第189話 「家族ごっこ……しよ?」
「あー! 楽しかったねー!」
早霧企画による、早霧父さんのサプライズ誕生日パーティは無事に成功した。
終わった時に全員が笑顔だったので、本当に大成功と言えるだろう。
自分の部屋に戻った早霧も大満足といった様子で、大きく背伸びをしていた。
「ああ、そうだな……」
「あれ? 蓮司、元気なくないー?」
「……お前のせいだよ」
「あいたっ!?」
そんな早霧とは真逆に疲れ切った俺を覗いてくるものだから、俺はその綺麗な白い髪の頭頂部に軽くチョップをした。
早霧がふざけて、本当の家族になっちゃう? とか言ったせいで、そこから早霧の父さんの笑顔が違う意味になったからだ。
早霧の父さんはいつも笑顔で優しいのに、今日は眼鏡の奥の目が笑ってなかった気がする。
やっぱり一人娘を持つ父親って、そういうものなのだろうか?
「うー! 暴力はんたーい!」
「ふがっ! おばっ!?」
「あはは! 変な顔ー!」
俺に頭をチョップされた早霧が反撃を仕掛けてきた。
両手で俺のほっぺたをつまんで左右に引っ張ってくる。
痛くは無いけど、このままやられるのは癪だった。
「ほはへひは!(おかえしだ!)」
「ほわっ!?」
だから俺も反撃に出る。
俺も早霧の柔らかなほっぺたを両手でつまんで引っ張った。
「ほほー!」
「ほふほ!」
お互いに何を言ってるかわからない。
ただ向かい合って相手のほっぺたを引っ張り合っていた。
「ほははひほははひほー!」
「はっほ!」
拮抗しているように見えて身体の大きさと力の差は明確で、ジリジリと早霧を部屋の奥へと押しやっていく。
早霧は必死に抵抗するけど、俺が本気を出せば負ける事は無いのである。
「ほひひひひひ……はふぁっ!?」
「ほわっ!?」
その時だった。
ずっと抵抗して来た早霧が力が抜けて、俺たちはそのまま倒れこむ。
幸い倒れた先はぬいぐるみが大量に置かれている早霧のベッドの上だったので、お互いに怪我をせずにすんだ。
「あ……」
「うお……」
だけど、二人でベッドに倒れこめば当然身体は密着していた。
ベッドに背中から倒れた早霧の上に俺が覆い被さっている。
押し倒すというよりは、押しつぶすの方が適切かもしれない。
くっついた身体からは早霧の体温を感じて、すぐ横を見れば早霧の顔があった。
「……ごめん」
「……私こそ」
心臓が跳ねるのを感じる。
さっきまでふざけていたのに、急に雰囲気がガラッと変わった。
それでも押し倒してしまったのは変わらないので謝ると、早霧もボソッと呟いた。
お互いの口から出た声が相手の耳に囁くような声量で、少しだけくすぐったい。
「…………」
「…………」
ヤバい、これ本当にヤバい。
ベッドの上に倒れた早霧に、俺が上から覆い被さって文字通り身体を重ねている。
夏だから薄い服の生地越しに早霧の柔らかさと温もりを感じて、キスをしている時と負けないぐらい多幸感が押し寄せてくる。
このままキスをしたら、どうなってしまうのだろうか?
「蓮司、重たい……」
「す、すまん……!」
そんな思考に包まれていると、下敷きになっていた早霧が苦しそうに呟く。
慌てて俺は起き上がり、何故かはわからないけどベッドの上で正座をしたんだ。
「…………」
「…………」
そして起き上がった早霧も一緒に正座をする。
ベッドの上で向き合って、お互いにちょっと視線を逸らして黙りながら。
……何だろう、この気まずくて恥ずかしい謎の時間は。
「さ、さっきのことだけど……」
「い、いつだ?」
「か、家族になっちゃうってやつ……」
「お、おう……!」
マジか早霧。
この場所このタイミングでその話を蒸し返すのか。
早霧はベッドの上でしおらしく座りながら、指先は横にいた羊のぬいぐるみの顔をいじっている。
その女の子らしい仕草が、俺の胸のドキドキを加速させるんだ。
「わ、私たち……まだ大人じゃないからさ……」
そこで早霧は視線を俺に向ける。
色白の頬は赤く染まっていて、それを隠すように白い羊のぬいぐるみを顔の前にかかげた。
「家族ごっこ……しよ?」
「か、家族ごっこ……?」
その羊のぬいぐるみからチラッと俺を覗く早霧がまた可愛くて。
でも早霧が言った家族ごっこという言葉の方が、俺は気になって仕方なかった。




