Scene5
リアナから前もって聞いていた情報によると、レオンは僕らより3つ年上だった。極めて高い医療の専門知識や技術力を身につけるための短期留学に行っており、その期間は図書館に通っていなかったらしい。膨大な数の本を読んでいたのは、留学するために必要な知識を得るためだったそうだ。
医者の道へ行くには、大学で医学部に進むことが大前提である。だが、特例もある。それが、レオンが挑戦した中等部から高等部の期間にのみ編入可能な、医学に関する専門的知識や技術を学べる機関への留学だ。
どんなに優秀な人でも狭き門だと言われ、厳しい課題をクリアした極わずかな者しかその環境で学べない。留学期間に膨大な知識量と情報量のインプットとアウトプットが激しく行われ、処理できない者は、未来での医師としての活躍は見込めないと烙印を押されることもあるという。だが、そこで学び修了試験に合格すれば、その時点で医師免許を与えられ医師として現場で働くことが許される上に、全診療科での勤務も認めるというものだった。ハイリスクハイリターンの環境のため、希望者が年々減り、大学進学を経て医師を目指す堅実タイプが多いのが現状だ。
それでもレオンは、そんな場所を果敢にも選択し、史上最速の速さで修了したのだという。にこにこと和やかな空気を醸し出す目の前のその姿からは、到底結びつかない。そして、現場で働いているのかと思いきや、最難関と言われる私立大学の医学部に進学、在籍しているらしい。
「まだ少し学生気分でいたくてね。父の希望で留学しただけだから、僕としては働くつもりは全くないよ。留学を終えたら好きにして良いと言ったのは父だし、働くことを条件にしなかったのも父だ。とやかく言われる責任はない。でしょ?」
どの診療科で働くのも自由だ、好きにして良いという意味で、彼の父は言ったのではなかろうか。だから、わざわざ『働く』という言葉を使って念押しもしなかったのではないか。そもそもそんな高難易度の場所を修了して戻ってきたのに、大学に入学するなんて、遠回りどころかただの寄り道じゃないか。
「はははっ。アキラって考えてることがわかりやすいね。顔に出てるよ。そうだよ、寄り道してる。でもこれは意味ある寄り道なんだ」
心の中を見透かされたようなレオンの言葉にアキラは言葉が詰まった。そこまで感情は表に出さない方だと思ってたのに。
「どんな寄り道なの?」
リアナは大分レオンと打ち解けていた。アキラに話しかけるのと変わらない口調で問う。
「実は苦手な事があってね、それを大学卒業するまでに少しでも得意にしたいんだ」
「苦手なこと?」
「うん。医師として働くにも必要なスキル」
「なぞときみたいね。アキラ、分かる?」
話を振られ、考える。目の前にいる彼は、とんでもない天才だ。親のすすめで留学し、難なく修了してみせた。なのに、何が苦手だと言うのだろう。
「アキラにしてみたら、きっと、とても得意なんじゃないかな。君の家系には、僕達家族親戚一同、代々お世話になっているんだ」
なぞときは簡単だった。家系と言われれば、これしかない。
「情報収集、処理、分析とか……?」
「そう。あたり」
アキラの家系も少しばかり医療に携わっている。医療と言っても直接治療等に関わるのではなく、ネットワークや文献に散らばった医学に関する資料や情報を吟味・精査した上で製薬会社、研究所、病院等、各関係機関へと届けることに特化していた。解読されてない昔の文献の分析をすることもあれば、製薬会社から頼まれた薬品の成分について更に深く分析や解析をすることもある。
「レオンはそういったこと、苦手なの?」
確認するかのように尋ねてしまった。とても意外だったのだ。
「うん。留学中のインプットもアウトプットも、与えられたデータや資料ばかりで、自分で調べて知見を広げるというのはほぼ皆無だったから。だから、アキラの家系みたいにとことん追及し、その情報を惜しみなく世に出してくれる存在は、僕達医学界にいる人達にとって、とても有難くて神様みたいな存在なんだよ」
「ふふっ。アキラ神様だって」
やったね、と、リアナは自分の事のように嬉しそうだ。
「大学は、自分が興味ある分野をとことん追求できる。課題が課され、評価もされる。僕は、自分の力でできる能力を、学生でいられるうちに伸ばしたいし磨きたいんだ。医師になると、きっとアキラの様なエキスパートに頼ってばかりになるだろうからね」
有意義な寄り道でしょ?とレオンは微笑んだ。そう説明されると、アキラもなるほどな、と感心した。
「……ところで、進路選択はもう考えてる?」
レオンの質問に、アキラは首を縦に振った。いずれは自分の親の務めを果たすつもりではいること。そのためには医療の専門的な知識を身につけておきたいこと。レオンが在籍する大学の同じ学科に進学したいことを簡潔に伝えた。
レオンはうんうんと頷きながら聞き、
「リアナも、そこに進学するんだよね?」
と一言。
「リアナ、進学するの?」
「私、薬の調合とか心療に興味があって。それに、キャンパスライフも満喫したいし」
アキラは少々驚いた。卒業と同時に、レオンと入籍し家庭に落ち着くものだと思っていた。
「えーっと、レオン、その……いいの?」
「全然?リアナには、今まで通り、そしてこれからも、のびのびと好きな事をして欲しい」
とても優しい目でレオンは笑った。それに答えるようにリアナも微笑んだ。仲睦まじい2人を見て、アキラはまた少し安心した。
「リアナ、悪いんだけど、少しだけ席を外してもらって良いかな?アキラと2人で話したいんだ」
突然のレオンの提案に、アキラは少々戸惑った。リアナには全くそんな様子はなくて、
「そうなの?分かった。それじゃあ新しい飲み物とお菓子、お手伝いさんと用意してきても良い?」
と気を利かせてくれた。そんなに長くないでしょ?とも。
「うん。少しだけ。ありがとうね」