ないでください……、消えさりたい……」


「てか、そんなんで大丈夫? 手当なんてできるの?」


「そ、それはっ……! いえ、私は亜蓮様の主治医でもありますから……」


「あのさ……このあと2人っっっっっきりなんだよ? 亜蓮さんの部屋で」


「そ、それは……!」


 何を想像したのか、花緒が顔をますます赤くし口元に手を当てる。


「行けんの? その状態で??」


「〜〜っ」


 花緒はオロオロと視線を彷徨わせた。そして、震える唇を開きながらおそるおそるモモを見上げる。


「……あの、モモさん……」

 

「うん」

 

「私……、どうしたら……?」

 

「……覚悟、決めるしかないね」

 

「えっ……」


 モモが真顔で続ける。


「このままだと……亜蓮さんにもバレちゃうよ……」


 花緒が、今度は真っ青になって絶句した。


 

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