第230話 「ま、またぁ!?」
「れんじがー、わすれてくれないー……」
「だから無理だって」
早霧がベッドの上にあるぬいぐるみの海に埋もれながら足をバタバタさせている。
ちなみに俺が見惚れていた浴衣から既に着替えていて、いつものヨレヨレダボダボ白Tシャツスタイルだった。もちろんポニーテールも解かれている。
こっちの方が落ち着くけど、もうちょっと見たかったのが正直な気持ちだ。
「おかしい……。蓮司は私のこと大好きだから、私のお願いは何でも聞いてくれる筈なのに……」
「そりゃそうだけど、俺だって人間の限界は超えられないぞ」
自分の意志で記憶を消せる訳無いだろうが。
俺があの日の約束を忘れていたのだって、徹夜と怪我と大雨が原因だし。
「ちぇー。……ところで蓮司、その紙袋は何?」
早霧も最初から無理だと分かっているので、これはダル絡みの一種である。
すぐに興味が移り、ベッドの縁に寄りかかる俺の小脇に置いていた紙袋に手を伸ばした。
「……忘れ物だよ」
「えー、何だろ何だろ?」
上半身だけを器用によじり、ガサゴソと紙袋を漁り出す。
ダボダボ過ぎる胸元がこれでもかと無防備に緩んでいて、俺は目のやり場にとても困った。
「ま、またぁ!?」
「こっちのセリフだよ」
そして早霧はついに紙袋の中身にたどり着く。
手に持った自分の下着を見て、淡い色の瞳を大きく見開いていた。
「れ、蓮司は私が着ていたものに興味あるの……?」
「あるかないかと言えばあるが、お前が忘れたものだからな?」
赤くなる顔を大きな薄水色の下着で隠す早霧の羞恥心はどこにあるのだろうか?
自分の着る服に興味が無いとはいえ、そこまで雑に扱う女子もそういないだろう。
「き、今日切れちゃったブラ……あげよっか?」
「…………いらん」
一瞬心を大きく揺さぶられてしまった。
その誘惑に乗っていたら一生変態のレッテルを貼られていたかもしれない。
本当に、危なかった。
「そ、それとも今付けてるやつが良いの……?」
「下着から離れてくれ! そしてそれしまえ!!」
「えー? あ、ちょうど良いから蓮司の家に持っていくやつに混ぜとこー」
勝手な解釈であらぬ誤解を生みだしていく早霧に俺は叫ぶ。
母さん、やっぱり俺の部屋に置いておいて良かったんじゃないか?
早霧は軟体動物のようにベッドからカーペットの床に這い落ちて来て、そのまま匍匐前進をしながら部屋の隅に置いていたリュックの中に下着を入れていく。
残念美少女の極みみたいな、そんな這いつくばり方だった。
「み゛ゃ゛っ゛!?」
「ん?」
すると早霧が今度は急に変な声をあげる。
……また下着が切れたとか、言い出さないよな?
「れんじぃ。あ、足つっちゃったぁ……」
「何してんだお前は!?」
涙目になり、俺に助ける早霧の足が変な感じにピンと伸ばされていた。
そんな残念極まりない親友を助けるべく、俺はすぐに立ち上がり駆け寄るのだった。




