第291話 「ひょっとして、起きてる……?」
「寝顔。やっぱり可愛いなぁ……」
「…………」
後ろで着替えていた早霧が、俺のベッドに潜り込んで来た。
この時点で俺が目を開ければ良かったんだけど、開口一番に目の前でこんな事を言われてしまったら開ける目も開けられなくなってしまう。
目を閉じているからこそ分かる早霧の息遣いと体温。
特に夏場で冷房をつけた部屋だからこそ、同じベッドに二人が入ったあたたかさは格別だった。それに早霧はいつだって良い匂いもしているのだから、目が見えない分余計にそれを感じてしまうのである。
「寝坊助さんだもんね。うりゃうりゃ……」
「…………」
早霧が俺の頬を指でつつく。
寝ていると思い込んでいるからかいつもより遠慮が無く……いやいつも遠慮自体は無いけれどそれはそれとして俺は早霧に好きなように弄ばれていた。
「唇も。いつも意地悪してくるし……」
「…………」
――カリカリと。
指の先端で俺の唇の表面を優しくかいてくる。
とんでもなくくすぐったい。それにめちゃくちゃ恥ずかしかった。
唇と言う感覚が優れた身体の部位を、早霧の指が触れるか触れないかの瀬戸際で弄られるのはとてもアレだ。
思わず声が出そうになるのを俺は耐える。
なのに俺の唇を弄っている早霧の声の方が熱を帯びてきているような気がした。
「蓮司……」
「…………」
息を呑む音が聞こえた。
もちろんそんな音は無いんだけど、雰囲気がそれだった。
俺の唇を弄っていた指が離れて、少しだけ僅かな間があって。
「――んぅ」
「……っ」
早霧が、寝ている俺にキスをしてきた。
こんな朝早い時間なのに起きてから歯を磨いたのか、触れ合う唇からは歯磨き粉の香りと共に早霧の熱が伝わってくる。
指で弄られていた時とはまるで違う気持ち良さが俺の頭を支配していった。
「王子様も、キスで起きるのかな……」
「…………」
ゆっくりと唇が離れる。
だけどさっきより身体の距離が近づいた気がした。
同じベッドの中、早霧の足が俺の足に絡んでくる。
夏だから短パンで寝ていた俺のむき出しの足に絡んでくる早霧の足は、寝る前とは違う感触というか質感があったんだ。
「寝坊助の王子様……」
「…………」
だけど俺の意識はすぐに足から目の前で囁かれる親友の甘い声に向いていき。
「――んっ」
「……っ」
思考はすぐに、また唇に触れる幸せな気持ち良さに支配された。
一度目よりも長いキス。
早霧とするキスはいつもそうだ。
最初のキスはだいたい短く、二回目からのキスは長く濃厚なものになる。
そうしてどんどんお互いに熱が上がっていくものだから酸欠になったりするんだ。
「今なら、蓮司の唇を食べれちゃうかも……」
「…………」
そしてまた唇を離した早霧が、何かとんでもない事を言ってくる。
しかも唇を離した瞬間なのか、キスで濡れた俺の唇に早霧の吐息が触れるのが良く分かった。
いつかの部室で俺は早霧と唇を弄り合ったのを思い出した。
それにお弁当のおかずの取り合いでお互いにそれを取り返そうとしてキスをしようとした事も一緒に思い出す。
早霧に唇を食べられてしまったら俺はどうなってしまうのだろうか?
そんなドキドキに俺は自分自身の顔が熱くなるのを感じていく。
「あ、れ……?」
「…………」
だけどそれは明確に、俺自身の変化として表れていたらしい。
具体的には、ドキドキで俺の顔が赤くなるとかそういうやつだろう。
「れん、じ……?」
「…………」
さっきまでとは違う声音で、早霧が俺の名前を呼んだ。
それは悪戯がバレた子供のような、おっかなびっくりの声で。
「ひょっとして、起きてる……?」
「…………あぁ」
そうして問われた問いに、俺は静かに目を開ける。
長く閉じいてボヤけた視界が、ゆっくりと形を作っていって。
「うわああああああああああああああああああああああああああっっっ!!??」
目の前に広がる世界一愛しい親友のその顔は。
淡い色の瞳が見開かれていて、とんでもなく真っ赤だった。




