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華炎戦譚 ー呪われた都で異形となりし神々を祓え ー  作者: 葵蝋燭
第二章 「永祭結界《アトノマツリ》 編」
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第5話 「奪われた居場所」



 朝靄が薄く立ち込める、小川のほとり。

 澄んだ空気に、まだ微かに夜の冷たさが残っていた。


 小川にかかる古い石橋の下。そこに、結界のかすかな光が揺れている。


 亜蓮は橋の陰に身を預け、腕の中で小さな身体を抱えたまま目を閉じていた。


 水のせせらぎが静かに響く中、ふと、腕の中の子供がわずかに身じろぎする。


「……ん」


 少年が目を覚ましたのに気づき、亜蓮も静かに目を開けた。


「大丈夫?」


 亜蓮が声をかけると、少年は瞬きをして、ぼんやりとした目で亜蓮を見上げた。


「……あ、あの。……ありがとう」


 少年はまだ完全に意識が覚醒していない声で、それでもはっきりと礼を言う。霞がかかったような記憶の中で、この男が自分を命懸けで守ってくれたことを覚えていた。


 起き上がった少年は、亜蓮の肩や手の傷に目を留めた。

 血はすでに止まっているようだが、肩口から覗く傷口は不自然な捻れ方をして塞がっている。


 そこへ、気配もなく現れる影。


「うわ、ズタボロやん」


 素っ頓狂な声が上から降ってくる。


 見上げると、御之が石橋から身を乗り出し、物珍しそうに亜蓮を覗き込んでいた。


「何かあったん?」

「見た通りだよ」


 亜蓮はくたびれた表情で答えた。

 何かも何も、全身血まみれだ。


 よっと、と御之が亜蓮の目の前に飛び降りる。


 相棒がボロボロだというのに、御之は見慣れた光景のように平然としている。


「お前がそこまでやられるなんて珍しいやん」

「氷狼が出た」

「は!? マジか! 『最強さん』か!?」


 伏し目の亜蓮とは対照的に、御之のテンションが跳ね上がる。


 『最強さん』――それは千年京トップの退魔師、平門氷室への皮肉めいた呼び名だった。


「んでなんなん? もしかして喧嘩んなったん?」


 御之はどかっと腰を下ろし、目を輝かせながら亜蓮に詰め寄る。


「一方的にやられただけだよ……」

 

「ぐあー!!? なんでお前一人でそんなおもろいことなっとんねん! !」


 御之が頭を抱えて天を仰ぐ。


「なんで俺を呼ばへんねん! 呼べや! 俺にも戦らせろ!」

 

「呼ぶ暇なんてなかったんだよ……」

 

「アホか! そんなおもろい相手ちょっとタンマしてでも呼べ! 電話しろ電話! 10分くらい2人で静かに待っとけ!」


 亜蓮は世にも不謹慎なものを見る視線を御之に向ける。


「俺なら絶対いいとこまでいけたのに……くそ……!」

 

「じゃあ今度はお前が相手しろよ……」

 

「言うたな!? よっしゃ、お前一人やとアカンてことやな! 次は2対1でボコすで!!」

 

「だからお前一人でやれって言ってんだよ!!」


 とうとう亜蓮が爆発し、声を荒げる。


 そもそも、亜蓮からすれば何故喧嘩を売られたのかすらわからないのだ。

 次なんてあってほしくないし二度と関わりたくない。


 御之は口を開きかけて、ふと亜蓮の隣にいる少年に目をやった。

 そして、納得したように顎に手を当てる。


「んで、この子が喧嘩の火種ってわけやな」


 亜蓮が小さく頷く。


「どうして、あんな危ないことをしたんだ?」


 亜蓮が優しく問いかけると、少年――タケルは少し俯いて、言葉を探すように唇を噛んだ。


 やがて、タケルは視線を落とし、小さな声で語り出す。


「僕は、孤児で。逢魔時に家族が死んで、それで……」


 タケルは俯き、手のひらで膝をぎゅっと掴んだ。


「……居住区のお寺に引き取られて。僕みたいな子が何人もいて、そこでみんなで暮らしてて……」


 そこまで言って、記憶を手繰るタケルの声が震えた。

 そして、堰を切ったように話し出す。


「でも、突然っ、この寺の地主だっていう人が現れて……! みんな追い出されちゃって……! 今は仮設住宅に住んでるけど、生活は苦しいし、家も狭いし……。お金を払えば土地は返してくれるって言われて……だから、お金が欲しくて……」


 タケルは懺悔を終えたように怯えて震える。

 

 話を聞き終えた亜蓮が眉をひそめた。


「そういうのって違法なんじゃないのか?」

「んー……いや、グレーやな……」


 御之は顎に手を当て、考え込むように目を細める。


「安全確保の為の市街からの強制退去はよくある話や。そもそも千年京(ここ)自体が異界扱いやから、どこまで外の法律が通用するかも微妙やしな」


 要するに、どうしようもないということか……。

 

 話を理解したのか、タケルの表情も暗い。


「……それでも、もうあんな危ないことはしちゃいけないよ」


 亜蓮は厳しい目をしながらも、優しく諭すように言った。


「……ごめんなさい。でも、退魔師の人って、もっと人を助けてくれるものだと思ってたのに……俺……」

 

「……どんな組織にでも、色んな人がいるよ。それに、彼らがこの街のために危険を承知で働いてくれているのは事実だから……一人だけを見て彼らを一括りにするのは、今はやめておこう」


 自分に言い聞かせるように亜蓮は言う。

 

 タケルは逡巡したが、亜蓮の言葉を受け入れたのかゆっくりと頷いた。


 落ち込んだ少年の顔を見つめ、亜蓮はぽつりと呟く。


「……なんとかしてやりたいな」

「その地主とか言うやつ、胡散臭いな。わざわざ寺やで?」


 確かに、タケルの話にはどこか違和感がある。


 千年京では、しっかりした結界を張らなければ寺はどこもたちまち妖怪寺になってしまう。

 そんなリスキーな土地、他人を追い払ってまで手に入れようとするだろうか。


「……調べられるか?」

「ふふん、俺を誰やと思てんねん。諜報はうちの子の十八番やで?」


 ニッと笑う御之の肩の上で、クロチが得意げに胸を張る。


「その代わり、これで貸しひとつやからな」

「これ貸しになるのかよ……」

「ふふーん、当然やん」

「くそ……」


 機嫌良く指で丸を作る御之に、亜蓮がものすごく嫌そうな顔をする。

 

 そんなやり取りを見ていたタケルが、目を輝かせて身を乗り出した。


「取り返してくれるの!?」

「うまくいくかはわからないけど、君たちが生きやすくなるように、やれることはやろう」


 亜蓮が真剣な目で少年と向き合う。


 千年京に長く滞在すれば、外界には戻れなくなる。

 瘴気の汚染が進んだ者は、外に出た瞬間に肉体が壊死し、最悪死に至る。


 逢魔時に孤児になった……つまり1年以上千年京に住み続けているということは、彼らが外で生きられる見込みは薄い。

 

 今は、できる限り危険を減らし、彼らがここで生きていけるようにするしかない……。


「ありがとう……! あっ、そういえば!」


 タケルが何か折り畳まれたチラシを取り出し、亜蓮に差し出した。


「今度、居住区でお祭りがあるんだよ。知ってる?お兄ちゃんたちも来てよ!」

 

「この千年京で祭りなぁ……」


 御之がチラシを覗き込み、首を傾げる。


 ――堕神の鎮魂を願い、住民を活気づけるための、千年京初開催の祭り。


「こんなのがあるんだな……」


 亜蓮がチラシを眺める。


「ええやん、楽しそうやん」

「まあな」

「花ちゃんと二人で行ってきぃや」

「は?」

「いやいや、そういうのちゃうん?」


 御之がにやにやと悪戯っぽく笑う。


「……そういうのじゃないだろ」


 亜蓮はチラシを折り畳みながら、呆れてため息をついた。


「それに……今更だろ」


 亜蓮が呟くと、御之は「つまらん奴やな」と言いたげに下唇を突き出し、すくっと立ち上がった。


「ほな、俺はしばらく好きにさせてもらうで」

「ああ」


 御之はひらひらと手を振ると、踵を返した。


 途端に彼の足元から黒い霧が立ち昇り、それが渦を巻くように彼の姿を包み込む。

 次の瞬間、霧と共に御之の姿が掻き消えた。


「い、いなくなった!? お兄ちゃん達、何者なの……!?」


 驚きのあまり目を丸くするタケルに、亜蓮は少し言い淀む。


「……今は、うまく説明できないんだ」


 曖昧に誤魔化しながら、スマホを取り出し花緒へメッセージを打ち込む。


 送信した直後、すぐにバイブ音が返ってきた。

 亜蓮の指が一瞬止まる。

 だが、すぐに表情を戻し、淡々と返事を打ち込んだ。


「それじゃあ、家まで送るよ」

「ありがとう!」


 タケルが笑顔で頷くのを確認し、亜蓮はスマホを懐にしまうと、少年の肩を軽く押して歩き出した。



* * *



 一方その頃、モモーー


 柔らかい朝日がカーテン越しに差し込む。

 その光を受けながら、モモはぼんやりと目を開けた。


 結局、亜蓮は昨夜帰ってこなかった。

 

 心配になりつつも、眠気には勝てず寝落ちしてしまったが、こうして朝を迎えられたということは、きっと無事なのだろう。


「ふぁ……」


 大きく伸びをしたその時、ふと気配を感じる。


(……ん?)


 ゆっくりと視線をベッドに戻すと、そこには――仏頂面の柴犬がいた。


「……」

「……」


 モモ、固まる。

 柴犬、見上げる。


「うわああああああ!!!」


 アジト中に響き渡る絶叫。


 バタバタと慌てて階段を駆け下りたモモは、寝癖で爆発した頭のまま、柴犬を抱えてカウンターへ飛び込んだ。


「部屋に柴犬が!!!! ドア閉めてたのに!!」


 駆け込んできたモモの勢いをまるで気にする様子もなく、カウンターの向こうで花緒はコーヒーを傾けている。


「地縛霊犬のタロさんです」


 淡々と告げる花緒に、モモは目を剥いた。


「地縛霊……? 触れるのに!!!?」

 

「千年京では霊が実体化するんです。タロさんはこのアジトの先住犬です。粗相のないように」

 

「へぇー……」


 タロは古株の貫禄を漂わせながらモモの腕の中で堂々と座っている。


 その姿に呆気を取られながらも、モモはふと思い出したように顔を上げた。


「……あ!! 亜蓮さん無事でしたか!?」

「はい。先程連絡がつきました」


 花緒はスマホをコトリとカウンターに伏せる。


「よかったー! じゃあまた会えるんですね!」

「ええ、貴女の頑張り次第で」

「?」


 モモが首を傾げた瞬間、花緒が音もなく立ち上がった。


「亜蓮様から指示がきました。朝食を取ったら外に出ます。軽い戦闘が見込まれるので準備をしてきてください」

 

「外に!? やったー!!」


モモは勢いよく拳を突き上げた。


「そうですか」

「?」


 しかし、その一言に違和感を覚えたモモが動きを止める。


「今日は、モモさんの実地訓練を兼ねた実力テストを行います。ですが――」


 花緒は一呼吸を置くと、冷たくモモを見下ろした。


「もし結果がそぐわなければ……今からでも追い出して構わないとのことです」

 

「……えっ?」


 一瞬でモモの笑顔が凍りつき、血の気が引く。


 花緒は冷徹な教官のように告げた。


「私は貴女が気に入らないので、追い出す気でやらせていただきます」


 タロが「わん」と一声鳴いた。



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