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8話 路地裏の揉め事

8.


 『成長の書』のおかげでグエルからの評価を上げた俺は、あの後屋敷を出てスラムの路地を歩いていた。すでに時間は昼に差し掛かり、青空に浮かぶ太陽が地上を燦々と照らしている。


 それにしても、あの後は何とも痛快だった。いつもは俺を馬鹿にした目で見るグエルの手下どもが、思わぬ高評価を得た俺に見せるあの表情だ。驚きや妬み、グループ内で俺が地位を上げるのではという警戒心――。


 別にあんな奴らに認められたいと思うわけではないが、少しは俺を見る目がマシになったようでなによりである。


 幸運を運んできてくれたアリアドネへの礼というわけではないが、先ほどグエルから返された金でいつもよりマシな飯でも買って帰ろうかと、普段は行かない屋台が並ぶ通りに向かって進路を変える。


 目的地はそう離れた場所ではないが、一応スラムの外にあるちゃんとした店だ。迷宮にほど近い場所で探索終わりの冒険者を相手に商売しており、俺の好きな濃い味付けの料理が色々と並んでいる。


 普段はそんな飯めったに食わねえしな。一応、育ち盛りの子どもも家にいることだし……。


 俺は足取りも軽く露店が集まる通りへ向かって進む。香辛料が効いた、肉と野菜を煮込んだ料理でも買おうかと考えながら、何気なく道の脇から伸びる路地に視線を遣った。


 あれは……。


 俺は顔をしかめ、思わず舌打ちを鳴らす。このスラム街ではありふれた光景で、しかし俺の胸糞が悪くなるものダントツの一番。


 俺の視線の先には、複数の人影が集まっていた。よく見れば、それが対立する二つのグループであると分かる。


 片方は二人の若い男たちで、もう片方はそれより小さな人影――俺と同じか年下くらいの三人組だ。何の因果か、集まっている五人のほとんどを俺は見知っていた。


 二人の男たちは威圧感を与えるように迫って三人組を壁際へ追いやっており、なにやら横柄な態度でものを言っているらしい。俺と同じ年ごろの少年が、それに対して必死に言い募っている姿が見える。


 ああ、これはあれだ。スラムあるあるだな。俺も苦しめられた、強者による弱者の迫害。胸糞わりぃ、やるなら俺が見てないとこでやりやがれってんだ。


 せっかく気分よく歩いていたというのに、一気に興がそがれてしまった。スラムでは日常茶飯事のことであると理解はしていたが、それでも目の前で繰り広げられては不快感を覚える光景だ。迫害される立場を味わってきた人間として、なおさらであった。


 言い争いがヒートアップしてきたようで、足を止めてしまった俺の視界に、男が少年の胸倉を掴んでいる様子が映る。どちらのグループもそれぞれ武器くらい持っているだろうが、まだ一応刃物を抜くほど頭に血が上っていないのが幸いか。


 仕方がないとため息を吐いて、俺は止まっていた足を彼らのもとへと向かわせる。向こうにも分かるように、わざと足音を立てて近づいていく。


 路地に入ってきた俺に気づいた三人組と、少年に掴みかかっていない方の男がこちらに視線を向けた。意識を向けられたことを確認し、俺は口を開いた。


「――その辺で勘弁してやったらどうすか?」


「ああ? 誰だよ、邪魔すんのは!」


 少年の胸倉を掴んでいた男が突き飛ばすように手を放し、俺に反転して裏拳を振るってきた。


 ちっ、血の気の多い猿かよ。


 多少男の性格を知っていた俺は、こうなる可能性も予想していた。分かりやすい軌道で迫る拳を見て、いいことを思いついたと笑みを浮かべる。


 せっかく手に入れたスキルだ、パフォーマンスに使ってやる。


 俺は風圧を感じるほど近づいてきた拳に対し、体の側面を向けてからバク転して派手に回避すると、その勢いのまま脇にあった建物の壁を蹴って、路地を挟んだ反対の建物の屋根に着地する。


 俺の動きに唖然とする男たちを上から気分よく見下ろすと、俺は身軽に屋根を飛び降りて男たちの前に着地した。


「どうすか、上手いもんでしょ。最近手に入れたスキルがけっこう役に立つんすよ」


「て、てめえ、テセウスか? 今の動き、いったい何をしやがった? ……いや、それよりも。てめえ、こいつら庇ってグエルさんの下を抜ける気か!?」


 何とか驚きから抜け出したといった様子の男は、そう言ってこちらを鋭く睨む。もう一人の男も同じくだ。二人は俺と同じグエルさんの配下で、向こうも俺がそうであることを知っているが故の反応だった。


 だが、俺はそれを気にすることもなく、「そんなわけないじゃないすか」とおどけた仕草で肩をすくめる。


「このスラムでは、グエルさんに従うのが一番いい。そんなの俺みたいなガキにだって分かることだ」


「じゃあ、さっきのはなんだ! 俺の邪魔をして、その上わけの分からねえ動きで脅しでも掛けたつもりか?」


「だから、違うって言ってるじゃないすか。俺はただ、二人に大事な情報を伝えてあげようとしただけっすよ」


「情報だと?」


 俺は先ほどグエルもとで起こった出来事を思い出し二人に告げた。


「つい最近、手土産を持ってグエルさんの軍門へ下ったやつがいたそうっすね。そいつ、内通者ですよ」


「なに!?」


「捕まえて情報を吐かせるようすぐ指示が出ましたけど、そいつも近づいてくる不穏な気配を察して逃げるんじゃないすかね。それを阻止して捕まえた人は、きっとグエルさんから高く評価されるでしょうね」


 なにしろ、グエルの面子がかかっているのだから。俺はこれだけ言えば分かるよなと、二人に視線で語りかける。そして、その後の二人の行動は予想通りだった。


「で、でかしたぞテセウス! そいつは俺らが捕まえて、グエルさんへの土産にする! おい、行くぞ!」


「ああ!」


 男たちは先ほどまで絡んでいた少年たちを一瞥もすることなく、急いで路地を出て行った。裏切り者の向かう場所に検討でもついているのか、ずいぶんと喜び勇んだものだ。


 グエルの下についている者は、全員がその力にあやかって甘い蜜を吸おうという者たちだ。こうして美味しい話を持ちかけてやれば、足りない頭を精一杯回転させてこの場を立ち去ってくれると思っていた。


 俺は見えなくなった男たちに心からの軽蔑の思いを送り、さっさとその存在を頭から消し去る。


 そしてこの場に残った三人組たちへと、おもむろに視線を向けた。




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