第331話 「……おっほ?」
草壁がやって来る。
あの前髪が長く、目隠れで、首絞めが大好きで、俺の事を同志と呼んでくる女子が、俺の部屋に、手錠をしている、俺の前に。
回避は不可能。
だってもうゆずるが呼んでいるから。
言い訳も不可能。
下手に言い訳をすると先ほどの二の舞になるから。
外す事も不可能。
だってこれは俺の戒めだから。
ここから導き出される答えはただ一つで。
「お、おはようございますよぉ……」
「おぉ。おはよう草壁。よく来たな」
何食わぬ顔で、我が家にやって来た草壁を出迎える。
玄関の先でおずおずとしている、全身ジャージ姿でリュックサックを背負い、俺を見上げている草壁を。
「…………」
「…………」
いや、俺の手首に注目している草壁を。
長い前髪で見えているのか分からないが、間違いなくガン見している草壁を……!
「おっほ」
「……おっほ?」
すると草壁が小さく、変な声を発した。
初めて聞くタイプの声だ。
いつもは、ひょわひょわ叫んでいるから今日もそうなるかと身構えていたんだが、どうやら好きなのは首絞めだけで手錠は守備範囲外らしい。
「同志」
「ん?」
そんな草壁が俺を見上げる。
顔の上半分が隠れる程の長い前髪は、その早霧にも負けず劣らずの白い肌と鼻先を少しだけ露出させて――。
「鼻血が出ました」
「ち、ちょっと待ってろー!?」
――たらっと。
真っ赤な血が、鼻から流れ出したんだ。
◆
「ご、ご迷惑をおかけしましたぁ……」
「ひなちゃん、鼻血大丈夫!?」
「鼻血が出た時は安静にすると良いぞ!!」
「安静にさせたい奴らが大声で話しかけるなよ……」
両方の鼻にティッシュを当てている草壁がチョコンと俺の部屋の床に座る。
それをゆずると長谷川がわいやわいやと心配していて、気持ちは分かるけど絶対に響きそうな大声だった。
まさか手錠姿の俺を見て興奮して鼻血を出すなんて想像できなかった。
いやこれを想像しろって方が難しいと思う。
「うんうん分かるよひなちん。玄関から手錠をした蓮司が出迎えてくれたらそうなるよね……!」
「八雲さぁん! ですよねぇ! よく分かっていらっしゃるぅ……!」
「興奮させるな、させるな!」
想像を出来た組でシンパシーを感じていた。
胸の前で腕を組んで頷く早霧と前のめりでそれに食いつく草壁。
何だこれ、俺が悪いのか……?
「ところで、何故同志は手錠をかけられているんですぅ……?」
「今それを聞けるお前の胆力どうなってんだ……?」
そして切り替えの速さも天下一品だった。
早霧と意気投合して嬉しいのは間違いなく、それでいて自分の興味は絶対に聞き逃さない所にとんでもない意志と執念を感じる。
「……色々あってな、戒めの為に自分でかけたんだよ」
「……八雲さんにかけていただいたんじゃないんですねぇ」
「……本当は最初にかけようとしてたんだけどねぇ」
「ならOKですよぉ!」
何だその解釈。
一瞬ため息を吐いたのを俺は見逃さなかったぞ草壁
俺が自首すると駄目で早霧に捕まったらOKなのか草壁。
どんどん自分らしさを出すのに磨きがかかって、複雑な気分だぞ草壁……。
「なあ赤堀。お前が手錠をかけるのは構わなが、その状態で浴衣を着るのか……?」
「て、手錠ではだけた浴衣にお着替えして……帯で締めるんですかぁ!?」
「変なシナジーやめてくれっ!?」
そこに当初の予定を思い出した長谷川も加わって。
もっと大変な事になってしまったんだ。




