第220話 『チューって、きもちー?』
朝の爽やかな風に青々とした木々の葉っぱが揺れている。
じめっとした夏の暑さも、木陰の下にいればささやかな涼しさを風が運んでくれていた。
影になったベンチに座り、穏やかな時間を過ごしている。
「ミュー、ミュー、ミュー……!」
「何してるんだ?」
「アツキにすきって送ってる!」
「そ、そうか……」
アイシャと、二人きりで。
金髪碧眼英国ハーフ美少女は、俺の隣で愛しの許嫁に何やら念みたいなものを送っていた。
ちなみにその受け取り手である厚樹少年は今、公園にいない。
ついでに言えば、早霧も公園にいなかった。
◆
『あ、そうだ! 暑い中待ってるのも暇だしさ、またジュース買いに行くね!』
『そうか? なら今日は俺が行こうか?』
『蓮司はへたれだから、そこで反省しててー!』
『は、反省って……』
『オネエチャンが行くならアイシャも行くー!』
『あっ! 今日は暑いから僕が行くよ! アイシャは蓮司お兄さんと一緒に休んでて!』
『いいの?』
『うん!』
『アツキ、すきーっ!!』
◆
思い返せば、こんな感じである。
早霧がジュースを買いに行くと提案をして、俺は反省の待機、そしてアイシャは愛のある休憩だった。
同じ幼馴染同士なのに、親友と許嫁でこんなに差があるのは何故だろうか?
「アイシャは厚樹少年のことが本当に大好きなんだな?」
「うんっ! アイシャ、アツキの人生……!」
「お、おう……」
むふー! とアイシャは鼻息を荒くする。
満足そうだけど、自分の言葉を引用されるのはとても恥ずかしかった。
イギリスで流行語にならなきゃ良いけど……。
「オニイチャンも、オネエチャンのこと好き?」
「ん? おお、もちろん大好きだぞ!」
「アイシャたちも、オニイチャンたちと一緒!」
「ああ、一緒だな」
「いっしょいっしょー!」
アイシャは嬉しそうに両手を広げている。
その姿を見ていると、子供の時の早霧を思い出した。
早霧はあの時も可愛かったなぁ……。
今は美人で綺麗で可愛くて……あれ、最高か?
「アイシャは、厚樹少年のどんなところが好きなんだ?」
「アツキはね! 優しくてカッコよくて、いつも助けてくれるから好きー!」
「おお、それはカッコいいな」
「うんっ! アイシャがね、車にひかれそうになった時も助けてくれたの!」
「く、車に!? それは厚樹少年も大丈夫だったのか!?」
「うんっ! こう、しゅばーって助けてくれた! あとねあとね、アイシャがお風呂でおぼれそうになった時も助けてくれたよ!」
「おぉ……ん? お風呂で? 溺れる? 厚樹少年が? ん?」
「どうしたの、オニイチャン?」
「何で厚樹少年が、アイシャの風呂にいるんだ……?」
「オニイチャンはお姉ちゃんと一緒にお風呂に入らないの?」
「ん、ああ……おお。はい、入ってるな……それも、そうなのか……?」
アイシャは純真すぎるせいか、聞いちゃいけないことまで喋り出した気がする。
彼女にとって厚樹少年はいつでも自分を助けてくれる理想のヒーローなのだろう。
お風呂はともかくとして、ていうか、俺も最近は二人のことが言えないので深入りしない方が良さそうだった。
同年代ならともかく、アイシャも厚樹少年も年下だ。
ここは人生の先輩として、見本となる姿を見せなければ。
「あ、そうだオニイチャン!」
「ん? どうした?」
「チューって、きもちー?」
「…………」
純粋な碧眼が、俺を射貫く。
助けてくれ、早霧、厚樹少年。
例えるなら『赤ちゃんってどこから来るの?』と子供に聞かれた親の気分だった。




