第270話 「お母さんみたいだね?」
自動販売機で人数分のお茶を買い、早霧とキスをしてから部室に戻ったら中で怪しい儀式が行われていた。
祭壇に見立てられた机の上で正座をして祀られている小柄巫女、ユズル。
その周囲をグルグルと回転しながら不思議な舞を踊る目隠れ巫女、草壁。
そしてユズルの正面で土下座をしながら名前を呼び続ける狂信者、長谷川。
そんな誰がどう見てもカオスな状況が広がっていたんだ。
「ゆずるちゃん! ゆずるちゃん! ……おお、赤堀に八雲ちゃん。戻ったか」
「……何、してんだ?」
狂信者長谷川が汗だくになりながら俺と早霧に気づき、声をかける。
この短時間で滝のような汗を流すという事は、どれだけ叫び続けたのだろうか。
怖いのはコイツが普通に正気だと言う事である。
「考えたんだ。前回も今回もゆずるちゃんと同じチームに慣れなかったのは、俺の想いが足りないんじゃないかって」
額の汗を拭いながら、長谷川は立ち上がる。
平然と言ってるが、何故この大男はこんなに冷静なのだろうか。
「そして、巫女服だ。神聖な巫女服を通して俺の想いがゆずるちゃんに届けば、くじ引きの神様が祝福してくれると思ってな」
「くじ引きの神様もドン引きだよ。いいからお茶、飲め」
「おお! 助かる!」
何を言ってるんだろうかコイツは。
お茶にはリラックス効果があると誰かが言ってた気がするので、俺は抱えていたペットボトルの一つを長谷川に渡す。
すると大男は笑顔で受け取って豪快に飲み、爽やかに一息ついた。
さっきまで、一心不乱にユズルの名前を呼び続けていた奴と同一人物とは思えないレベルの爽やかさである。
「……で、草壁は何をしてるんだ?」
「ひょ……わぁ……」
「……お茶」
「あ、ありがとうございますぅ……」
長谷川が落ち着いた事により、草壁の不思議な踊りも終わりを告げた。
涼し気な巫女服とは言え、狭いじぶけん部室の中で舞い続けるのは暑いらしく、草壁も大量の汗を流している。
そんな草壁にもペットボトルを一つ手渡すと、彼女は両手でそれを握りしめて必死に飲み始めた。
「ふぅぅ……巫女さんって、大変なんですねぇ……」
「実際の大変さと絶対に違うと思うんだが……何してたんだ?」
「は、はいぃ……。踊ってましたぁ……」
「いや、だから何で……?」
「え、えっとぉ……み、皆さんが仲良しなのは知っていますけどぉ、それを眺めるにしてもぉ……く、首絞めが起きる組み合わせの方が見ていてドキドキして幸せになれるのでぇ……」
「…………そうか」
大人しそうに見えて長谷川より欲望に忠実だった。
深入りしてはいけないやつだと判断したのでとりあえず頷いておく。
仮に俺達が理想の組み合わせになれたとして、首絞めが発生する可能性は極端に低いだろうに……。
それでもこの部活の中で草壁は遅れてやってきたある意味で新入部員だし、パートナーと呼べる異性はいないのにここまで自主的に行動して楽しそうなら心配はないのだろう。
悪い方向で毒されて、はっちゃけだしているのが一番心配だけど……。
「それで、ユズルはどうして祀られてたんだ……? この前も教卓の上に乗って降りられなくなってたのに……」
「や、やぁレンジ……これも……じぶけんかなって……」
「自分らしさどころか暴走してた気がするけど……早霧、お茶」
「はいゆずるん!」
「あ、ありがとさぎりん……」
我らが小さき会長はとても寛容だった。
器の大きさならこの中で間違いなくトップだろう。
ユズルはゆっくりと机から自分の椅子に降り、早霧からお茶を受け取る。
そしてその小さな口で、ちびちびとペットボトルのお茶を飲みだした。
「ふぅ……良い汗かいたぜ」
「ひょわぁ……やりましたねぇ……」
達成感に満たされた大男と目隠れ巫女も自分の席に戻り、お茶を飲む。
傍から見たら明らかに悪い部類の汗だけど、本人たちが満足しているのなら良いのだろう。
それにしても全員が美味そうにお茶を飲んでいる。
たかがペットボトルのお茶でも、リラックス効果は絶大だった。
「よーし。じゃあ、さぎりんとレンジも戻って来てくれたことだし、午後のくじ引きを始めよっか!」
ペットボトルの三分の一を飲み終えたユズルが、宣言する。
さっきまであんなに机の上の高さに怯えていたのに、切り替えの早さはラジオ体操に来てくれている小学生の子供並に早い。
もちろんそんな事を言ったら長谷川に何をされるか分からないので黙っておく。
「よっしゃー! ゆずるちゃん力も高めたし、今なら絶対にイケルぜ!!」
「ゆずるちゃん力って何だよ」
「ひょわ……困難の果てに達成される願い……。そうして二人の距離が近づいてぇ、そっとお互いの首に手をぉ……」
「絞めないからな」
「蓮司、お母さんみたいだね?」
「早霧、お前も助けてくれ……」
ユズルの号令にやる気を出し、また妙な事を言い出す長谷川と草壁。
この二人はこの二人で妙な相乗効果を生み出す事が分かってしまった。
そんな二人に苦労する俺を見て、早霧は微笑ましく笑う。
世界一綺麗な巫女の笑顔はそれだけで心と身体の体力が全回復するのだが、それはそれとして手伝ってほしかった。
「それじゃあ二回目! 恨みっこなしのチーム分け、いくよっ!!」
「ゆずるちゃん……! ゆずるちゃん……!」
「蓮司、長谷川くんに負けてるよ! さっき言ってくれたみたいに言って!」
「さ、さっきみたいに……? ひ、ひょわわ……っ!?」
「煽るな! 反応するな! あー、もう! 早霧早霧早霧!」
二回目のくじ引き。
さっきよりも騒がしくて、さっきよりもやけくそで、さっきよりも賑やかで。
全員が輪になって、また割り箸を握る。
バラバラに見えて、全員が真っ直ぐで、声を重ねて――。
「「「「「せーのっ!!」」」」」
――俺たちは、二回目の、正真正銘最後のくじを引いたんだ。




