表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華炎戦譚 ー呪われた都で異形となりし神々を祓え ー  作者: 葵蝋燭
プロローグ章 過去編 「2029年4月13日 逢魔時」
1/43

第1話 「あの日までは、ただの春」


お手に取っていただきありがとうございます!


◆即派手に異能バトル展開へ! →第一章から

◆主人公(亜蓮)の生い立ちを知ってからバトルへ! →プロローグ章の過去編から


どちらから入っていただいても大丈夫です!

ブクマやリアクションなどいただけるととても励みになります。




 2029年、春――。


 華上(かがみ)の屋敷は、山の麓に佇む静寂の中にあった。

 木々が風に揺れ、春の鳥が鳴く中、使用人達の慌しい呼び声だけが浮いて聞こえる。


雪乃(ゆきの)様ー! どこですか!」


 少年―― 亜蓮(あれん)は、鯉が泳ぐ池のほとりで膝を抱え、その声を聞き流すように水面をぼんやりと見つめていた。

 気の弱そうな赤い瞳と、細身の背格好。少し目にかかる黒い短髪に、薄鼠色の着物袴。



華上 亜蓮(かがみ あれん) 10歳 秘術師の少年】



 池に映る桜の花びらが、春風に乗ってふわりと舞い落ちる。

 

 今日も、使用人と術師達が姉を探して家中を駆け回っていた。

 また、父の大事な錫杖(しゃくじょう)がないのだろう。


 亜蓮は一つ息をつくと、喧騒を避けて、そっと屋敷を離れる。


 お気に入りの一本桜の丘に来ると、亜蓮は先客がいるのに気づいた。

 やたらと勇ましい声と共に、少女が落ちてくる花びら目掛けて錫杖を突いている。


「せい! やあ! せやあっ! せやーーっ!!」


 棒術を応用した見事な錫杖捌きに、子供じみた遊びが組み合わさって、あまりに間抜けな光景に亜蓮は言葉を失う。


 少女の動きが止まってようやく、亜蓮は口を開いた。


「……ねえ、それ……父さんに怒られるよ」


「……亜蓮」


 錫杖をひと振りし、肩に担ぐ――姉。

 風切音と鈴の音を残して振り返ると、にやりと笑った。


「あんたってさぁ……ほんっと気が小さいよね」



 【華上 雪乃(かがみ ゆきの) 14歳 秘術師の少女……天才】



 姉――雪乃の言葉に、亜蓮は不機嫌そうに顔を顰めた。



* * *



 ふたりで桜の木の枝に乗って、眼下の華上家を見下ろす。

 

 雪乃は錫杖をかかえながら、仏壇から掻っ払ってきた饅頭を食っていた。

 錫杖もまた、千年以上前から受け継がれてきたと教えられている、由緒ある宝具だ。

 なのにそれが、こうして戦陣の練習相手にパクられてきている。


 これが、歴代最強の秘術師と呼ばれる、華上 雪乃14歳の本性である。


 常人離れした身体能力、精神力、勘の鋭さ。

 遊び感覚で術も武道も体得するセンス。


 時代が違えば、歴史に名を残すほどの鬼神になったと言われているが……。生まれる時代を間違えれば、ただの”奇人”だ。


「……姉さんはいつかばちが当たると思う」


「わかってるよー。だから修行頑張ってるんじゃん! ただ、こういうのも練習なるかなーと思って。あんたこそどうなの?修行」


 亜蓮は答えられず黙り込む。


「……姉さんはいいよね。才能あって」


「はあーまたそれー? なに、また負けたの? ほんと気弱いよねあんたー」


 さっき、剣術の師範に向けられた呆れ顔と同じ反応だ。


 真面目なのはいい。

 でも気が弱すぎる。

 ここぞという時の気迫と信念が足りない!

 師範の声が頭の中でぐるぐる回る。


「あんたはさ、優しいところがいいところだよ」


 雪乃が笑う。少しだけ大人びたような表情で。


「……それって気休め?」


「違うよー! 褒めてんの!」


 できる人に言われても、反発心しか湧いてこない。

 亜蓮はむすっと唇を歪めた。



 *



 ――僕の家には、言い伝えがある。


 いつか、とても恐ろしいものがやってきて、この世界をめちゃくちゃにして、とてもたくさんの人が死んでしまう……

 ……らしい。

 そして僕の家は、その“いつか”に抗うために、千年以上も前から、ずっと、ある神聖な"力"を受け継いできている。


 僕ができることは、ただ修行を重ねながら祈ることだけだ。

 

 どうか、“その時”など永遠に来ませんように。

 

 でももし、たくさんの人が怖い思いをして、悲しむくらいなら、どうか、僕ひとりだけが傷ついて全て終わりますように。


 そして、勇気があって、強い姉を目の当たりにする、その度に自分の中が揺らぐ。


 お前には無理なことだ。

 お前がこの家に生まれてきたのは、何かの間違いだ、って。





 亜蓮がおずおずと、雪乃を見上げる。


「……姉さんは嫌じゃないの? この生活」


「え? んー別に? むしろ特別感あって好きだし」


 雪乃は高い木の枝の上にいることも忘れるくらいすくっと立って、ぐーんと伸びをした。

 その身のこなしと堂々とした様は、不思議と雪乃を内側から輝いて見せる。


「でも、まだまだだよ。まだ、全然納得いかない。この錫杖を継いでも良いってお父様に認められるには……もっと、もっと修行しないと」


 雪乃は前に突き出した手を握りしめた。

 予感のように、爽やかな春風が吹く。


 ……もし。

 もしそういう時が来たら、きっと姉のように勇敢な人間がこの錫杖を握るんだろう。

 物語の主人公のように、選ばれた者として、その時に立ち向かっていくんだろう。

 

 僕には……何もできる気がしない。


 どうかそんな時が、永遠に来ませんように。

 誰も、傷ついてほしくないから……



「亜蓮様! 雪乃様!」


 見下ろすと、ショートハーフアップにワイシャツ姿の女性が軽やかに手を振っていた。



 【鮎川 花緒(あゆかわ はなお) 20歳 結界術師】



 凛とした顔立ちを柔らかく微笑ませる。

 亜蓮の教育係であり、専属執事の花緒が、桜吹雪の中立っていた。


 翠色(すいいろ)の優しい瞳と視線が合い、亜蓮の心臓はどきりと跳ねた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんにちは。 遅ればせながら第一話、拝読させて頂きました。 いきなり、世界観に引き込まれる始まりですね……! 夢、門、錫杖……そして雪乃さんが「私のせい」という理由、どれもとても気になります……!ブク…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ