第203話 「私にもちょうだい……?」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
冷房が効いたバスの中。
後ろから二番目の二人掛け席に座った俺と早霧は、汗だくになりながら息を切らしていた。
ギリギリ間に合ったバスの中の涼しさも、炎天下の中を猛ダッシュした事によって火照りまくった身体にはまるで意味が無い。ただでさえ全力ダッシュの前に息が続かなくぐらいキスを続けていたので、自業自得と言えばその通りだった。
「蓮司お兄さん、大丈夫ですか……?」
「オネエチャン、大丈夫……?」
「あ、あぁ……」
「う、うん……」
そんな俺たちの前に座っていた厚樹少年とアイシャのラブラブ許嫁小学生ペアが、心配そうに見てくる。
俺たちは揃って頷く事しか出来なかった。
「だらしねーなー、兄さんたち! 大人なら時間に余裕を持てって、父ちゃん言ってたぞ?」
「アンタだってお兄さんたちが来るちょっと前に来たじゃないの!」
「ば、バスの中だから静かにしないと駄目だよぉ……?」
そして一つ後ろの長い座席は、太一、真里菜、美玖の幸せ三角関係トリオがワイワイと話している。
前に厚樹少年とアイシャ、真ん中に俺と早霧、一番後ろに太一真里菜美玖といった座席になっていた。
これは小学生たちが不仲だからではなく、全員俺たちともっと話したいかららしい。
「でも本当に大丈夫ですか? すごい汗ですけど……」
「そ、外は暑かったからな……」
人を気遣える厚樹少年はとても育ちが良いのだろう。
遅刻ギリギリをかました俺は、心がとても痛んでいくのを感じた。
「しゃーねーなー、兄さんと姉さんは。母ちゃんが持ってけって言ってた水筒、ちょっと分けてやるよ」
「あぁ……ありがとう……」
そして後ろからは太一少年が俺に蓋がコップになるタイプの水筒を渡してくる。
小学生に心配され世話になっている情けない高校生の姿がここにあったが、そんな事言ってられる状況じゃなかった。
コップになる蓋は二重になっていたので、内側にあったコップに中身を注ぐ。
半透明の液体はよく冷えたスポーツドリンクで、甘くサッパリとした味は喉を通り火照った身体を癒していった。
「ふぅ……」
「蓮司蓮司、私にもちょうだい……?」
「ん? ああ、ほら」
「飲ませて……」
「仕方ないな……ゆっくりな?」
「んー」
隣にいる早霧が物欲しそうにねだってきたので、もう一度コップを満たしてそれを早霧の口に運ぶ。
親からエサを貰う雛鳥のように口を開き、早霧は喉を鳴らしながらコップの中のスポーツドリンクを飲んでいった。
「あ、アツキ……! アイシャもアレやりたい!」
「え、えぇっ!?」
「す、すげーな兄さんたち……」
「こ、これが大人なんですね……!」
「わ、わぁ……!?」
「え」
「あ」
そしてそこで、俺と早霧は気づいてしまった。
この光景をバッチリと小学生たちに見られているという事を。
アイシャは鼻息を荒くして厚樹少年におねだりしてるし、幸せ三角関係トリオは全員顔を赤くして照れている。
やってしまったと思った時にはもう遅く、俺はわざとらしく咳ばらいをして水筒の蓋を閉めた。
「ありがとう……太一少年……おかげで涼しくなった」
「お、おぉ……」
二重の意味で、涼しくなった。
代わりに太一少年の方が暑くなっているみたいである。
「兄さんたちって……いつもこうなのか?」
「……時々な」
どうやら、間接キスで飲ませ合うのは小学生的にはアウトらしい。
昔からそれぐらいの事は平気でやってきた俺と早霧にとっては、完全に盲点だった。




