032 矜持(ダイヤード5歳)
楽しんでいただけると幸いです。
「なるほどね」
「いや、王子殿下。状況分かってますか? そんなニヤニヤしてる場合じゃないですよ」
タランが指摘したように、ダイヤードの顔はにやけていた。
「何ていうのかな。死んだと思った人が生きてたって分かったら嬉しくならない?」
「え? いえ、今までの話でどうやったらそんな感想が出るんでしょうか?」
「気にしないでいいから」
ダイヤードは笑いながら手を振ったが、タランは首を傾げてばかりだった。
「それでさ。一瞬で移動したって言ってたけど、ただ歩いていただけだった? その前に何か変な動きとかしてなかった?」
「えーと。そうですねー。多分ですけど、前に倒れそうな感じがあったような……」
タランからするとダイヤードが何故自分の細かい行動について聞きたがるのか分からなかった。
「それだ! 【縮地】を使ったんだ! へぇー本当にできるんだ」
タランはダイヤード自身が使った技を喜んでいる理由が分からない。
「『本当にできる』? その『シュックチ』って凄いんですか?」
「【縮地】、ね。相手からしたら突然に間合いを詰められるから、直ぐに対処しにくい凄い技なんだよ」
「そ、そうなんですね。でも、強化魔法の使い手なら、あれぐらいの動きは出来るかと思うんですが……」
「分かってないなー。強化魔法を使わなくても出来るのが凄いんじゃないか! それに強化魔法を使ったら、魔法師相手には魔力の動きでバレちゃうじゃん!」
そう言って頬を膨らますダイヤードは、タランが不思議そうな目をしていたことに気付いていなかった。
「あのー。もう一度言いますが、この状況って結構不味いと思うのですが……」
タランの再三の一言でダイヤードの頭が急速に冷えた。特にオリヴィアが心配しているだろうことを思い出した。
「……それで、そこに転がってる二人が話に出てきた実行犯? 四人じゃなかったの?」
ダイヤードが下着姿の髭面の男と痩せた男を見ると、タランもつられて目をやった。
「はい。残りの二人は死んでたので、埋めてしまいました。匂いで魔物が寄って来ても困るかと思ったので…… 不味かったでしょうか?」
タランは早まっただろうかと思い、声がだんだん小さくなった。
「いや。いい判断だと思うよ。それにしても魔法の力加減って難しいんだなー」
ダイヤードの光輝への信頼度は高く、光輝がダイヤードの体でむやみに人を殺すとは思っていない。そのうえで人を殺したとなると魔法制御は相当難しいのだろうという結論に至った。
「使い慣れないうちは苦労すると聞きます。ただ、体格のいい冒険者は不運だったと思います」
「不運?」
「はい。奴だけ前に突出してましたので、王子殿下の雷魔法を集中して受けたのではないかと思います。…… 恐らくですが」
「そっか。色々練習してみないと使いこなすのは難しいんだね。それはそうと、その二人の身分証などは確保できてる?」
「は、はい。身分証や持ち物は確保しています」
タランは、小さい袋をかかげて「この中に四人分入っています」と言った。
「ありがとう。なら森から出る方法を考えようか? タランラは帰り道分かる?」
「いえ、無我夢中で走ってきたので、分かりません。申し訳ありません。ただそこの髭面の冒険者なら帰り道は分かるかもしれません」
「ああ、いいよ。タランラのおかげでこうして生きてるわけだしね。なら後で聞いてみようか。それで食料や水はどれくらいある?」
「奴らが持ってきた分は確保してます。後、俺…… 私はこ、孤児院育ちでして、よく森で狩りの真似事をしていましたので、…… えーと、贅沢をしなければ……食べ物に困ることは無いかと思います」
タランはダイヤードが粗末な食事をすることで機嫌を損ねることがないように慎重に話をする。
「ああ。それは気にしなくていいよ。いくら何でも緊急時に我儘を言わないから」
「あ、ありがとうございます。何というか…… 俺、いや、私が思っていた王族とは何と言うか雰囲気が違うのですが、皆王子殿下のようなんです、でしょうか?」
タランは、ダイヤードの受け答えから気になったことを聞いた。
「うーん。僕が特殊だと思うよ。他の王族や貴族だともっと高圧的じゃないかな。あっ、それと口調や一人称はいつも通りでいいよ。王族と接するのも慣れていないだろうし、妙に畏まるのも疲れるでしょ。無事に王城に着くまでは変なところで気を遣わないようにしよう」
ダイヤードの言葉が意外だったようで、タランは大きく口を開けている。
「フフッ。それじゃ襲撃犯の話を聞いてみようか。一応、タランラはいつでも攻撃できるように身構えておいて」
「は、はい。分かりました」
そう言うとタランは、剣をかまえたまま痩せた男の猿轡を外した。
「で、何か言いたいことはあるかい? 一応聞くけど、帰り道は分かる?」
ダイヤードの問いかけに男は口を開かない。
「…… そう。無事に帰れたとしても君の死刑は免れないだろう。ただ、家族は減刑できるように取り計らうことはできるかもしれない。どうする?」
男は目を閉じたまま何も喋らない。
「ああ。もし家族が人質に取られているなら、君をどこかに匿って、まず家族を助けることも出来るかもしれない。どうする?」
男は動かない。
「魔法局の魔法師ということは貴族かな。なら、家の存続だけは嘆願できるかもしれない。どうする?」
「我が一族はタターニア正妃陛下の派閥だ」
男は目を閉じたまま答えた。
すでに諦めているのか、ここから逆転の一手があるのか、家の没落を免れる策があるのかは、ダイヤードには分からなかった。それだけ男は無表情を貫いた。目を閉じたのは感情を悟らせないようにするためであり、貴族としての矜持なのかと推測した。
「そう。ならいいや。じゃ、次」
タランは魔法師に猿轡をかませると、髭面の冒険者の猿轡を外した。
「君はどうする?」
「た、助けて、く、くれるのか?」
「いや、助けない。苦痛のある死を一瞬の死に変えてあげるぐらいが限界だね。どうしても助かりたいなら、君の言動そして君の存在が国にとって有用であることを示して貰わないといけないかな」
そう言うと、男の目が見開いた。
ダイヤードが嘘で懐柔しないのは、王族であるからだ。そのため、ダイヤードは男から目を逸らさない。それがダイヤードの矜持だった。
「…… 王は民のために。…… 分かった。馬車まで案内するし、聞かれたことにも答える」
『王は民のために。民と共に生き、民の繁栄を願う』
これは、初代マクダーラン王が国を興したときに発した言葉だと言われており、未だに歴史劇で演じられる有名な一幕だ。
「そっか。一先ず食事にして、腹を満たそうか」
レミ「……」
ダイ「な、何かな? そんな目しないでよ」
レミ「ダード様は人が死んだのにあっけらかんとしすぎですわ」
ダイ「記憶にないんだからしょうがないでしょ」
レミ「やっぱりこの世界では死は身近にあるってことでしょうか?」
ダイ「そうだね。現代より命を奪うことへのハードルは低いよね」
レミ「でも、ダード様は現代知識を持っているのでは?」
ダイ「知識を持っているのと体験は違うよ。俺からしたら物語の世界だよ」
レミ「そうですの?」
ダイ「うん。俺の常識というか倫理観は、この世界のものだよ」




