第235話 「このまま中……入っちゃおっか?」
「早霧、本当にするのか……?」
「お願い、聞いてくれるって蓮司言ったよ?」
「だけど、こんなこと……」
「いいから……しよ?」
息を潜めて、俺は早霧と小声で話していた。
まさかこんなことになるなんて、数分前の俺は想像もしていなかっただろう。
『ねえママ。さっき二階から早霧の大きな声が聞こえて来たんだけど、行かなくて平気かな?』
『も~、パパは心配性ねぇ。早霧も大人なんだから大丈夫よぉ。ふふふっ』
『そっ、その意味深な笑いは何だい!?』
扉の向こうから早霧の父さんと母さんの声が聞こえる。
ここは一階、早霧の家のリビングへと続く廊下のど真ん中だ。
そこに今、俺たちはいたんだ。
「パパとママばっかり旅行に行って、ズルいんだもん……」
「だ、だからってこれは……」
「お願い、聞いてくれるんでしょ?」
――俺が上半身裸、早霧が上はブラジャーに下はショートパンツ姿で。
何をするかと言えば当然、キスをする為。
いつも隠れてするキスの、最大級にバレたらマズいバージョンだった。
「いつもママが入って来るんだから、むしろ私たちが隠れてすれば良いんだよ」
「馬鹿だろ、お前……」
「だって、今日からパパとママも旅行に行っちゃうからもう出来ないし……」
「…………分かったよ」
とんでもない理論だった。
でも、寂しそうな早霧の顔を見たらやらないとは言えなかった。
俺はひょっとしたら、とんでもなくチョロいのかもしれない。
「……早霧」
「……うん」
俺は早霧の家の廊下で、半裸の早霧の腰を抱く。
部屋の中と違って冷房の効いていない廊下はとても暑く、華奢で細い腰は少し汗ばんでいた。
「――んぅ」
そして俺は、早霧と抱き合いながらキスをする。
つい数分前の、昔の約束を振り返るような満たされるキスとは違って、廊下で隠れてするキスは罪悪感と背徳感からくる気持ち良さしか無かった。
『パパ、どうする? もし私たちが旅行に行ってる間に、二人の仲が進んでお爺ちゃんになっちゃったら』
『お、お爺ちゃん!? そ、そそそそそんなぁ……!!』
『ふふ、冗談よ冗談』
しかも扉の向こうからは仲睦まじい早霧の両親の会話が聞こえる。
それがまた背徳感を増していき、頭がおかしくなりそうだった。
「れんじ……んっ……ちゅ……もっとぉ……」
「さ、さぎり……んぅ……」
それにスイッチが入ったのか、早霧は背伸びをしてどんどん俺の唇を求めてきた。
物理的にも精神的にも気持ち良さが加速していく。
癖になったらマズいと思いつつも、色々な場所で隠れてキスをしている俺たちにとっては既に手遅れだった。
『今度、赤堀先輩のところと家族会議とかした方が良いのかな……?』
『もう、だから気が早いわよぉ。でも蓮司くんや早霧を交えて両家団欒はしても良いかもねぇ。将来の事も考えて』
『そっ、それってお見合いってことかなぁ!?』
気づけば早霧の背中を廊下の壁に押し付けていた。
動ける場所が無くなり、唇だけじゃなく全身で早霧と密着をする。
お互いの額から流れる汗は、暑さのせいだけじゃなかった。
「んっ……れんじぃ……ぷはぁ……」
長いキスの後で、早霧が息継ぎの為に唇を離す。
その淡い色の瞳は俺を見つめ、切なげに潤んでいて。
「このまま中……入っちゃおっか?」
「は、はぁ!?」
完全に変なスイッチが入ってしまった早霧が、とんでもない提案をしてきたんだ。




