第277話 「トイレ?」
「ほら、あいしゃちゃん、あつきくん。先輩のレンジだよ」
「何してんだお前は」
駅前から出るバスに乗り、俺の家へと帰ってきた。
バスに揺られている間も俺はずっと早霧が言った『親友って、どこまでして良いんだろ?』という言葉に悶々としていたのに、当の本人はそうでもないらしい。
今もこうして帰って来て早々に俺の部屋に飾られていた灰色オオカミのぬいぐるみことレンジの左右に、二人と同じ名前を名付けた青と黄色の猫のぬいぐるみを並べて
遊んでいるぐらいだ。
「えー? だって、ずっと袋の中じゃ苦しいでしょ?」
「そういう事を言ってるんじゃないんだが……。って言うかぬいぐるみも大事だと思うけど、借りた巫女服、出さなくて良いのか? 明日着るんだろ?」
「確かに!」
あぁ! と大きく頷いた早霧が抱えていたスクールバッグを漁り出す。
この反応は絶対に忘れてたやつだ。
ぬいぐるみは大切にするのに、服にはいつも無頓着なんだよな早霧は……。
「やっぱり可愛い!」
「ん、まあ……そうだな」
スクールバッグから紅白の巫女服が取り出され、何故か俺のベッドの上に広げた。
流石の早霧でも、ユズルや草壁が一緒だったからかスクールバッグに入れる時にちゃんと綺麗にたたんだようでしわがほとんどない。
早霧には色々と言いたい事はあるが、実際問題部室で見た巫女服姿は俺が感極まるレベルで可愛かった。
だから俺はそれを悟られないように、わざとらしくそっぽを向いてエアコンのリモコンを操作する。
「でしょー? 明日お祭りで着るの楽しみだなー!」
「……浴衣も着たり、忙しいな」
「ねー!」
俺はピピピと意味もなく温度ボタンを上げ下げする。
もう早霧は気にしていないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
俺はユズルや長谷川、草壁の前で早霧を抱きしめて涙を流した。
今思い出すと何してんだ俺は、と今すぐ早霧を気にせずにベッドに飛び込んで顔を埋めたくなる。
そりゃあ早霧も恥ずかしさで拗ねる訳だった。
「うーん、でもなぁ……」
「ん?」
その恥ずかしさの波をとうに乗り越えた早霧が急に唸り出す。
視線をベッドに向けていると、大げさに腕を組んで首を傾げ、ベッドの上に広げた巫女服を見つめていた。
何か思うところがあるのだろうか?
思いつくのは、浴衣と巫女服に着替える時間はあるのかとか、それぐらいだが。。
「どうした? 難しい顔して」
「うーんとね、こう借りた巫女服を見てたらなんだけど……」
気になった俺はベッドに近寄り、一緒に巫女服を見下ろす。
やっぱり早霧は何かに悩み始めたらしく、近寄った俺には視線も向けずにただ巫女服を見つめて――。
「……蓮司のベッドに巫女服が置いてあるって、なんか……えっちじゃない?」
「…………」
「あいたぁっ!?」
――真剣な顔で馬鹿な事を言い出した。
俺は無言でその白い頭を軽く引っぱたく。
スパンと良い音がした。
「た、叩くならせめて何か言ってよぉ!?」
「すまん。馬鹿過ぎて何も言う気になれなかった」
「ひどっ! だって蓮司のベッドに女の子の服が置いてあるって、冷静に考えるとえっちだよね!?」
涙目になりながら、いまだに同意を求めようとしてくる。
その強くくだらない想いはいったいどこから湧いてきたのだろうか。
「感じるも何も、置いたの早霧だしなぁ……」
「ふーん……じゃあ今度、私の下着とかスクール水着とか置くからね……」
「お前困ったらそうやって捨て身の反撃するのやめた方が良いぞ?」
いつもそれで失敗して後悔して恥ずかしい想いをしてるのを忘れたのだろうか?
確かにそこまで露骨にされたら俺も変な気持ちになりかねないが、それ以上にダメージを食らうのは置いた張本人なのである。
良い意味でも悪い意味でも失敗を恐れない親友の姿に、俺は溜息をついて背中を向けた。
「むぅー……。あれ? どこ行くの?」
「……トイレ」
「トイレ?」
「トイレ」
「トイレ」
部屋に戻り、馬鹿なやり取りも終えてようやく一息付けたからだろうか。それとも冷房が効き始めたからかは分からないが、俺はトイレに行きたくなった。
それに何故か早霧が聞き返して、繰り返す。
この一、二秒の中で数回トイレが俺たちの間で連呼された。
だけどこのやり取りも意味が無いいつものやつなので、俺はスパッと会話を切って部屋の扉に手をかけると。
「私も行くー!」
「…………は?」
何故か早霧が、ついてきたんだ。




