第249話 「ママでちゅよー?」
俺は寝ぼけて、早霧の事をママと呼んでしまった。
それが何を意味するかなんて、火を見るよりも明らかで……。
「はーい、蓮司ちゃーん。ママでちゅよー?」
「……勘弁してくれ」
早霧が調子に乗っていた。
それはもう、調子に乗っていた。
朝の食卓で父さんと母さんの目があるにもかかわらず、俺のママを名乗ってニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべているのである。
「お寝坊さんな蓮司ちゃんの為にぃ、ママがご飯をふーふーしてあげまちゅからねー?」
「…………」
誰か俺を助けてくれ。
言ってしまった事は変えられないが、明らかに誤解した内容が早霧に伝わってしまっている。
こんな新たな弱みを見せてしまったが最後、早霧は俺の茶碗を奪い取ってスプーンで食べさせようとしてくるのだ。
「息子が一夜にして早霧ちゃんの子供になったわ……」
「いいや違うぞ母さん。あれは俺たちも通った赤ちゃんプレイだ……懐かしいなぁ、やっぱり俺たちの息子か……いっだぁっ!?」
冷めた目をする本物の母さんと、聞きたくなかった真実を暴露して母さんに痛む腰を叩かれる父さん。
どうやらここに俺の味方はいないようだ。
「はい。蓮司ちゃん、あーん!」
「ま、待て落ち着け早霧!」
「あーん!」
「聞けって!」
唯一の味方のフリをしている偽物のママはスプーンで白米をすくって俺に食べさせようとしてくる。
こんなにときめかないあーんは初めてだった。
「蓮司ちゃんが反抗期になっちゃった……」
「その設定をまずやめてくれ!」
「ママって言ったの蓮司じゃん!」
言った言葉は消せない。
そのセリフを言われてしまうと、俺はほとんど何も返せなくなるのだ。
「あれは、違うんだ……」
「違うって、何が?」
「早霧の事は、確かに、ママと呼んだけどさ……」
「ほら言った! 認めた!」
「そうじゃなくて! 夢の中で俺と早霧の娘がいてだな! それで父親の俺が、早霧の事をママって呼ぼうとしてたんだよ!!」
でもそれはそれとして、返せる言葉は存在する。
存在はするのだが、早霧がこっちの揚げ足を取ってくるのでついヒートアップしてしまった。
俺はかなりの早口になって、必死にそれを早霧に言い放つ。
「…………え?」
しかし、返ってきたのは白熱するやり取りではなく、たった一言の言葉で。
「わ、私と蓮司の……む、むすめ?」
早霧の声が、少しずつ震え出して。
「そ、それってぇ……!?」
ついには色白な顔が、真っ赤になった。
そこで俺は自分が墓穴を掘った事に気づいてしまう。
「あらぁ~! お父さんお父さん。私たちも、二人に気を利かせて旅行に行った方が良いかしら!?」
「か、母さんが俺の腰をもっと労わってくれれば、それも叶ったかもなぁ……すまん、二人とも……」
しまいには変な気を利かせようとする両親がいて。
「…………」
「…………」
俺と早霧はお互いに顔が真っ赤のまま、目を逸らして朝食をとるのだった。




