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【書籍化決定】ねえ親友。今日もキス、しよっか?  作者: ゆめいげつ
第三章 早霧はキスをされたい

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第63話 『……え、そうなのっ?』

「なるほどなるほど、さぎりんが……」


 と、早霧が草壁の手を引いて飛び出してしまって静かになった部室の中で呟いたのは我らが自分らしさ研究会の小さな会長、ユズルだった。

 彼女はあごの下に手をあてて探偵さながらに頷いている。その行為に理由があるのかは分からないが。


「それでそれでっ? レンジ、昨日さぎりんと何かあったか聞こうじゃあないかっ」


 その矛先は間違いなく俺を向いていて。


「な、何かと言われてもだな……」

「おいおい赤堀、お前もじぶけん会員なんだから隠し事は無しだぜ?」


 何とか誤魔化そうとするのだが、ユズルの隣にいた長谷川がそれを阻止してきた。

 

「そうだともレンジっ! この前も私に何かを聞こうとしてうやむやになったじゃあないかっ! さぎりんがあんなにも毎日嬉しそうで楽しそうなんだから、大切な友達が幸せな理由を聞いたって良いだろうっ?」

「ユズル……」

「そうだぜ赤堀! 人の恋路ほど聞いてて楽しい話なんてそうそう無いしなっ!」

「長谷川……お前は、出てけ」

「ひどくねぇっ!?」


 軽快に笑うユズルの言葉に胸を打たれ、長谷川の大男さながらのオーバーリアクションに俺は笑う。

 ああ本当に、俺も早霧も良い友人を持ったものだと思った。



  ◆



 俺は二人に、早霧の変化についてと最近何があったのかを話した。

 とは言ってもキスをしている事と裸で抱き合った事は伏せている。話したのはあくまでも今日の教室や部室で見たような、連れ去られた草壁曰く明確な好意を向けて甘えているのにも関わらず、早霧は親友だからと親友以上の関係を求めていないという現状だった。


 最初はとても恥ずかしかったが、話す内に何て言うか……気が楽になった。まだ何も解決してはいないが、隠し事の一つを隠さなくてよくなって、誰かに聞いてもらえたという事が大きいのかもしれない。

 もちろんその点では、一人だけ全てを知っている草壁にも感謝している。今は連れ去られていないが……ていうか二人とも帰りが遅くないか?


「これは、じぶけんだね」

「え?」


 俺の話が終わった後、胸の前で両腕を組みながらユズルが呟いた。じぶけんとは、もちろん我らが自分らしさ研究会の略なのだが、何故今になってそれを言うのだろうか。


「ああそうだな、ゆずるちゃん。こりゃじぶけんだわ」

「長谷川?」


 それに同調するように、ユズルの隣に座っていた長谷川も深く頷いた。この場で取り残されているのは俺だけである。


「やあやあレンジっ、まずはさぎりんについて話してくれてどうもありがとうっ!」

「お、おぉ……」

「今の話を踏まえて聞きたいんだけど、レンジはこの問題をどうしたいんだいっ?」

「……俺が?」

「ああ、ああ。そうだとも、そうだともっ! この前、さぎりんについて話そうとしてくれたのもこの件についてなんだろう? 私も、ゴウから間接的にだけどレンジがさぎりんについて悩んでいると聞いていてね! 重ねてになるが話してくれてどうもありがとうっ!」

「ど、どういたしまして……」


 不思議な気分だった。

 なし崩し的にとはいえ、俺が相談する側だったのに相談したらお礼を言われたのだから。むしろ俺がお礼を言うべきなのだろうが、この小さな会長様がそれを許してくれないように……温かな雰囲気を作り出していたんだ。


「へへ、ゆずるちゃんはすげぇだろ?」


 と、隙あれば全力でユズルをヨイショする長谷川。多分俺の表情を見て言ったんだろうが、心が読まれているみたいで複雑な気分だった。

 でも最初に相談したのが長谷川で良かったと思う。長谷川も信頼しているユズルだから俺の悩みを教えたんだろうし。


「それでレンジ、君の答えはなんだいっ?」


 けれどその想いがこれっぽっちも伝わっていないのは、だんだん可愛そうに思えてくる。

 長谷川がそれで良いなら構わないが、今度時間があったらお返しに話を聞こうって思った。


「俺は、今のままで良いと思っている」

「……え、そうなのっ?」


 そして俺もそれで良いと思っている。

 俺の答えが意外だったのか、じぶけん会長モードからいつもの小動物モードに戻ったユズルが首を傾げた。

 ユズルは長谷川に、悩んでいる時の俺の話を聞いていた筈だから当然と言えば当然かもしれない。でも俺の答えはもう、決まっていたんだ。


「ついさっき長谷川にも話したんだが、早霧がしたいならやりたいようにやらせてあげたいのが本音だ。確かに悩んでいたが、最近色々あって考えが変わってな」


 毒されて、絆された。

 俺からキスをして、それ以上を求めて、まだ見えない早霧の想いの一部に触れた。でもその根本にあるのは多分、寂しさと優しさだと思う。じゃなきゃ昨日みたいな事にはならない。


「詳しくは言えないが……好きな相手に好意を向けられるというのは、とても嬉しいんだ」


 家でも、通学路でも、学校でも、隙を見つけては二人きりの時間を作ってキスをしてくる。

 思えばめちゃくちゃ贅沢な悩みを抱えていたんだ。


「わ、わあ……!」

「き、聞いちゃ駄目だゆずるちゃん! コイツ、相談を利用して特大の惚気をぶちこんできやがった!!」


 俺が物思いに耽った一瞬の内の出来事である。

 何故かユズルは俺の話に赤面して両手で顔を隠し、更にそれを大男長谷川の巨体で隠すという構図が完成していた。

 急に壊れた温かな空気が別ベクトルの温かさに切り替わったところで、これだけは言っておかなければならない。


「……惚気じゃないんだが」

「いや惚気だわっ!!」


 この程度で、惚気?

 早霧が本気出したらもっと凄いぞ?

 ていうか本当に帰ってくるの遅いな、あの二人……。

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