第222話 「知らなくて良いことだよー?」
「なーんだ! 私てっきり、蓮司がアイシャちゃんに変なことを教えたのかと思ったよー!」
「オネエチャン、へんなことって?」
「アイシャちゃんは知らなくて良いことだよー?」
「?」
なんとか誤解が解け、早霧は大きく笑う。
でも誤解をかけられた俺は終始冷や冷やしっぱなしだった。
安心した今、早霧が買って来てくれたぶどうジュースがとても良く染みる。
「蓮司お兄さん、アイシャがすみません……」
「いや、俺も伝え方がマズかったと反省してるから気にするな……」
和気あいあいとしている白金の美少女組とは打って変わって、そんな二人に振り回されている俺と厚樹少年は軒先の下で茶を飲む老人のように遠い目をしていた。
流石の厚樹少年もアイシャに大人の階段をのぼろうと提案されたのはかなりドキドキしてしまったらしい。
「でもアイシャ、昨日の真里菜ちゃんや美玖ちゃんだけじゃなくて、蓮司お兄さんともすごく仲良くなっていって、これなら僕がいなくても安心だと思います」
「……そうだな」
楽しい毎日が続いているが、二人の一時的な別れはもう目前に迫っている。
いくら俺たちが心配しようと、当事者である厚樹少年はもっと辛いのだろう。
俺だって早霧と離れて暮らさなきゃいけないってなったら、多分全力で解決方法を探すと思うし。
「厚樹少年は、早霧と何か話したのか?」
「え?」
だから、気休め程度だが少しでも考えないで良いようにしてあげようと思った。
アイシャがイギリスに旅立ってしまうというのは、イギリスに住んでいるアイシャの祖母の体調が悪くなってしまった為で、どうしようもないことだし、それこそ誰も悪くないのだから。
「うーん、早霧お姉さんとは普通の話しかしてませんよ?」
「それでも良い。早霧が変なことを吹き込んでいないか心配でな」
「え? 蓮司、今私の名前呼んだー?」
「ああ、大好きだぞ」
「えー? しょうがないなー? 私も好きぃー!」
「アイシャもアツキすきーっ!」
地獄耳が割って入ってきたが、驚くほどチョロかった。
白金美少女疑似姉妹はまたキャッキャッと自分たちの世界に入っていく。
その間に俺たちは男同士の話を続けた。
「そうですね……好きならとにかく押して押して押すのが大事だよとか、優しい人がたまにちょっと強引になるとすごくドキドキするんだよって、教えてもらいました」
「何言ってんだアイツ」
変んな誤解をした早霧の方がよっぽど変なこと吹き込んでるじゃないか。
しかも後半とか、絶対に早霧自身の願望だろ……。
よし、後でやってやろう。
「後は、蓮司お兄さんのカッコいいところ百選とかですかね……?」
「それ俺も聞いたこと無いやつなんだけど」
人が聞いていないところで何を言ってるんだ早霧は。
ていうか全然普通の話をしていない。
厚樹少年にとって色恋の話は普通のことなのか?
「あ、そうだ! アイシャとの思い出を忘れない為に日記を付けた方が良いよって教えてくれましたよ!」
「うぐっ……」
「えっ? 蓮司お兄さんどうしたんですか!?」
「ちょっと、心の古傷がな……」
思い出を忘れるというワードは、俺にとって日本刀より切れ味が鋭い。
そういえば早霧は子供の頃から日記を付けてるけど、やっぱり今も付けてるんだろうな……。
――最近の日記、何を書いてるのか見せてくれないかな?
「おーい! 厚樹ー! アイシャー! 兄さん姉さーん!」
「遅れてすみませーん!」
「ご、ごめんなさい……!」
そんなことを考えていると、公園の入り口から俺たちを呼ぶ声がする。
顔を向けてみればそこには太一少年、真里菜、美玖の今日は遅れると言っていた幸せ三角関係トリオが汗を流しながら走って来ていて……。
「ひょ、ひょわぁ……!」
何故かその後ろを、長い前髪を振り乱しながら必死に追う草壁がいたんだ。




