第250話 「子供、ほしいの……?」
「蓮司があんなこと言うから……」
「早霧がずっと煽ってきたせいだろ……」
朝食の後。
部屋に戻った俺と早霧は、お互いに微妙な雰囲気を作り出していた。
原因はもちろん、ママと娘問題である。
父さんと母さんがいることを忘れてしてしまったいつもの軽い口喧嘩は、両成敗という形で今も尾を引いていたんだ。
「私と蓮司の娘なんて……そんな……」
「もう、忘れてくれ……夢なんだから……」
ベッドに座り体育座りをしている早霧が、俺の隣でブツブツと呟いている。
思い返してみればそうとう恥ずかしいことを言ってしまったのだという後悔が物凄い勢いで襲ってきていた。
いやそれを言う羽目になった早霧の煽りも悪いんだけどさ。
「私と蓮司の娘……」
「…………」
まだ言ってる。
これはかなり長引きそうな雰囲気だ。
「……蓮司は」
「ん、ん?」
コテンと。
早霧が俺の肩に寄りかかってくる。
視線を向けても綺麗な白髪が広がるだけでその表情は見えなかった。
「子供、ほしいの……?」
「ブッ!? な、何言いだすんだ急に!?」
「言い出したの蓮司じゃん……」
「あ、あれは……」
夢だから。
そう言おうとしたのに、そこでまたあの夢が鮮明にフラッシュバックしてきた。
幸せそうな光景だった。
早霧となら、間違いなく幸せな家庭だろう。
今の延長線上で家族になり、毎日楽しく賑やかで、新しい……家族ができて。
「…………その時が、来たらな」
「……その時って?」
「…………大人に、なったら」
「……聞いたことある、それ」
「…………だな」
あの時も夏祭りの前で、そんなことを確かに言った。
子供の時はいつになったら結婚できるかで、今はいつ子供がほしいかで。
成長してると思うけど、俺も早霧も高校生でまだ親にお世話になってる子供で。
だけど早く大人になりたいって気持ちよりも、またこうして同じやり取りを出来るのが懐かしくて……嬉しかった。
「これ言うと、また夏祭りで何か起きるんだよね……」
「流石にそれは考えすぎだろ……」
「何か起きてほしくないの?」
「……もう、忘れたくないからな」
「あっ……」
隣から寄りかかってくる早霧の肩を抱き、もっと引き寄せる。
左半身にだけ伝わる温もりが、俺の心をあたたかくしてくれるんだ。
「……親友?」
「親友」
親友、にも色々な意味がある。
今のは、『好き』っていう意味で。
「――んぅ」
「――んっ」
俺と早霧は、そっとキスをした。
今日初めてのキスは、朝ごはんの後の、素朴で、優しい短いキスだ。
「……ねえ、蓮司」
「ん?」
唇を離した早霧が、俺を見上げる。
淡い色の瞳がわずかに揺れていて、俺は静かに、次の言葉を待って――。
「私、寝てる蓮司の身体にいっぱいキスマーク作っちゃったんだ……」
「おいちょっと待て聞いてないぞ」
――早霧が逃げないように、違う意味で強く抱きしめたんだ。




