表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者の幼馴染の負けヒロインに転生したはずですが、いつまでたってもPTから抜けられません!

作者: 白浜




 突然だけど、私は今とても困っている。


 何に困っているかと言えば、”本来”ならとっくに私を置いて旅に出るはずの幼馴染が、一向にその手を離してくれないからだ。

 これがただの幼馴染ならいい。普通の旅だったら私だって構わなかった。でも、この幼馴染は勇者様で、彼らの旅は世界を救う旅だ。序盤で退場するつなぎの負けヒロインでしかない幼馴染の私には荷が重すぎる。何度もそう言っているのに、幼馴染は太陽のような笑顔で全部吹き飛ばしてしまうのだ。



 私と幼馴染──ソルは、はじまりの村サンシードに生まれた。本当に小さな村で、家が隣同士で同い年だった私たちは、生まれたときからずっと一緒だった。

 このまま大人になってソルと結婚するんだと疑いもしなかった私に転機が訪れたのは5歳になった冬のこと。高熱を出して寝込んだ私は、自分が元は別の世界の人間で、この世界は生前に遊んだRPG「太陽勇者」の世界だということを知った。

 そして、勇者の幼馴染で、その性能から序盤の街でパーティーを脱退すること間違いなしの負けヒロイン「ルーナ」が、私自身であることに気付いてしまった。


 「太陽勇者」は古いゲームで、目覚めた魔王を倒すために選ばれた勇者ソルが、仲間たちと共に世界を救うという王道なストーリーのロールプレイングゲームだ。一番最初にたどり着く大きな街でのクエストをクリアすると幌付きの馬車を手に入れることができて、この馬車に乗れる5人をパーティーメンバーとして連れ歩くことになる。ちなみに、キャラクターは勇者を抜いて9人。パーティーメンバーにならないキャラクターは一番近い街で待機という形になる。

 ルーナは薬草師で、アイテムを使用すると効果量がアップするという特性があり、回復手段のない序盤では重宝される。しかし、馬車を手に入れるクエストで仲間に加わるヒロイン「フレア」が回復魔法の使い手であるため、大体一番最初の街でパーティーから抜けることが多い。そのせいで”負けヒロイン”などと不名誉な称号をつけられているわけだ。


 そんなことを思い出した私は、ソルと旅をするために己を磨く──ことはなかった。正確に言えば、ソルとの仲を深めたり、旅に必要なスキルを磨いたりすることはしなかった。パーティーをクビになった後の身の振り方だけを考えていた。

 元々薬草師の祖母の家で育てられた私は徹底した薬草の知識と見分け方、育て方、調薬の仕方を学び、村を出て薬師として働くという方針だけ定めて、来る旅立ちに備えることにした。


「ルーナ!薬草ばっかり見てないでオレとも遊んでくれ!」

「ソルの遊びはわたしには危なすぎるよ…ほら、また怪我してる。見せて」

「こんなのかすり傷だよ。それより、どんなことだったらオレと遊んでくれるんだ?ルーナに勇者役をあげてもいいぞ!」

「勇者はソルでしょ。んー、薬草当てごっこならできるけど」

「じゃあそれをしよう!行こうルーナ!」

「こらっ!まだ手当が終わってないでしょ!」


 小さな太陽と言っても過言ではないほどに明るく元気でエネルギッシュなソルは、この村では珍しい金色の髪と青い瞳をキラキラさせて私の手を引いて遊び回った。この頃からとんでもない身体能力があり、さすが未来の勇者様だと思ったけど、その分傷をいっぱいつくるものだから、私の薬師としての腕はソルによって必然的に育てられていった。


 この世界がゲームの設定と同じであるということ以外、私にわかることはなかった。ルーナとして生まれ変わる前のことももう朧気だし、ストーリー序盤のクエストには覚えがあっても、そこから先のことはほとんど覚えていない。

 ただ「いつかソルとは別れることになる」ということだけは強く記憶に残っていたので、いつか来る別れのために、できるだけ入れ込まないようにしようと思っていた。


 それは、ソルが勇者として選ばれ、旅に同行してくれと頼まれて村を出てからも変わらなかったのだけど………



「嫌だ。ルーナのいない旅なんて考えられない」

「そんなワガママ言わないで。私じゃもうみんなの足を引っ張るだけよ」

「そんなことない!ルーナの作る薬でいつも助けられてるし、ルーナの知識があったからオレらはここまで大した怪我もしないで進んでこれたんだ」

「怪我をしなかったのはソルやみんなが強いからよ。そうでしょ?」


 現在、私たち勇者一行はゲーム内で言うところの終盤の街に差し掛かっていた。

 ここはもう魔王のすみかのすぐそばで、この先には小さな村はあれど、物資を補充したりできる場所はない。だから、パーティー編成を見直すなら今しかなかった。

 ……そう。なんと、序盤でパーティーから外される予定だった私は、なぜかこんな終盤まで旅に参加していた。それはなぜかと言えば、パーティーの中心たる勇者ソルが私の手を握って離さなかったからだ。

 今も、剣だこのできた大きな両手でぎゅっとわたしの手を握って来るソルに困り果ててあたりへ視線を向けると、なんともいえないまなざしの仲間たちと目が合う。


「そりゃまあ、できるだけ怪我をしないように立ち回ってるからな。それができんのは強くなった証拠かもしんねぇけど」


 短く刈り上げた黒髪をガシガシと掻く大柄な男は戦士のロック。彼は頑強なるドラゴニアの血を引いており、このパーティーの壁役を引き受けてくれている。ロックは身体強化と守護の魔法が得意で、ただでさえ固い守りを強化し攻撃を一手に引き受けることで、他の仲間たちへの被弾を防いでくれている。


「実際、回復にリソース割くより怪我をしないようにしながら攻撃に徹する方が効率は良いからね。こいつらみたいな脳筋が考えなしに前線へ突っ込んで行かないためのブレーキになってるのは確かでしょ」


 続けて口を開いたのはローブを身に纏った小柄な女性。手遊びのようにペンデュラムを揺らす彼女は魔法士のイルシー。魔法が得意なエルフの生まれで、攻撃魔法と幻影魔法に優れている。高火力で敵を殲滅したり、幻影を見せて同士討ちをさせたり、戦略を練ることで被害を最小限に抑える、このパーティーの参謀のような存在だ。


「ぼ、僕もソルさんの意見に賛成です。戦闘もですが、ルーナさんのおかげで野宿でもおいしいご飯が食べられますし……なにより、ソルさんの機嫌が良いので……」


 おずおずと手を挙げたウサギのような耳を持つ青年はヒュドール。獣人族の生まれで、出会った当初は盗賊団の下っ端だった。病気の妹を人質に取られて従わざるをえなかった彼は、ソルと出会ったことで改心……というか、私とイルシーを攫おうとした盗賊団をソルが壊滅させてしまったので、行き場がなくなり、付いてくることになった。ちなみに妹さんは教会に預けられ、私の処方した薬で快復へ向かっているらしい。


 仲間たちの言葉を一通り聞いたソルは満足げに頷いて「ほらな?」と私の手を引いた。握られたままだった上に、すっかり大きく育ったソルに抗えるほどの力のない私は簡単にその胸に引き寄せられてしまう。


「ちょっと、ソル!」

「みんな、ルーナが居てくれて助かってるんだよ。それに、ここまで来てパーティーを抜けられても困る。オレたちに付いて来れるヤツなんてもう居ないだろうし」

「…………」


 な!と強く肩を抱きキラキラの笑顔で覗き込まれて、思わず言葉に詰まってしまう。

 確かに私の代わりに人を入れる場合、別の街に残して来た仲間をこの街へ呼び寄せるか私たちが戻るしかないだろう。それに、ほとんどの道程をこのパーティーで踏破して来たため、パーティーとしての練度も変わってしまう。

 それを考えれば私がついて行くのは理に適っているけど…いやいやここで負けたらダメだと仲間たちの方へ視線を向ける。

 しかし視線の先でロックはうんうんと頷いているし、イルシーはニヤニヤ笑っているし、ヒュドールは顔を赤らめて横を向いている。どうやら私の味方はいないらしい。ため息をついてソルを見上げた。


「……足手まといになっても知らないわよ」

「大丈夫。ルーナのことを足手まといなんて思ったことはないよ」

「それでも、私は自分で戦う力はないし…。もしものときは私のことは置いて……」

「絶対に置いて行かない」

「ソル」

「一緒に行こう、ルーナ。絶対に守るからオレから離れないで」


 嘘偽りのない真剣な青い瞳に貫かれてしまったら、もう私は頷くことしかできず、大喜びしたソルに力いっぱい抱きしめられるのだった。



 ──結果として、魔王討伐はあっけなく成し遂げられた。


 なんというか、とにかくソルが強かった。もちろん、彼をサポートするパーティーメンバーの連携あってこそのものではあったけど、魔法と剣を駆使して戦うソルは少しの隙もなかった。

 魔王にたどり着くまでの戦闘をイルシーの幻影魔法やヒュドールの隠密スキルで最低限に済ませることができたのも大きかったし、ロックが攻撃を引き受けてくれたおかげで回復を彼一人に集中することになったのも良かったのだと思う。

 勇者ソルはそれらのサポートを受け、最大限の力を発揮して見せた。その名の通り太陽のごとく、圧倒的な力で魔王を焼き尽くした。


 そうして、私たちの世界を救う旅は終わりを告げたのだった。



***



「……ほーんと、バカよねえ」

「まったく。見てるこっちの方が辛かったぜ」

「あんなに愛されていてよく気づかないですよね、ルーナさん……」


 魔王の討伐を終え、最寄りの街へ戻ってきた勇者一行は、各地から街へ集まったかつての仲間たちや街の人々から熱狂的な歓迎を受けていた。

 その中心に居る勇者、そして彼が片時も離さない幼馴染の少女を眺めて魔王討伐の功労者たちは呆れた表情を浮かべる。


「昔っから”ああ”だったらしいし、他に比較するような男も勇者サマが全部追い払ってたみたいだから、ルーナにとってはあれが当たり前になってんでしょ」

「おっかねぇよなホント。俺なんて初めて会ったときからどんだけ牽制されたことか。今だってルーナちゃんと二人きりにさせてもらえないんだぜ」

「ぼ、僕も…ルーナさんのおかげで妹の病気が治ったので、そのお礼をしたかったんですけど…ずっと横にソルさんが居て怖かったです」

「特にひどかったのはフレアが追いかけて来たときだったかしら。あの子だってソルの役に立ちたいだけだったのに、『オレを心から癒せるのはルーナだけだ』とか言って追っ払っちゃってさ」

「まあ、フレアちゃんは悪い子じゃねえけどあからさまにソルに気があったし、パーティーに入りたいって話のときにルーナちゃんより自分の方が役に立つって言い方しちまったのが悪かったよな」

「ソルさん、ルーナさんが悪く言われるとすっごく怒りますもんね……」

「それなのに肝心のルーナ本人がソルから離れようとしてるんだから面倒くさいのよね」


 今だって、とイルシーの見る先では人々に囲まれたソルから離れようとして捕まり、抱き上げられてどこかへ連れて行かれるルーナの姿があった。


「……あれ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。なんてったって勇者サマ、自分の気持ちに気付いてないっぽいし」

「あんだけしといて”大事な幼馴染”の範疇だと思ってるらしいぜ」

「嘘でしょう?!」


 素っ頓狂な声を上げるヒュドールに、ルーナに並んでパーティ最古参のロックとイルシーは肩をすくめて見せた。



***



「ちょ、ちょっとソル!離してったら!」

「ヤダ。離したらルーナはどっか行っちゃうだろ」

「だってみんなは勇者のソルと話したいのよ。私は一足先に宿に戻っていようと思っただけで…」

「オレはルーナと話したい」


 私を抱え上げたソルは、まだ話しかけたそうな街の人々を置いてズンズンと歩いてゆく。人の多い場所を避けて到着したのは街外れの花畑だった。丸木を横に置いただけのベンチにそのまま腰かけたため、私はソルの膝の上に座る形になってしまった。


「ソル!」

「やっと魔王を倒してゆっくりできるのに、ルーナとの時間を邪魔されたくない」

「もう……。みんな、ソルに感謝しているのよ」


 私の肩に顔を埋めてぎゅうぎゅうとしがみつくさまは昔から変わらない。どんなに大きくなっても、どんなにかっこよくなっても、私の知る小さな太陽だ。それがなんだか無性に嬉しくて、長旅でパサついた金の髪を労わるように撫でてやる。すると、腰に回された腕の力がぐっと強くなった。


「……魔王を倒せたのはオレ一人の力じゃない。ルーナやみんなが居てくれたからだ」

「それは…そうかもしれないけど」

「ルーナはいつも自分のことを卑下するけど、オレもみんなも、ルーナが足手まといだって思ったことはないよ」


 顔を上げたソルは頭を撫でていた私の手を取り、頬に摺り寄せる。引き締まった男の肌にどきりと心臓が跳ねるけど、こちらを見る青い瞳から視線を逸らすことができない。


「一生懸命で、努力家で、頑張り屋さんのルーナに、誰よりも一番そばに居て欲しい」


 ざわざわと大きくざわめくのは私の心か、それとも花畑を吹き抜ける風の音か。そんなこともわからなくなるほど、ソルで頭がいっぱいになった私に、目の前の本人が太陽のように輝く顔で笑いかけた。


「だってオレたち、幼馴染だろ!」



 ……その後、勇者とその幼馴染は二人揃って仲間たちのもとへ帰還した。

 珍しく拗ねた顔の幼馴染と、しょげた犬のような顔をした勇者の様子に仲間たちは一瞬顔を見合わせたものの、勇者の手がしっかりと幼馴染の手を握って離さないのが見えたので、呆れてため息をつくのだった。




end. 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ