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Scene3

 アキラとリアナが出会ったのは、彼らがまだ初等部の頃。親同士の仲が良く、毎日のように顔を合わせては遊ぶ仲だった。遊ぶと言っても、互いに内向的な性格で、ボードゲームで遊んだり読書をしたり、学年が上がるにつれて図書館で勉強したりなど穏やかな時間の過ごし方だった。

「リアナちゃんのこと、どう思う?」

 中等部になった頃、両親に聞かれたことがある。どう思う?と聞かれても、どう答えれば良いか分からない年頃だった。

「優しくて面白くて楽しいよ。数学の教え方も分かりやすくて尊敬してる」

 思ったことをそのまま伝えた。そう伝えた時の両親の表情は、思い出せない。ただ、そっか、と言われ頭を優しく撫でられた。

「明日、縁談なんだけど、ねぇアキラ。どうしたら緊張しないかな?」

 あの問いかけから数年たって高等部に進学した年。いつもと変わらない放課後、図書館の帰り道にリアナは尋ねてきた。まるで明日の天気を訊くかのようなテンションで。突然の相談に豆鉄砲を食らったような気分だった。

「唐突すぎない?」

 思ったことがそのまま声に出た。

「ううん。前々からそういう話は出てたの。でも私にはまだそういうのはいいですって断ってたんだよね」

 それもまた知らないことだった。でも、自分の両親があの日自分に問いかけてきた意図が、今なんとなくわかったような気がする。

 いくら両親同士が仲良しとはいえ、彼女の両親は知る人ぞ知る大手製薬会社の取締役とその理事を務めている。リアナはいわば社長令嬢だ。将来を見据えた話を持ちかけられても、おかしくは無い。世間一般的に、彼女はかなり美人な方だと思う。勉学も秀でているし、引く手あまただろう。運動はからっきしで、スキップしてる姿なんて、笑いを堪えるのにいつも必死だけど。彼女に特別な感情は抱いていなかったが、寂しいなと思った。一緒にいることが当たり前になっていたし、困っていれば助けたいと思うしいつも笑顔でいてほしいとも思う。

「そっか。でも、いつも通りでいいよ。張り切るとリアナは墓穴掘りそう」

「えぇっ?答えになってないよ?私は緊張しない方法を聞いてるのに」

 ごもっともだ。質問に答えたつもりだが、確かになんのアドバイスにもなっていない。

「そうは言っても……その縁談、上手くいかなくちゃいけないの?どんな人かも分からないのに、頑張るの?」

 愛嬌良く振る舞うのは大切だろうけど、その気も無い相手に気をもたせてしまう可能性だってある。縁談話だって、これから先いくつも持ち上がるはずだ。リアナが今回初めて話題にしたということは、明日が初めての縁談なんだろうし。あぁ、そうか。だから僕は張り切るなんて言葉が口から出たのか。

「どんな人かは分かってるよ、アキラも知ってる人。ほら、シュグナルクリニック。私たちよりちょっと年上の人」

「あ。よく図書館にいたよね?」

「うん、レオンさん」

 シュグナルクリニックと聞いて知らないものはいない。先祖代々から家族全員が医療従事者で有名な家系だ。その腕も確かなもので、さらに解明されていない病気や症状の研究にも力を入れている。知名度と評判の高さは、どこの病院にも医師にも負けない存在感。

 その家系に生まれたレオンという人物は、リアナとアキラが通う図書館で一時期よく見かけていた。学習スペースの一番端の席で、いつも10冊以上の本を積み重ねては鼻歌交じりにページをめくっていた。平日放課後の学習スペースは大抵この3人で利用され、出入りする時に少し言葉を交わすことはあったけど、それ以上に会話が広がることはなかった。レオンが出入りする際に零した本を、リアナが落ちましたよ、と拾って渡す回数の方が多かったかもしれない。レオンの滞在時間はおよそ2時間。その2時間の間に10冊以上の本を抱えて出入りした回数は三~五回ほど。読んでるのかどうか不思議でアキラはいつか尋ねてみたいと思っていた。尋ねる前に、彼は突然図書館から姿を消したんだけれども。

「少し気になってたの。あの図書館で何してたのかなって。最近全く見かけなくなったのは、私たちより多分年上だから、どこかに進学して遠くに行ったのかなって」

 リアナも彼の行方が気になっていたようだ。彼女の声が弾んでいるのが分かる。好意を抱いているというよりも興味を抱いてる感じの声。

「そっか。じゃあ、緊張しちゃうとマズイね。聞きたいことも聞けなくなってしまう」

「だよね。何か良い方法ないかなあ」

 真剣に唸って考えている。相手に対して真っ直ぐで素直な所、アキラが知っているリアナの長所の一つだ。

「…………」

 きっと、明日の縁談は上手くいく。何となくそう感じてしまい、途端に寂しく切なくなってしまった。リアナの色んな一面を、きっと彼は少しずつ、ゆっくり、時間をかけて知っていくのだろう。図書館で本を零し、それを拾って渡すリアナを見る彼の目。今思えば、優しかったな。今まで全く意識してなかったのに、どうしてそんな事を今さら思い出してしまうんだろう。

「……アキラ?」

 帰路につこうとする足が完全に止まり、アキラは隣に並んで歩くリアナを見つめた。リアナはきょとんと首を傾げる。

「……僕でいいじゃない」

「……?」

 髪を撫でそのまま引き寄せてしまいそうになった手は、それを誤魔化すように彼女の肩に置いて落ち着いた。

「目の前に座っているのが僕だと思えば良いんだよ。僕と喋るのは、緊張しないでしょう?相手を野菜と思えば?っていうのはレオンさんに失礼だからさ、ね」

 とおどけて言ってみせた。きょとんとした表情のままだったが、次第に閃いたようなパッとした明るい表情に変わった。

「そっかあ!それは名案だね」

 ありがとう、アキラと礼を言う彼女の笑顔が、今日はやけに眩しい。

 リアナのこと、異性として意識したことは、本当に一度もなくて。……好き、だったのかな彼女のこと。幼い頃から一緒に過ごしてきたからか、ドキドキしたことはなかったけど、そばに居る時間はいつも心地好い。もう、この時間や笑顔を独り占めできなくなるんだなと、なんとなくだが、そんな予感もしていた。でも、リアナが幸せならそれが一番だと思った。

「アキラ、緊張して上手く話せなかったら反省会させてね」

「大丈夫。上手く話せたら、謎解きの答え合わせさせてよ。レオンさんが図書館から消えた謎」

 それいいね、と無邪気に笑うリアナを横目に、レオンさんが彼女を幸せにできる人でありますようにと願った。

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