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7話 グエルの時計

7.


 俺はこの屋敷の主、スラムをほぼ手中に収めるグエルのもとへ歩を進める。


 部屋の中にはスラムとは思えないきれいな家具や調度品が配置されており、各所に数人のチンピラが立っている。そして、部屋の一番奥にある書斎机にグエルは座っていた。


 顔立ちだけならスマートでやり手の商人のように見えるグエルだが、その恵まれた体格や威圧感から高い戦闘能力を、そして鋭い顔つきから抜け目のない悪意を感じ取ることができる。


 グエルは己に近づく俺を一切気負うことなく眺め、机を挟んだすぐ正面まで俺が来ると、こちらに片方の手を差し出した。片頬を上げ、顎で指図してくる。


 内心の罵倒を隠して背負った背嚢を手に取ると、俺は中から硬貨の詰まった小袋を取り出す。


「どうぞ」


 一週間分の苦労が詰まったそれを、俺はグエルの手のひらに載せて確認を促した。


 グエルは袋の口を開け、中の硬貨を手でじゃらじゃらと鳴らしながら、中身を軽く確かめる。そして満足げに口元を歪め、俺に視線を寄越した。


「中身は問題なさそうだな。相変わらず頑張ってるじゃないか」


「……おかげさまで、グエンさんのおかげっす。きっちり耳そろえて払わないと、ボコボコにされちまうんで」


 俺の軽口に、グエルは分かってるじゃないかと言いたげな笑みを見せる。


 ああ、虫唾が走るぜ。こいつにはもう何度もやられてるからな。


 俺は内心で憎悪を募らせつつ、しかしそれを決して表には出さない。このスラムで死なないために、グエルへの敵対心を持っていることだけは隠しておきたかった。


「――じゃあ、今週の分は終わったんで、俺はこれで」


 顔に憎悪の感情が出てしまわないうちに、俺は背嚢を背負いなおして頭を下げた。


 こんな男と仲良く会話する趣味もないので、さっさと『今日の目標』である『グエルの拠点で置時計を破壊する』をクリアして、ここから立ち去りたいところだ。


 俺は部屋の扉へ足を進めながら、ちらちらと周囲へ目を向けた。部屋にいるグエルや手下にバレないよう、さり気なく視線を巡らせる。そして部屋の一角で視線を止めた俺は、にやりと笑みを浮かべた。


「――グエルさん。こんなもん、前からありましたっけ?」


 廊下につながる扉の前で右を向いた俺の先で、壁際にある棚の上に置時計が鎮座している。人の顔ほどの大きさがあるそれは、多少の曇りはあるものの、良く磨かれた銀色の光沢を出す金属製だ。実用性には影響がない範囲で装飾が施されており、調度品としての価値もあるように見えた。


 先週までは見当たらなかったそれに、俺はおもむろに近づいていく。


 普段と様子の違う俺をわずかに不審がっているのか、グエルは少し低い声で言った。


「……ああ、その時計か。先日、うちに敵対しているグループから流れてきた男に贈られてな。手土産の一つだそうだ」


「へえ、贈り物すか。時計ってだけで高いもんなのに、こんだけきれいならかなり価値があるんでしょうね」


 俺は時計に顔を近づけ観察する。精巧な装飾に囲まれた文字盤では、規則正しく動く針が正確に時を刻んでいる。なんの変哲もない、ただの高価な時計のように見えた。


 ……これ壊すの、かなり勇気いるな。わざわざ自分の部屋に飾るくらいだ、グエルの野郎もかなり気に入ってんだろうし。…………ま、やると決めたからには。


 俺は高価な品に興味を持ったふりをして、その重厚な時計を持ち上げる。


「あっ、てめえテセウス! 勝手に触れんじゃねえよ!」


 背後からグエルの手下が叫ぶ。制止しようとしているのか、こちらに駆け寄ってくる足音も聞こえる。


 さて、こんな感じか……。


 そして俺は、まるでその声に驚いたかのように肩を跳ね上げて見せ、背後を振り返った。急に動いたものだから、手の中にある重たい金属の塊は自然と滑り落ち――


「――なっ!?」


 グエルかその手下たちか、いずれかが声を上げるのとほぼ同時に、大きな金属が固い地面に叩きつけられる音が響いた。続いて、接着されていた金属部品が外れ、ばらばらと床に散らばる音。


 頑丈そうだから落とした程度で壊れるか不安だったが、いらない心配だったようだ。俺はきちんと割れた時計を見て内心でほくそ笑んだ。


 やがて、時計の破片が出した不協和音は次第に収まり、しいんと静寂が過ぎる。同時に、俺の脳内では目標クリアの音声が響き――


(――『グエルの拠点で置時計を破壊する』をクリアしました。報酬として『成長の書』の機能が開放――)


 そして頭に届く声を聴き終わることなく――


「てめえ、何してやがる! この間抜けが!」


 ものすごい勢いで詰め寄ってきた手下の男に、激しく胸倉を捕まれた。強い力で壁に押し付けられ、足がわずかに宙に浮く。喉が締まって声を出しにくい中、俺はなんとか口を開いた。


「す、すんませ――」


「謝ったって無駄だろうがよ! てめえこれがいくらすると思ってんだ!」


 唾を吐き散らし恐ろしい剣幕で凄む男が、とうとう拳を振り上げる。そしてそれが振り下ろされる瞬間――


「――待て」


 グエルの静かな声が、男を制止した。


「ぐ、グエルさん? ただこいつ、グエルさんの時計を――」


「黙れ」


 困惑する男を一蹴し、グエルはゆったりとした足取りでこちらへ近づいてくる。そして散らばる時計のもとで腰を落とすと、表面がつるりとした黒色の球体を手に取る。


 グエルは不快気に顔を歪め、口を開いた。


「こいつは、録音の魔道具だな。この部屋で行われた会話を記録し、後から確認することができる」


「なっ!?」


 手下たちが一斉に驚きの声を上げた。ついでに、喉を絞められ声が出ない俺も内心で驚いている。なるほど、こういうことになるのかと。


 グエルは拾った球体に力を込めてばらばらに砕いてしまうと、手を振って欠片を振り払う。そして机に戻りながら、手下どもに指示を出す。


「お前たち、散らばったゴミの掃除だ。それと、時計を送ってきた新入りを痛め付けて情報を絞っておけ。――最後の引導は俺が渡すから、殺すなよ」


「了解です!」


 鶴の一声で手下たちはきびきびと動き始め、俺を拘束していた男も手を放して働き出した。


 俺は咳き込みながら、痛む喉を手でさする。


 ……しかし『成長の書』、これはいよいよ凄まじい魔導書だ。まさかこれだけ都合がいい結果になるなんてな。後で目標クリアの報酬も見とかねえと。


 最高にいい結果になってほくほくしていると、再び書斎机に戻ったグエルから声を掛けられる。


「テセウス、今回はお手柄だな。隠された魔道具のことを知っていたのか?」


 珍しく感心したような声に、俺はこれまた都合がいいと話を合わせる。


「まあ、そうっすね。その新入りが怪しいって情報は掴んでたんで。もし時計に何も仕込まれてなかった時のために、一芝居打たせてもらいました」


「ふ、抜け目のないガキだな」


 グエルはわずかに口角を上げると、少し考えるように目を伏せ、その後手に取った何かを俺に放る。飛んできたそれをキャッチした俺は、驚いて軽く目を開いた。


「これ、さっき俺が渡した金じゃないすか。いいんすか?」


「ああ。お前も昔より成長して、だいぶマシなガキになってきたしな。これからの期待も込めてだ」


「そういうことなら、遠慮なく」


 まさかあの金の亡者が、随分と太っ腹なことだな。


 俺は想像より自分が高く買われていたことに驚き、そして俺の嘘を疑おうともしないグエルに笑い出しそうになる。いつも大物ぶっているわりにお笑い種である。


 受け取った袋を背嚢にしまうと、俺は本当に笑い出してしまわないうちに頭を下げ、グエルの前を後にする。『今日の目標』の報酬に加えて思わぬ拾い物をした気分で、最高に愉快だった。


 ――ああ、いつかグエルの下を離れるまでは、せいぜい従順なふりをしておいてやろう。だからそれまでは――馬鹿みたいに、俺に騙されていてくれ。




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