第265話 『骨は……拾ってくれ……!』
ひっきりなしにセミの鳴く声が聞こえる。
特別校舎棟一階奥にある自分らしさ研究会の部室の前で、閉じた入口に背を向けて俺たちは座っていた。
「ゆずるちゃんの巫女服ゆずるちゃんの巫女服ゆずるちゃんの巫女服ゆずるちゃんの巫女服ゆずるちゃんの巫女服ゆずるちゃんの……っ!」
隣からは、セミに負けないぐらいブツブツと呟く長谷川の姿。
早霧たちが巫女服に着替える為、俺たちは部室から外に出ていた。
いくら仲が良いとは言え、女子の着替えに同席なんて出来ないからである。
……早霧と俺だけなら、別だけど。
まあとにかく。
それからというもの、隣に座る大男はまるでセミの求愛の鳴き声のようにずっとユズルの名前を呼び続けていたんだ。
「……少しは落ち着いたらどうだ?」
「巫女服だぞっ!? ゆずるちゃんの!!」
「怖すぎるんだよっ!」
鬼気迫る勢いである。
それこそ、人を殺めてしまいそうなぐらいにこの大男の存在感というかプレッシャーが廊下中に広がっていた。
ここが学校の中でもトップクラスに人通りが少ない場所で本当に良かったと思う。
もし誰かが通りかかろうものなら、巫女服と呟き続ける謎の大男として学校の七不思議になっていたに違いなかった。
「ただでさえ可愛いゆずるちゃんが巫女さんになってみろ! 死ぬぞ!? 俺が!」
「…………」
正直、長谷川なら死にかねないなと思ってしまう。
それだけこの大男はユズルラブを一年の頃からずっと言い続けてきたからだ。
可愛さで心臓発作を起こしても不思議じゃない。
「赤堀! そういうお前はどうなんだ!?」
「……俺?」
「ああ! お前だって俺とゆずるちゃんが恥ずかしくなるぐらい八雲ちゃん大好きじゃないか! そんなお前が、はたして巫女服姿の八雲ちゃんを前にして平気でいられるのか!? いいや、無理だ!!」
「お前が言い切るなよ……」
そうは言うものの、俺も自信は無かった。
早霧が巫女服を着る。
凄く似合うという言葉では言い表せないぐらい、凄く似合うと思った。
だって早霧は美少女だ。
言わなくてもわかるぐらい綺麗で可愛くて美しくて、そんな早霧が巫女服なんて着たら俺も耐えられるかは分からない。
いつも私服はテキトーな早霧が、家ではダボダボTシャツかスクール水着の印象しかない早霧が、綺麗な巫女服姿を着こなしてみろ。
……俺は、死ぬかもしれない。
「赤堀。お前を心の友だと見込んで、一生のお願いがある。俺がユズルちゃんの可愛さで死んだら、骨は……拾ってくれ……!」
「……生きよう。それが、ユズルの為だろ」
「……赤堀っ!!」
俺と長谷川は固い握手を交わした。
さっきからずっとこんなノリが続いている気がする。
だけど長谷川に死なれると、俺の骨を拾ってくれる奴がいなくなるので困るのだ。
「な、何を……してるんですかぁ……?」
「うおおっ!?」
「く、草壁!?」
そんな馬鹿な俺たちを覗く、目隠れ巫女がいた。
言わずもがな、草壁である。
彼女はいつの間にか開いた扉から顔を出し、長い前髪の奥から俺と長谷川を覗いていた。
本日二度目のホラー体験。
危うく巫女服を見る前に心臓が止まるところだった。
「き、着替え終わりましたのでぇ……入って大丈夫ですけどぉ……?」
「……赤堀っ!」
「……長谷川、行くぞ!」
「ひょわっ!? な、何かお二人とも怖いですよぉ……!?」
怖い目隠れ巫女に導かれて、俺と長谷川は立ち上がる。
扉の先で待っている、早霧とユズルの巫女服を……生きて拝むために。




