第274話 「――今年は、みんなの夏祭りだからね!」
「今日のじぶけんはここまでー! みんな! 明日はよろしくお願いねっ! 特にレンジとさぎりんは、ラジオ体操から頑張ってー!!」
自分らしさ研究会の部室に元気な声が響き渡る。
その声の主であるユズルは、既に巫女服から制服に着替えていた。
机の上にあったスマホを見ると十六時をちょうど回ったところである。
「任せて! 絶対に秘密にしとくよー!」
と、早霧が自信満々に親指を立てる。
もちろん早霧も制服姿だ。部活で明日の話を一通り終えた後、また俺と長谷川が外に出ている間に女子全員は着替えたのである。
「あ、明日はよろしくお願いしますぅ……!」
そして……目隠れ巫女、草壁が勢いよく頭を下げた。
巫女服である。
いつも見ている、学制服じゃない。
何故か俺と長谷川と一緒に部屋の外に出てきたので聞いたら「ひょわぁ……き、今日はこれで自転車に乗って来ましたよぉ……?」と言っていた。
「俺が、いや、俺たちで最高の夏祭りにしてやろうな!!」
そこへ長谷川がその大きな拳を天井へ振り上げた。
最初から最後まで暑苦しい男だったけど、今日は俺もかなり影響されている。
「ああ。よろしくな、みんな!」
そして最後に。
そんな長谷川に影響された俺が、柄にもなく締めの言葉を言って本日の自分らしさ研究会の活動は終了となったんだ。
◆
「お、お疲れさまでしたぁ……!」
「ばいばーい! 気をつけてねー!」
「ひょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
夕方の校門で。
紅白の目隠れ巫女がママチャリに乗って去っていく。
ドップラー効果というやつか、その声がどんどん小さくなっていく様子はその姿もあいまってやっぱりホラー感強めだった。
道端ですれ違った人たちはどう思うのだろうか。
もしかしたら夏休み明け、新しい学校の七不思議になっているかもしれない。
「良かったのか?」
「え? 何が?」
そして二人になってすぐ、俺は早霧に話しかけた。
もちろんそれだけを突然聞いても、早霧はキョトンとするだけである。
「……色々だよ」
「えー! 何ー! どれのことー?」
そんな早霧を横目に俺も校門を出て通学路を歩き出す。
それに一瞬だけ遅れて、興味津々な早霧がすぐに俺の隣へ並んだ。
残念ながらその綺麗な長い髪も制服に着替えた時にほどかれているので、ポニーテールは明日まで見納めである。
「思わせぶりは良くないよ? さあ言えー! 吐けー! 吐け蓮司ー!!」
念力のつもりだろうか。
両手を俺にかかげて謎のジェスチャーを早霧は行う。
とんでもなく愉快だ。
もう何度も語りつくしているが、黙っていれば美人という言葉がこれほど似合う人物もそういないだろう。
まあ、高校生になってからは黙ってる時の方が少ないけど。
「どうせ駅前に行くんだし、ユズルたちと一緒に同じバスに乗れば良かったんじゃないか?」
「あー、それ? 分かってないなー、蓮司はぁ……。分か蓮司だよー!」
「何でも二文字の後に俺の名前を言えば良いと思うなよ」
どうやら今の早霧の中でのトレンドらしい。
しかし放っておくと飽きるまでこすり続けるので早めに釘を打っておく。
早霧も早霧で思いついたから言っているだけらしく、すぐに表情を戻していつも通りに喋りだした。
「ゆずるんも長谷川くんも、今は二人の時間が大事なの! 私と蓮司はともかく」
パチンとウインクを一回。
そうしてドヤ顔で歩いていく。
そのドヤ顔が無ければ完ぺきだったのにと思った。
「……じゃあ、草壁の提案を断ったのもか?」
「んー?」
前を歩く早霧に問いかける。
これは部活の時から気になっていた。
早霧の優しさは十分すぎるほど知っているし伝わってきたんだけど、それにしても焦る草壁に言い聞かせる時の早霧が落ち着きすぎていたからだ。
「まあもちろんそれもあるけど」
早霧は口元に指をあてて、空を見上げる。
つられて見た快晴の空は雲一つなく青く澄み渡っていて。
「――今年は、みんなの夏祭りだからね!」
その笑顔は、快晴の空よりも眩しかったんだ。
「ほら、私たちの思い出の夏休みって……。私のわがままで、私と蓮司の二人だけだったでしょ?」
「……あ、あぁ」
その笑顔に見惚れて、思わず返事に遅れてしまう。
あの時の夏祭りは早霧もまだ身体が良くなってきたばっかりで、今以上に俺にべったりだった。それこそ、他の人には心を開かないレベルで。
早霧は俺がそれを思い出している間も、変わらず笑顔で言葉を続ける。
「でも今は。ゆずるんがいて、長谷川くんがいて、ひなちんがいて……。アイシャちゃんや厚樹くんもいるから、毎日が楽しい!」
そして、腰に手を当てて堂々と胸を張った。
「だから蓮司と一緒に夏祭りのお仕事を出来ないのは残念だけど……」
その姿は、その光景は。
「蓮司はみんなの為に頑張ってくれるんでしょ?」
いつもと同じ通学路なのに。
「あの時みたいに!」
――まばゆいキラメキに、包まれていたんだ。
「へへん! もうあの頃の早霧ちゃんじゃありません! 早霧ちゃんはいつだって、成長を続けているのです! へへへんっ!」
「…………最後が余計だって」
そうして無駄に、もう一度ドヤ顔を決める。
だけどそのドヤ顔ですら、俺は眩しくて思わず目を逸らしてしまった。
「どう? 大人でしょ? 惚れ直しちゃった?」
しかしそんな俺を逃がしてくれる早霧ではない。
早霧はわざわざ回り込んで、俺を覗き込むように見上げてくる。
憎たらしいほどに、愛おしい笑顔で。
「馬鹿かお前は」
「あいたっ!? ば、馬鹿っ!? 馬鹿って言った!?」
悔しかったので、デコピンを一回。
早霧はオーバーなリアクションをして、すぐ詰め寄ってくる。
「ずっと惚れてるよ。これまでも、これからも」
「え、あ……うん……」
そんな早霧の手を、俺は強く握ったんだ。
もう絶対に、勢いよく転んでも離さないように




