第303話 「私は決まってるよー?」
「進路かぁ……」
朝の日差しが眩しい。
呟いた言葉が、今歩いてる閑静な朝の住宅街に溶けていくみたいだった。
それもこれも朝食の時に、父さんが何気なく言った「進路」という言葉が原因で、ご飯を食べ終えて歯を磨いた後でも今も俺の喉に引っかかっている。
今は高校二年生の夏休みだ。
つい最近は早霧とのアレコレで完全に忘れていたけれど、父さんが言うように進路についてそろそろ考えないといけない時期なのは間違い無いだろう。
とは言っても、なぁ……。
「えっ、はっ、ほぉっ!」
俺の前を早霧が歩いている。
最近のブームなのか今日も『白線の上から落ちたら死ぬゲーム』をやっていた。
両手を広げてバランスを取り慎重に、だけど楽しそうに歩くその姿からは俺のような悩みは無さそうに見える。
「早霧は進路、どうするんだ?」
「この線が続く限り、私の足は止まらないよ?」
「……公園で止まるんだぞ?」
足を止めて振り向いた早霧の、渾身の決め顔だった。
何か良い感じの言葉だし、振り向くさまも見返り美人でとても絵になるけれど、『白線の上から落ちたら死ぬゲーム』の話なので台無しである。
このゲームの何が早霧をそこまで熱くさせるんだろうか?
「蓮司はー、どうするのー、進路ー?」
「それを俺はお前に聞いたんだけど」
「えー? 私は決まってるよー?」
「えっ?」
白線から早霧が飛び出して、俺の隣に並ぶ。
朝食の時は「しん、ろ……?」みたいにキョトンとしてたのに、その笑顔には迷いが一切無かった。
「私の進路は、蓮司と同じ大学に行く事ー!」
「……それ、進路か?」
「進路だよ! だって決まってるもん!」
ここぞとばかりに早霧が俺の腕を組んでくる。
夏だし暑苦しいけれど、嬉しい気持ちの方が強かった。
だけど早霧が言うそれは進路としては漠然とし過ぎているような気がする。
「蓮司と同じ大学に通ってー、同じ授業を受けてー、お昼ご飯も一緒に食べてー、サークルはまだ分かんないけど放課後も一緒!」
「……今とあまり変わらなくないか?」
「そんな事ないよ? 大学生だし、一緒の部屋に帰るもん!」
「え?」
「え?」
俺が足を止めると、早霧も足を止めた。
俺も早霧も、お互いにキョトンとしている。
「大学から、俺の部屋に住むのか……?」
「もー! 俺のじゃなくて、二人の部屋だよー? アパート借りて、そこから大学に通ってー……」
「待て待て待て待て、待ってくれ!」
話が飛躍しすぎだ。
早霧の頭の中ではいったいどこまで話が進んでいるのだろうか?
「家から通うんじゃないのか!?」
「大学生って一人暮らしを始めるものじゃないの?」
「そうする人も多いかもしれないけど、一緒に住むのか!?」
「だってパパとママもそうしてたって言ってたよ?」
あれ、これ思った以上に進んでないか……?
当たり前のように言うって事は、少なくても考えた事があるって事だもんな……。
「蓮司は私と同じ部屋で暮らすの、嫌?」
「……今も一緒に寝てるんだから、嫌な訳ないだろ」
「えへへー! だよねー!!」
「うおっ!? だ、抱きつくのは良いけど引っ張るなって!」
それを言われたら何も言えなくなる。
俺だって早霧と一緒に暮らせるなら今よりもっと頑張れる気がした。
ただそういうのはもっと早く言っておいてほしい。
急に言われると、心臓に悪いんだ。
「あっ! じゃあママ達が帰ってくるまで、もっと同棲の練習が出来るね!」
「お、おう……?」
名案とばかりに俺の腕に抱きついた早霧が淡い瞳を輝かせる。
早霧が楽しそうなのはとても良い事だ。
だけど。
同棲の練習って、何だ……?




