第293話 「えっちだめぜったい!!」
早霧に押し倒された。
それだけならこの一カ月でもう何度もされているけれど、やっぱり不意打ち気味に押し倒されるのは慣れない。
頭は起きていても体は起きていないのか、俺は簡単にマウントポジションを取られてしまった。
「えっちだめぜったい!!」
「は……はぁ!?」
混乱する頭が余計に混乱する。
仰向けに倒れた俺の腹部に跨った早霧が、顔を真っ赤にしてそんな訳の分からない事を叫んだからだ。
少し視線を下ろせばピッチリとした白のヨガウェアに浮かんだ身体のラインがこれでもかと強調されていて、この一瞬でかなりの矛盾が発生しまくっていた。
「蓮司は最近、私のことをえっちな目で見過ぎだと思う……!」
「本当に何言ってるんだ!?」
怒ってるけれど、まるで説得力が無かった。
人の部屋で勝手に着替えて、人のベッドに勝手に潜り込んできて、人を勝手に押し倒して跨って、今の状況だけを上げてもキリがない。
でも俺にマウントポジションを取った早霧は不満そうに頬をぷくっと膨らませていて、聞く耳を持っていないってことだけは分かってしまった。
「この服も一緒にヨガやろうねって蓮司のママが買ってくれたんだから、えっちな目で見るのは禁止だよ! きーんーしー!!」
「ならこの体勢をどうにかしないか!?」
早霧が暴れる度にギシギシとベッドが軋む音がする。
俺の部屋のベッドは早霧の部屋のベッドと違ってそこまで良いものじゃないから、激しく動くと軋む音がかなり大きくなる。
……いや、お互いの部屋のベッドが軋む音を知ってる時点でどうかと思うけど今はそこが問題じゃないんだ。
早霧が俺に跨り身体を揺らしながら『えっちだめ』とか言ってるのが問題なんだ。
「……じゃあ、えっちな目で見ない?」
「…………努力はする」
淡い色の瞳がジト目で俺を睨む。
その間も俺の腹部に乗っかった早霧の尻の感触や体温が薄いヨガウェアからこれでもかと伝わってきていた。
朝一番から感情を乱されまくっている俺だけど、こんな時でも表情豊かな早霧は可愛いなと思ってしまうのは毒されている証拠だろうか?
「……ふーん?」
グイッと早霧の顔が近づく。
細まった瞳がねっとりとしていて綺麗だ。
だけどその顔は誰がどう見ても信用してない顔だった。
「――んぅ」
「――んっ!?」
俺は目を見開く。
この流れで、何故かキスをされたからだ。
優しく触れるだけの口づけは俺の意識を腹部から唇へと強制的に運び出す。
「ちゅ……ちゅぅ……ちゅー」
「んっ……んむっ……んむぅ!?」
わざわざ音を立てながら、何度もついばむようにキスをされる。
短くても大きな刺激が俺の頭を揺らして、身体が熱くなっていくのを感じる。
こうしてベッドの上で何度も何度も短くキスをされるの、早霧が俺に初めてキスをしてきた時にもあった気がする。
あの時はピチピチのヨガウェアじゃなくていつも着ているダボダボのTシャツだったから胸元が見えてしまって、それはそれで大変だったけど、あの時に比べたら俺達の関係も進んで色々成長してるなって思った。
「ん……えっち……ちゅっ……だめ……んむ……だよ……」
「ん、んぅー……!?」
訂正。
何も成長していない。
むしろあの時よりも積極的になってるし、あの時よりもキスに夢中になっていた。
何度も何度も唇が触れては離れて、触れては離れていく。
キスをされたら気持ち良いし、離れたら寂しい。
だけどその度に早霧が甘い吐息を漏らしながら囁いてくるせいで、何かそういう拷問なのかとさえ思う。
「ん、ぷはぁ……」
「はぁ……はぁ……」
そうして何度も唇を重ねた後に、早霧が大きく深呼吸をする為に口を離した。
マウントポジションを取られて呼吸をする事さえ忘れていた俺も、ようやく息をする事を思い出す。
「……えっち、だめ。わかった?」
「……あ、あぁ」
何も分からない。
だけど朝から過去最高レベルでキスをされ続けた俺には、返す言葉も気力も無い。
「……じゃあ、今度は。蓮司から、えっちじゃないちゅー……して?」
「…………は?」
そんな俺に、早霧は攻撃の手を緩めてはくれなかった。




