第175話 「「「「せーのっ!」」」」
「う、うんっ! さぎりんとレンジが仲良しさんなのはとっても良いことだけど明日のゴミ拾いに話を戻そうかっ!」
「ごめんね……」
「すまない……」
いつものノリで隙を見つけてはくっついてくる早霧との一幕を見られて何とも恥ずかしい想いをした俺たちに、ユズルは気を遣って話を戻してくれた。
自分らしさ研究会会長の器の大きさに感謝しかないし、夜は足を向けて眠れないだろう。
……ユズルの家がどこにあるかは知らないけど。
「うんうんっ! じゃあさっき広げたパンフレットを見ようかっ!」
「もう百万回は見てるぜ、ゆずるちゃん!!」
「じゃあ百万一回目だねっ!」
「任せろっ!!」
長谷川が机の上に広げられたパンフレットの一枚を両手に持ちながら大げさな数字を言って、それをユズルが阿吽の呼吸で返してテンポの良いやり取りが行われる。
やっぱりお似合いというか、息ピッタリで仲が良い二人だ。
なんていうか健全に仲が良すぎて、本当についさっき付き合い始めたばかりなのかと思ってしまう。
「あ、ねえねえ蓮司! この鳥居と長い階段って、あの神社じゃない?」
「ん? お、本当だ。横にハートのイラスト散りばめられてるし、あの神社っぽいな」
「ねー!」
そう思うのも、隣にいる早霧がぐいっと肩を寄せて一枚のパンフレットを俺に見せてきているからだった。
もう慣れに慣れて日常になってしまったけど、対面にいる初々しい健全なカップルと比べると距離が近すぎる。
早霧が見せてきた地域合同ボランティアのパンフレットには真ん中に大きな河が描いてあって、その横に長い階段と神社のイラストやゴミを拾う大人と子供のイラストが描かれていた。
ボランティア清掃にしてはかなり気合が入ってるイラストな気がする。
「そこに気づくとは、さぎりんお目が高いねっ! 実は今回は夏祭り前の清掃企画として町内会が大々的に募集してたんだよっ!」
「へー! ゆずるん詳しいね!」
「そうだな。流石自分らしさ研究会会長だ」
「そうだぜ! ゆずるちゃんはすげぇんだ! もっと褒めて良いぞ!」
「や、やめてよゴウっ!? こ、これもちゃんと活動して報告しないと……じぶけんが無くなっちゃうからだし……」
俺と早霧がユズルを褒めてそれにお通しする彼氏、長谷川。
それに顔を赤らめて首を横に振るユズルだったけど、理由はかなり切実だった。
俺たち自分らしさ研究会ことボランティア部は、表向きのボランティア活動をしなければ存続できないのである。
「でも、ゆずるんが調べてくれたんでしょ? いつもありがとね!」
「そ、そうかな……? えへ、えへへぇ……」
「……ヤバい赤堀、照れてるゆずるちゃんが死ぬほど可愛いんだが!」
「……隣にユズル本人がいるのに、机の対角から身を乗り出してコソコソ話をするには身体も声もデカすぎるぞ長谷川」
ユズルの可愛さに興奮した長谷川がズイッと乗り出してくるけどお呼びじゃない。
何故なら、俺の隣は早霧で埋まっているからだ。
「ゴ、ゴウは座って!」
「わ、わかったぜゆずるちゃん!!」
大男が引っ込んでいく。
何て言うか、長谷川がユズルの尻に敷かれる未来が容易に想像できた。
「まったくもう……。そ、それでこのゴミ拾いだけど、大規模なゴミ拾いで範囲がとても広いって町内会の会長さんが言ってたからね、二班にしようと思うんだっ!」
「二班に」
「二つに」
「俺とゆずるちゃんに」
早霧、俺、長谷川の順で呟いた。
長谷川の場合は二班というか決定事項みたいな感じだけど、付き合う付き合わないは抜きにしても自分らしさ研究会で二班になるならその組み合わせだろう。
「ふっふっふっ! 甘い、それは甘いよ……ゴウっ!」
「な、なんだってえぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」
しかし、我らが自分らしさ研究会会長的には違うらしい。
人差し指を立てて甘い甘いと指を振ると、長谷川は大げさに椅子から転げ落ちた。
打合せとか何もしてないなら、夫婦漫才もビックリなぐらい相性が良すぎる。
「ワタシたちはボランティア部である以前に自分らしさ研究会だからねっ! 常に自分らしさとは何かを考えて、時には新しい風を取り込むことで新しい発見があったりするんだよっ!」
「さ、流石だぜゆずるちゃん……!」
跪いて椅子にひじを立てて拝む長谷川は、なんていうか凶信者みたいだった。
付き合いだしたのにいつもと変わらなさすぎて、逆に怖い。言わずもがな、長谷川は普通に怖いけど。
「じゃあ私とゆずるんが一緒ってこと?」
「ちっちっちっ! それも甘いよさぎりん!」
「ま、まさか……! ゆずるちゃんと赤堀が……!? お、俺は、嫉妬で、赤堀を手にかけてしまうかもしれん……っ!!」
「怖いから本気でやめてくれ」
大男が机の縁から顔を覗かせて般若のごとく俺を睨んでいた。
なんていうかこの暴走っぷりが、じぶけんだなぁと懐かしく思ったのは夏休みの日々が濃すぎるからだろう。
……今もかなり濃いけどさ。
「そんなレンジも安心な方法があるよっ!」
そして待っていましたと言わんばかりにユズルは机の中からあるものを取り出し、机のど真ん中に叩きつけるように置いた。
「くじ引きをしようっ!」
それは、ティッシュ箱を縦にしたような、長方形で手作り感満載の箱だった。
箱の周りはカラフルな折り紙で彩られていて、そこには『じぶけん』と黒のマジックで書かれている。箱の上には小さな丸い穴が開いていて、そこからは割り箸が四つ飛び出していた。
この気合の入りっぷりを見るに、ずっと準備していたらしい。
「これは会長命令っ! くじ引きなら恨みっこなしだし、誰と一緒になるかドキドキしながらその人と新しく自分らしさについて考えられるからねっ!」
「流石ゆずるちゃん! 天才すぎるぜ……! つまりこれで俺はゆずるちゃんと同じになれば運命ってことだな!」
「わー! 面白そう! 二分の一でゆずるんと長谷川くんが一緒になれるってことだよね!」
「三分の一な」
ユズル全肯定のポジティブ大男長谷川のテンションが爆上がりし、それに賛同した早霧の間違いを俺がツッコむ。
でもかく言う俺も、実は楽しそうだと内心思っていた。
それを察したのかユズルは俺たち全員の顔を見てニンマリを笑うと、机の中心に置かれた手作りのくじ引き箱を両手で押さえた。
「じゃあ決まりだねっ! くじを作ったワタシは最後で良いから、みんな先に引いてねっ!」
「おーしっ! ユズルちゃんと一緒になってやるぜーっ!!」
「待って長谷川くん! みんなせーので引こうよ! ほら蓮司も!」
「よし任せろ」
長谷川が一番に箱から飛び出した割り箸に手を伸ばし、続いて早霧、俺と続く。
それを確認したユズルも最後に残った割り箸を手で掴むと、誰が合図したわけでもなく俺たち全員の声が重なって――。
「「「「せーのっ!」」」」
――同時に、くじを引いたんだ。




