第285話 「……また、のぼせちゃうよ?」
「ぷはっ」
触れるだけの短いキスが終わる。
唇を離してする息継ぎも気づけば聞き慣れたとものだと思った。
そうは言ってもキスの後の満たされた、幸せな顔を見るのはいつだって良いもので、早霧は今日もその表情を俺に見せてくれる。
「見過ぎだよ?」
「見ろって言ったのは早霧だろ?」
微笑みながら、軽口を言い合う。
狭い浴槽の中だから仕方が無いけれど、バスタオル越しに女の子の身体の柔らかさがこれでもかと伝わってきていた。
愛おしい。
早霧と一緒に行って、同じ話をして、触れ合えば触れ合う程に、キスをすればする程にその感情が強くなっていく。
「……あ」
頬に添えていた両手が湯船の中に沈み、早霧の腰を抱いていた。
細く綺麗にくびれた腰をタオル越しに抱き寄せると、ただでさえ近かった早霧との距離がもっと近くなった。
「……また、のぼせちゃうよ?」
「キスに夢中にならなきゃ大丈夫だ」
そんな理屈にもなっていない理屈でぎゅっと早霧を抱きしめる。
同じ風呂の中に入っているというのに早霧からは甘く良い匂いがして、それだけで全ての疲れが吹き飛んでいくようだった。
疲れる理由も早霧が大半を占めるけど、それはそれこれはこれなのだ。
「私はもっとちゅーしたいよ?」
「のぼせるから駄目」
「いじわるー!」
そうは言うが、早霧は全く抵抗をしなかった。
完全に俺に身を寄せながら身体そのものを俺に委ねている。
俺の頬に添えられていた手も気づけば首の後ろに回されていた。ゼロだった距離が近すぎてマイナスになりそうなぐらい密着していて、湯船と言う曖昧な境界が早霧と俺を一つにしているようだった。
「……入ってくるのは構わないけど、母さん達にバレたらどうすんだ?」
「今さら?」
「今さらだからだよ」
ようやく早霧を捕まえて落ち着く事が出来たので軽く注意する。
何度も侵入を許しているとは言え、流石に一緒に風呂は現行犯過ぎるのだ。
「でも私さっき入る前に蓮司のママさんに入りまーすって挨拶したよ?」
「……え?」
「だって蓮司もいつもお風呂入る時に入るよーって挨拶してるでしょ?」
「……それで、母さんは何て?」
「静かにねー、って」
「…………」
頭が痛くなってきた。
確かに我が家は風呂に入る前に顔を合わせれば声をかける習慣がある。
だからさっき二階から下に降りてきて風呂に入る時にリビングの灯りがついていたので、いつもどおり俺は母さんに声をかけた。
そしてそれを知ってる早霧もその後に母さんに挨拶をしたらしい。
「明日、俺はどんな顔されるんだ……?」
「ウチのパパとママも時間があればいつも一緒にお風呂に入ってるよ?」
「……そういう事じゃないし、そういうのは内緒にしてやってくれ」
「なんで?」
明日の朝、開口一番に俺は絶対にからかわれるだろう。
そんな俺の心配をよそに、早霧はシレっと自分の両親の秘密を暴露していた。
もしかしたら早霧にとって家族、いや夫婦で一緒にお風呂に入るのは、キスをするよりも当たり前なのかもしれない……。




