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【書籍化決定】ねえ親友。今日もキス、しよっか?  作者: ゆめいげつ
第四章 俺たちはキスをさせたい

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第91話 「……ねえ、蓮司は?」

「さ、ささ、ささっ、さぎさぎっ、早霧ぃっ!?」


 何かハプニングを起こされると名前を呼ぶしか出来なくなる男、再び。

 だって仕方ないだろうがシャンプーされて目を閉じてる時にバスタオル姿の早霧に後ろから抱きつかれたんだぞ視覚が無い分他の感覚が敏感になっていつもより露出の多い早霧をいつもより多く感じてるんだぞ目を閉じた状態で。


 早霧と一緒に風呂に入っているだけでヤバいのに、更にヤバさが増していく地獄が嵐のように突然訪れたんだ。


「…………」

「な、何か言ってくれ頼むから!」


 後ろから俺に抱きついたまま何も言ってくれない早霧に、俺の心臓は破裂しそうなほど鼓動をかき鳴らし始めた。

 背中に押し当てられたタオル越しの柔らかさと、前に回された両手のか細さという矛盾が同時に俺に襲ってくる。

 喧嘩をしている筈なのに普段よりも大胆に迫ってくるこの幼馴染で親友という生き物は矛盾の塊だった。


「……キス、したいよ」

「っ!?」


 緊張と興奮で強張る身体に別の衝撃が加わる。

 消え入るように呟かれた声はバッチリ聞こえていた。


「……ねえ、蓮司は?」

「お、俺……も」


 キスしたい。

 キスしてキスされてキスしまくりたい。

 この数日間出来なかったキスを、この一ヶ月間で挨拶ぐらい当たり前になってしまったキスを、早霧の笑顔を見る度にしたくなったキスを。

 ……だけど。


「……勝負をしようって言ったの、早霧だろ?」

「…………うん」


 そう。今はキス我慢対決とかいうふざけた真剣勝負の真っ最中だ。

 早霧からしかけてきた、負けたほうが勝った方の言う事を何でも聞くというとても分かりやすい勝負。それに俺は勝って、ちゃんと俺の想いを聞いてもらおうとしていたんだ。


「……キス出来ないって、こんなに苦しいんだね」

「…………」


 それは俺も同じだった。

 お互い勢いに任せて後先考えずにやった結果がこれである。


「……蓮司と喧嘩して、蓮司と遊びに行って、蓮司が優しくて、アイスとか、キスしちゃいそうになって、一緒にお買い物して、美味しいもの食べて、帰り道とかも全部楽しかった」


 背中に押し当てられた身体が、回された手の力が強まった。


「……その度に、苦しくなっちゃったんだ」


 早霧は昔から後先を考えない。

 子供の頃に病気で抑圧された分の想いが元気になって解放された結果……いやその前からずっとこうだった。

 調子が悪いのに両親を心配させない為に前向きでいようとして、でもそれにもすぐ限界がきて俺と二人きりの時には涙をこぼす。

 馬鹿だが、優しいんだ早霧は。


 俺はそれを何回も何十回も見てきた。


「……そうか」

「……うん」

「……早霧」

「……うん」

「……シャンプー、流してくれ」

「……えっ?」

「……このままじゃ、お前の顔が見えない」


 だから俺は、もっと馬鹿で良い。


「え、あ、」

「出来れば早く頼む」

「あ、う、うん……!」


 早霧が俺から離れ、最大出力でシャワーの水が俺の頭の泡を流していく。

 いきなりノズルを捻ったのでお湯になる前の水だったが、その冷たさは今の茹った頭には丁度良かった。


「お、終わったよ……?」

「……ああ、ありがとう」


 後ろから早霧の声が聞こえる。

 濡れた顔を手で拭うと見慣れた浴室の光景が広がっていて、鏡越しにはシャワーノズルを持った早霧の姿が映っていた。


「なあ、早霧」

「あ、はい!」


 はい?

 俺が名前を呼ぶと背筋を伸ばして早霧が鏡から見えた。

 バスタオル姿は変わらず、その隠しきれていない大きな胸がより主張されていて、本当に無防備だと思う。


「目、閉じててくれないか?」

「……え?」

「……頼む」

「……う、うん」


 鏡から早霧が目を閉じたのが見えた。

 これで本当に目を閉じてしまう幼馴染の危うさである。

 俺相手で信用してくれているのかもしれないが、浴室で裸の男相手にバスタオル姿で目を閉じるとかもうそういう事としか考えられない。


「…………すぅー」


 ゆっくりと後ろを向くと鏡越しではない、本物の早霧がいた。

 裸の上にバスタオルを巻いて、痛いだろうに浴室のタイルに直で膝立ちをして背筋を伸ばし、右手にシャワーノズルを持ったままギュッと目を閉じている幼馴染の姿がそこにある。

 その扇情的で犯罪的な姿に、思わず息をのむ。ていうか深呼吸した。何だこれヤバ過ぎだろう。

 そんな気持ちは、一発自分の頬を殴って黙らせた。


「え、な、何の音!?」

「すまない、蚊がいた」

「蚊!?」


 夏だし蚊ぐらいいるだろう。

 こんなやり取りしてる間もずっと目を閉じてくれている早霧がとても愛おしい。

 愛おしいって言葉、好きなんだが好きじゃない。もっと分かりやすい言葉は無いだろうかって思うけど他にそれっぽい言葉が見つからないんだ。


「ま、まだ……?」

「ああ、もうちょっとだ」


 だんだん焦らされて不安になってくる早霧の姿も新鮮で良い。

 だけどその姿を見ても俺の心臓がまたうるさく稼働していくだけなので覚悟を決めよう。


「よし、早霧」

「う、うん……!」


 勝負に負ける、覚悟を。


「目、開けてくれ」

「…………えっ?」


 早霧的に言うなら、後の事は後で考えれば、それで良い。

 ゆっくりと、目の前で開かれる早霧の淡い色をした瞳をジッと俺は見つめて。


「早霧が好きだ」


 その薄桃色の唇に、キスをした。


「――んっ」


 見開かれた瞳と、カランと音を立てて床に落ちるシャワーノズル。

 でも今は、久しぶりのキスしか、大好きな早霧の事しか考えられなかった。

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