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【書籍化決定】ねえ親友。今日もキス、しよっか?  作者: ゆめいげつ
第五章 俺はあの日のキスを思いだしたい

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第125話 『れんくんと、さっちゃん⑩』

『れんくん……死んじゃやだよぉ……!』

『あはは……これぐらいじゃ平気だよ』

『で、でも、お顔が……!』

『あはは……大丈夫だから』


 やせ我慢をしていたが、泣きたくなるぐらいに痛かった。

 それでも涙を堪えられたのは、俺の代わりに涙を流してくれる優しい幼馴染がいたからだろう。


『ごめんね、ほんとうに、ごめんね……』

『ううん、これは僕が勝手に転んじゃっただけだよ』


 大雨の中、俺はぬかるみに足を取られて砂利道に顔からダイブした。

 顔中がヒリヒリしたりズキズキしたりして、きっとあちこち擦りむいたり切ったりしているのだろう。濡れた服で拭ってみると、雨に薄まった血の色がついた。


 この時は早霧に嫌なものを見せちゃったなぁ、とか思ったっけ。


『僕の方こそごめんね……無理に走らせちゃって』

『そ、そんなことよりも……れんくんが……!』

『僕は、大丈夫だから』


 痛みに耐えながら、早霧が安心してくれるように笑顔を向ける。

 早霧の顔は雨と涙と鼻水でグシャグシャだった。それでもきっと、俺の顔よりはマシだったのだろう。


『ま、待っててねれんくん! い、今……大人の人を呼んでくるから!』

『あ、さっちゃん待っ――』


 ――ドガアアアンッ!!


『ひうっ!?』

『さっちゃん!』


 俺の言葉を遮って。

 外が一瞬青白く光ったかと思った瞬間、爆発にも似た雷の音が鳴り響く。

 それは音だけなのに、今いる木製の床がビリビリと揺れた気がした。

 その光と音に驚いた早霧はその場にしゃがみこんで丸くなってしまい、俺は立ち上がり早霧の隣へと向かう。


『外は危ないからさ……ここで一緒にいようよ』

『うぅ……れん、くん……』


 顔に広がる痛みに耐えて。

 夏祭りの会場に戻ってきた俺たちを出迎えたのは、人がいなくなってしまった神社の景色と鳴り響く雷鳴だった。

 ずぶ濡れの俺と早霧は土砂降りの大雨と間髪入れずに轟く雷から避難するため、お賽銭箱の奥にある神社の建物の中……拝殿へと逃げるように避難していたんだ。


『――ザザッ! ご案内、いたします。ただいま、とても強い大雨と雷が発生しており大変危険な状況となっております。お外におられますお客さま、及び関係者の皆さまは焦らず慎重に、神社前バス停の横にある児童館へと避難してください。気象庁の情報によりますと、この大雨は一過性のもので――ザザザッ!!』


 大雨に混じって、外にあるスピーカーからノイズ交じりの放送が流れてくる。

 運が良ければ、もっと早く戻っていれば、俺が転んでいなければ、まだここに誰かがいたかもしれない。

 だけどこの大雨と雷のせいであんなに沢山いた人たちは全員避難してしまったようで、やっぱりこれも俺が自分のことしか考えられなかった罰なのかもしれなかった。


『ごめんね……ごめんね……っ!? ゲホッ、ゲホッ!』

『さっちゃんっ!?』


 だけどその罰は、俺にだけくるべきだ。

 早霧は違うだろうが、神様。


 俺が勝手に転んで怪我をしたせいで早霧が嗚咽交じりの涙を流す。ずぶ濡れになって冷えた身体のせいで、その嗚咽は酷い咳へと悪化しだした。

 学校に通えるようになったとはいえ、まだ早霧の身体は弱い。


 俺は咳き込む早霧の背中を手で擦る。

 腕を組んだ時に感じた浴衣の滑らかさはどこかへ消えて、ずぶ濡れて重くなった浴衣越しからは早霧の震えが伝わってきた。


『さっちゃん、大丈夫……?』

『うん……ごめんね……ごめんね……』

『寒くない?』

『寒い……』


 早霧は身を丸くしてうずくまる。

 その間も大雨は神社の屋根を叩き、強い風が扉の隙間から入り込み、大きな雷が鳴り響いていた。


『さっちゃん、服……脱げる?』

『……どうして?』

『濡れた服着てると身体が冷えちゃうってさ、母さんが言ってたんだ。えっとほら、さっちゃんも調子悪くて汗かいちゃった時とか、身体拭いてもらうでしょ?』

『……うん。わ、わかった』

『わわわっ!? ぼ、僕は後ろ向いてるから!』


 体育座りのまま早霧が浴衣を脱ごうとしたので、俺は慌てて後ろを向く。

 衣擦れの音はずぶ濡れだったせいで聞こえなかったと思う。というかそれどころじゃなかった。


『れ、れんくん……脱いだよ?』

『う、うん! じゃ、じゃあちょっと待ってて!』


 振り返った時にチラリと見えてしまった早霧の白く華奢な背中を意識の外に追いやって、俺も着ていたシャツを脱いで上半身裸になった。

 雨水をたっぷり吸いこんだそのシャツを雑巾のように絞ってなるべく水気を無くし、それを後ろ手に早霧へと渡す。


『こ、これで身体! 拭いて良いよ!』

『え……でもこれ、れんくんの服じゃ……』

『ぼ、僕は大丈夫! ほら、プールとか! 男子は上脱いでても大丈夫だから!』

『私……プール、行ったことない……』

『ご、ごめん……』


 とんだ失言だった。

 早霧を安心させようとしたのに別の方向から地雷を踏んでしまった。


『れんくんとプール、行ってみたいな……』

『う、うん行こう! まだまだ夏休みはいっぱいあるしさ! 帰ったらさっちゃんのお父さんとお母さんにもお願いしようよ!』

『うん……』


 背中合わせに。

 俺は痛みを我慢しながら早霧を精一杯励ました。

 帰れば楽しいことがたくさんある。辛いのは今だけだよ。さっきの猫はお兄さんとお姉さんがいるからもう大丈夫だよね。


 ――ザアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!


 大雨の中、二人きりの神社の中で。

 俺は思いつく限りの楽しいことを、早霧に喋り続けたんだ。

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