第304話 「早霧ちゃんは寂しいと死んじゃうんだよ?」
「ところで、どこの大学にするの?」
「それを聞いてたんだぞ!?」
俺の腕に抱きつきながら、早霧が上目遣いで聞いてくる。
その仕草にはドキッとするけれど、聞いてる内容が内容なのと本当に余計な打算が無い疑問の瞳なので、俺はギリギリ耐えられた。
進路って、もっと大事な気がするんだけどなぁ……。
「……まぁ、文系の大学じゃないか? ウチの高校の先輩達もだいたい文系に進学してるらしいし」
「蓮司、詳しいね」
「これで詳しいって思う早霧が俺は心配だぞ?」
「えへへ……心配してくれるの?」
「駄目な意味でな」
俺がいなかったら早霧はどうなっているんだろうか?
まあそんな事したら早霧が悲しむので絶対にそんな事は無いけれど。
「蓮司は心配性だなぁー」
「どこかの誰かさんが俺の腕に抱きつきながらじゃないと歩けないぐらいか弱い存在だからだよ」
「早霧ちゃんは寂しいと死んじゃうんだよ?」
「知ってるよ」
「わー寂しいよー!」
「だから抱きつくのは良いけど引っ張るなって!?」
……ったく。
どれだけ早霧の事を隣で見てきたと思っているんだ。
でも昔あった事も今はこうして笑い話として一緒に笑え合えるのは、何て言うか、とても良い。
過去にはもう戻れないけれど、そのおかげで今があるんだ。
「……それで、二人へのプレゼント忘れてないよな?」
「ふっふっふ、もちろんっ! ほらっ!」
我ながら思考がクサくなりそうだったので話題を変える事にした。
それは今日がある意味でラジオ体操の最終日だからでもある。
俺の質問の意図を汲み取った早霧が腕から離れ、左の手首にぶら下げていた小さな紙袋をドヤ顔で見せてきた。
「あいしゃちゃんとあつきくん! 二人は何処にいても仲良しだよ!」
「ラジオ体操が終わるまで、本物の二人には秘密だぞ?」
「もっちろーん!」
紙袋の中には、黄色と青色の猫のぬいぐるみが入っている。
黄色の猫があいしゃで、青色の猫があつき。
二匹の猫は対に座るデザインで、並べるとハートのシルエットが完成する。
八月からイギリスに行ってしまうアイシャと、離れ離れになってしまう厚樹少年。
そんな相思相愛の許嫁二人に向けて、ラジオ体操のスタンプを最後まで溜めたご褒美で早霧と俺が昨日選び買ってきたぬいぐるみ達だった。
「いつ見ても可愛いねぇ、可愛いねぇ……」
「ぬいぐるみ好きなのは知ってるけど、危ないから前見て歩けよ?」
「蓮司が私を後ろからぎゅってして歩いてくれれば安全だよ?」
「死ぬほど歩きにくいだろ、それ」
ぬいぐるみが入った紙袋に覗くように顔を突っ込みフラフラしてる早霧を後ろから抱きしめながら歩くのは流石におかしいと俺だって分かる。
……大学生になって、同じ部屋に住んでもきっとどんどんぬいぐるみが増えていくんだろうなぁ。
そんな事を思いながら歩いていると、いつもの公園が見えてきた。
「ほら、もう着くから一回ぬいぐるみから視線を戻そうな。ずっと見てたらそれこそ二人の興味を引くし、ハグなら後でしてやるから」
「はーい! でもそう言って、本当は蓮司の方がしたいんじゃないのー?」
「そうだけど」
「うぇっ!? ず、ずるじゃんっ!?」
「ずるじゃない。ほら、行くぞ」
常時からかってくる癖にカウンターにはめっぽう弱い親友の手を引きながら俺達は公園に入る。
閑静な住宅街の中にある、待ち合わせやラジオ体操でお馴染みの小さな公園だ。
奥には長いベンチがあって、その後ろには日陰になるように背の高い木が青々としった葉をつけている。
早霧とのハグは楽しみだ。
不意打ちの反撃で照れている分、いつもより可愛いと思う。
それはそれとして俺達は自分らしさ研究会という名のボランティア部だ。
今日も今日とて厚樹少年やアイシャ、それに太一真里菜美玖の幸せ三角関係小学生の為に今日もラジオ体操を頑張ろう。
「あ、アイシャ……暑いから離れようよぉ……」
「ヤー! アツキが寂しくないようにもっとギューってするーっ!」
「厚樹少年!?」
「アイシャちゃん!?」
そう、思っていた。
木の下にある長いベンチに座る二人……背もたれに寄りかかった厚樹少年に跨り、真正面から抱きついているアイシャを見るまでは。




