第286話 「答え、いる?」
「えへへ、蓮司のヘアケア~!」
「こら。動くと熱いぞ?」
「はーい!」
ブオオオとドライヤーの音がする。
風呂上り、俺は脱衣所で早霧の髪を乾かしていた。
もちろんお互い寝間着に着替えているので、もし誰か入ってきても安心である。
それに母さんが通販で買ったけど座る方が手間だと気づいてほとんどインテリアと化していた銭湯にあるような丸椅子も早霧に座られて幸せだと思った。
早霧の綺麗で長い白髪に付着した水分をタオルで十分に拭き取る。
自分の髪ならゴシゴシと擦っていたが早霧の大切な髪は丁重に扱い、ポンポンと叩きながら水気を取っていく。
叩く度に早霧が「あっ」「うぁ」「おっ」とふざけていたのが印象的だった。
驚いたのが風呂の中とは別にするトリートメントが存在したという事。
自分の着る服は完全に無頓着なのに美容に関しては全力な親友に感心しながらも、一緒に薬局で買って気づけば俺の家の脱衣所にも定着していた早霧のトリートメントを使って髪の毛を保護し、そして今は仕上げのドライヤーをしていたんだ。
「……本当に綺麗だな」
「私?」
「髪だよ。半分正解だけど」
「私の半分は髪の毛だった……?」
そんな他愛のないやり取りをしながら早霧の髪を乾かしていく。
ドライヤーの風を当てる度に長い髪が揺れ、お風呂上りの良い匂いが漂っていた。
この匂いだけでとんでもないリラックス効果があると思う。
「じゃあ今度から毎日蓮司にヘアケアしてもらおっかな」
「毎日は勘弁してくれ。面倒くさい」
「えー良いじゃん! 私も蓮司のお世話してあげるからさー!」
「俺と早霧じゃ時間も手間も違うだろ!」
「ちぇっ、バレたかー」
バレバレだった。
しかも早霧も分かって言ってるから厄介である。
確かにこうやって早霧と、外や学校とは違う共通の時間を過ごせるのは楽しいし嬉しいし幸せだけどそれは特別感から来るものなので毎日は遠慮したかった。
「ふふ、ふふふふ」
早霧が急に笑い出す。
「どうした急に?」
「んー! 私の髪、乾かしてる時の鏡に映る蓮司が嬉しそうだったなーって!」
「……そんな顔してたか?」
「してた!」
「そっか」
「うん!」
早霧が言うのならそうなのだろうし、否定はしない。
実際に嬉しかったからだ。
脱衣所にある鏡には椅子に座りながら振り向く早霧とその後ろに立っている俺が映っている。
いつも見ている同じ鏡の景色でも早霧と一緒なら輝いて見えて、だからこそ特別なんだと……そう思った。
◆
「今日も二つ……」
「そりゃあな」
「意味無くない?」
「無くしてるのは早霧な?」
俺の部屋に戻って、開口一番に早霧が言った。
今日も俺の部屋の床にはベッドとは別に布団が敷かれているからである。
一緒の風呂は許して寝る場所を分けてくれるのは母さんらしいと言えばそうなのかもしれないが、多分意味無いんだろうなと思った。
「最近蓮司がいないと寝つきが悪いんだよね……」
「嘘つけ。いつも俺より早起きだろ。ていうか、ここ最近ずっと一緒に寝てるし」
「へへ、バレたかー!」
「バレバレだよ」
「そんな訳でとりゃー!!」
「うおおっ!?」
さっきからそんな軽口をずっと言い合っている。
だけど今回はそれで終わらず、俺の手を引っ張った早霧は床に敷かれた布団をスルーしてそのままベッドにダイブした。
視界が揺れて、ボフンと柔らかい衝撃が走る。
二日ぶりの自分のベッドは、やっぱり早霧の部屋のベッドよりは少し硬い。
でもその硬さも、抱きついてきた早霧の柔らかさで全部チャラになった。
「バレちゃったからには仕方ないよね?」
「何が仕方ないんだ?」
「今日はこっちで良いよね? って事!」
「何も答えになってないけど」
「答え、いる?」
「……いや」
いらなかった。
目の前に早霧がいる。
それが例え。俺の家、俺の部屋、俺のベッドの上だって、それだけで良かった。
部屋の灯りに反射して輝く白い髪。
目の前に広がる淡い色の瞳には俺の顔が映っている。
そこからいつものように距離が近づいてキスをする……のではなく早霧は俺の胸元に顔を埋めてきた。
「風呂入ったばっかなのに、また汗かくぞ?」
「…………」
「……早霧?」
声をかけても早霧は答えず、俺の胸に顔を埋めて動かない。
俺の匂いを嗅いで楽しんでいるんじゃない事はすぐに分かった。
「どうした?」
だから抱きついてくる早霧に身を任せながら俺は聞く。
エアコンの音だけが響く静かな夜の部屋の中で、早霧の様子がおかしかった事を俺は思い出した。




