第206話 「カッコいい……お姉さん?」
「カッコいい……お姉さん?」
バス停小屋の裏手で。
小屋の壁に背中を預けた早霧が、俺を見上げて首を傾げた。
可愛い、もう一度キスをしたい。
そんな衝動にかられながらも、俺は我慢して言葉を続ける。
「ああ、そうだ。妹分で可愛いアイシャに憧れるような、そんな大人のお姉さんになりたくないか?」
「っ! なりたい!」
「そうか。ならまずはダラッとしてないでシャキッとしなきゃな」
「背筋ぴんっ!」
早霧は壁から背中を離し、シャキッとした。
その言動と、憧れからキラキラした淡い色の瞳は、カッコいいからかけ離れているけれど、さっきまで俺に寄りかかっていた姿と比べればかなりマトモな部類だった。
「そうだ。そのままアイシャのお手本になるように振舞えば、立派な大人のお姉さんになると思うぞ」
「大人のお姉さん……。それって、夏祭りであったお姉さんみたいな?」
「ん? まあ、そうだな?」
そう言えば。
俺と早霧には、身近に手本になるような大人の女性は親ぐらいしかいなかった事を思い出す。
そこで出てきたのが夏祭りの日に出会ったあのお姉さんだ
あれ、でもあのお姉さんって……。
「――んぅ」
「――んっ!?」
その瞬間、今度は俺が早霧に唇を奪われた。
伸ばした背筋そのままに、少し背伸びをした早霧が目を閉じてキスをする。
それも束の間。みずみずしい柔らかな感触が、俺の唇から離れていった。
「……どう? カッコいい?」
「っ!?」
紅潮させた頬で、悪戯に微笑むその顔は、カッコいいを通り越して淫靡だった。
途端に俺の心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じて。
「そ、それは……二人には、子供たちには見せられない……」
「えー? でも私たちはあの日見たよー?」
「そ、それはそれ! これはこれ! と、とにかく……! 普通に! 誰にでも見せられるような普通のお姉さんで! 具体的にはラジオ体操が終わってスタンプを押す時ぐらいの感じで!」
「やけに具体的だけど分かったよ!」
親指を立ててサムズアップをする親友を見て、これほど不安に感じた事はない。
でもその不安を塗りつぶすぐらい俺の胸はドキドキしていて、正直それどころじゃなかった。
「このクールビューティー早霧ちゃんに任せなさい!」
「あ、あぁ……」
絶世の美貌から繰り出される、渾身のドヤ顔である。
任せて良いものかと思ったけど、やる気を出してくれたのでひとまずは目標クリアだ。
やる気を出した早霧は、今度は俺の手を引いてバス停小屋の裏から表に出る。
するとそこでは変わらず、はしゃいでいる幸せ三角関係トリオと、早速厚樹少年に寄りかかっているアイシャの姿があった。
「みんなー! ちゅうもーくっ!」
「お?」
「なんですか?」
「な、なんだろう……」
「あ、アイシャ……お姉さんが呼んでるよ……」
「オネエサン!」
そこに早霧が手を挙げて注目を集める。
小学生たちの素直さは偉大で、まるで早霧が引率の先生みたいに見えてきた。
「これから私たちは、みんなと一緒にゴミ拾いをします!」
堂々と宣言するラジオ体操スタンプ押す先生モードの早霧は、ついさっきまでの不安を忘れるぐらいしっかりしている。
どうやら俺の伝え方が間違っていたみたいで、やる時はやるのだと改めて実感した。これなら任せて大丈夫だろう。
「でも、ただやるだけじゃあつまらない! 私はそう思う!」
任せて……。
「なので、勝負をします!」
大丈夫……。
「勝負をして、たくさんゴミを拾って勝った方が、負けた方に何でも好きな事をお願い出来るよっ!!」
「おおっー!?」
「な、なんでもですか……!?」
「な、なんでも……!」
「あ、アイシャに……なんでも……」
「ヤルーッ!!」
途端に、早霧を含めて全員の目にやる気の火が灯ったのを感じた。
それは引率の先生ではなく、同じ小学生を率いるガキ大将のような……。
そんな不安を感じずにはいられない、波乱の勝負の幕開けだった。




