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最終局面で転生した勇者 社長室に呼び出され絶体絶命

作者: 塩谷 文庫歌

 オレは今現在、かなりブラックな中小企業の無駄に立派な社長室で、誰より頭のイカれた社長サンがブン投げてきた無理無体な仕事を「ミスった」と言いがかりをつけられて、給料カット寸前という絶体絶命なのだが。


 この激務に加えて金銭面まで追い詰められる寸前の状況下で、脳裏に黄泉還って(フラッシュバックして)きたのは、辛かった仕事の数々……などという生易しいものではなかった。


 臨死体験だ。



「しまった。さすがにこれは……予想外だったな」



 勇者として異世界で魔王の軍勢と対峙していたオレ自身の前世の記憶の数々と、扉一枚を挟むところまで魔王を追い詰めた死闘の結末、一度目の最期の瞬間だ。


 ヨレヨレのスーツ姿で、ウッカリ召喚した両手剣を握っている。


 だからなのだろう、一騎当千の伝説剣カラドボルグを渾身(こんしん)の力を込めて握り締め噴き出す七色の光刃を精神力で抑え込むことに精一杯となった。



「そん…… 「 黙 っ て ろ !! 」



 ここが社員を扱き使って搾取(さくしゅ)し買い込んだ御自慢のコレクションというガラクタだらけの社長室でなければ山一つ薙ぎ払うほど長大なリーチを開放してしまっても一向に構わないのだ、そのほうが楽チンだし。

 しかし無価値なゴミ同然でも社畜の皆にとっては努力の結晶でもあるし、オレが勝手に灰燼(かいじん)と化して良いものとも思えない。


 直前「給料なんて払うか!」と言い放った社長の汚いツラに気持ちが溢れた途端最悪のタイミングでこうなったことを考慮してもらい……多数決を取ってから?


 それにしても。


 怒られて……両手剣。


 社会人失格だ。

 とてもじゃないが大人の対応とは言えない。


 異世界モノだとしても、この安直さは、どうだ。

 異世界転生の逆バージョン?

 最近はもっとずっとヒネリの効いた設定が多い。

 ありきたりすぎる。

 かなり中途半端にテンプレートをなぞる展開だ。

 内心、舌打ちした。



「チィッ、糞ッタレがァ!」



 否、明確に舌打ちしていた。以前の記憶とゴチャ混ぜになって行動に反映され、荒くれ者っぽく応接机を蹴り上げていた。


 そんな豹変(ひょうへん)すぎるこちらの態度に(すく)みあがって、カラドボルグを一振りすれば粉微塵(こなみじん)に社長室ごと吹っ飛ぶ運命にある社長サンは、先程までの口角泡(こうかくあわ)を飛ばす一方的すぎる威勢の良い叱責を一時中断。



 この隙に最善策を考えるんだ。


 カラドボルグの撒き散らす破壊は日本在住で振るうには危険すぎるし短気は良くないと両親にも常々言われてきた……あれはオレの両親か?

 なんにせよ日本国憲法に照らして考えれば捕まって裁判沙汰になる、そうなれば口下手なオレは獄中生活で一生を終えるだろう。

 裁判所と一緒くたに刑務所を斬ってしまえば容易に脱獄できる、それだけの威力がこれにはあるという考えがチラリと頭の片隅をよぎるが、さすがに前職が勇者で侵攻してくる魔王の軍勢を制圧し安寧秩序を取り戻すのが業務内容だった身の上、ここで赤ん坊から育て上げ立派にはならなかったが打たれ強さに定評のある社会人として巣立たせてくれた両親(?)にも申し訳が立たないし、それは避けたい。


 2周目獄中エンドとして3度目があるのか?

 そんな保障はどこにもない、あったとしても「しくじり勇者』と「サラリーマンからお尋ね者』という振り幅の大きさでは『人生の落伍者』という共通項しかない現状、最良の選択肢は皆目見当がつかない。



 これから進むべき方向は?


 「()便()()()()」……だな。


 よぉしよし、落ち着けよ。



 この人生、「しがないサラリーマン」に起動修正ッ!



 社長サンは腰を抜かし小便を垂れ流しながら1ミリでも距離を取ろう後退(あとずさ)ろうと両足を掻いているが、尻で床の拭き掃除を始めたようにも見える。


 悲惨な様子に嘆息し、落ち着かせようと静かに語り掛けた。



「あの、社長……これは違くってですね? 少々手違いがあり魔界最深部で四天王最後の一人と戦闘しトドメもシッカリ刺したのですが、奴がイタチの最後っ屁で、異次元に引きずり込む魔法を残していったんです。で……色々あって今この状況。ここまでわかりますか?」



 ダメだな……わかっていない人の顔だ。

 帰郷する方法もわからないし、あれから28年過ぎた。

 戦力の大半を失った魔王の軍勢は人類に対抗できない。


 オレにできること……それは、なんだ?



 そうか~ッ!!



「こんな無駄な説教を垂れ流していても解決しないでしょう、来月不渡りが出るかどうかの瀬戸際なんですから。オレもこの会社に骨を埋める覚悟で粉骨砕身(ふんこつさいしん)頑張りますので、社長は弊社を滅亡の危機から救ってください



 3度、首肯した。

 それでいいんだ。


 とりあえず物騒なこの両手剣はしまっておこう。

 たしかこんな感じで2度振ってから、こうだッ!



「あれ……れ、れ?」



 片手剣と盾のセットが幻想的に天井付近から降りてきた?



「あれ……最終決戦に備えて残しておいた剣」



 穴が開いている。空間そのものに奇妙な空洞がポッカリ開いて、つい数分前この脳味噌に逆流してきた転生前の記憶、【魔界最深部の風景】が蜃気楼(しんきろう)の如く見える。

 このまま直帰してブッスリ魔王を刺し殺してから何気無く職場に戻っても社会人として問題無いならそうするが。



 まずは、そう。

 社長に確認か。



「ああぁあッ!」



 駆け寄ったが手遅れだった。

 社長、ショックで心肺停止?


 回復手段か……まいったな。


 そうか!


 オレはこの世界に来てから手にした【治癒の召喚魔法】を行使するため、特殊な金属片を内ポケットから取り出し指先でスラスラ手慣れた方術(ほうじゅつ)を講じる。効果こそ即時性に乏しいものだが応答だけは、と…これほど早い? もう来た!



「はい! 119番、消防署です。火事ですか救急ですか?」

「はじめてお電話いたします、救急宜しくお願いいたします」


「住所はどちらになりますか?」

「港町3の6、港ビル2階です」


「詳しい状況を教えてください」

「社長室で社長が倒れて意識不明。呼吸、脈拍もありません」


「会社ですね? すぐにそちらへ向かうように、手配します」



 これでよし、と。


 金属片に浮かびあがった印に触れて「ピ」と耳慣れた音と共に方術を結び終え、後は召喚者に応じて治癒の資格を持つ者が訪れるのを待つだけの時間だ。


 緊急だが……そこまで早くはないだろう。


 じゃあこの隙に魔界最深部へ向かおう。往時のような人間離れした身体能力など今はないので応接机に椅子を積んで2mほど高さを稼ぐしかない。

 とにかく手早く済ませて戻る必要がある、ガタンゴトゴトンと盛大な音が響くが構っている余裕などない、とにかくスピードが命だ。



「あっれ~?」



 女の声?

 迂 闊 だ っ た ―― ッ!!


 ここは女性社員が頻繁に通る、給湯室への通路に近い。

 錆び付いたように動きにくい首を、ギギギーィと回す。


 なぁんだ、直属の部下か、良かった。



「オマエかよ、ビックリしたぞ」

「先輩、なにしてるんですか?」


「良い所に来た、手伝ってくれ」



 ショトカで明るくハキハキ元気。

 愛らしい見た目で、素直な性格。

 周囲を気遣う、ムードメーカー。

 恋愛感情があると告白された、後輩だ。

 残念なことに、こちとら無関心だった。



 オレは意外性……「()()()()()()」を異性に求めている。

 至って普通、キャラが弱い。

 ちっとも興味が持てず、無碍(むげ)に断った。


 お粗末ブラック企業から逃げ出さず在籍し続け有象無象(うぞうむぞう)頓珍漢(とんちんかん)益体(やくたい)も無い職務を淡々とこなしている。その熱心さに常々助けられてきたし感謝もしてきた。今度も「応接机に椅子を積む作業」と即座に理解、手近な椅子を抱え上げた。



 小柄で、細身で、その細腕で? 応接ソファーを高々と?!


 思っていたより腕力あるんだ? ……意外だ。


 そして……発見してしまった……





「 社 長 、 死 ん で る 」



「落ち着け」

「だって!」


「それは早計と言うものだ」

「でも、これ、動きません」


「救急車は手配済、運次第で蘇生する」

「これ……そうなんだ」


「オレはあそこに行く」

「あそこに……あの天井の穴の奥に?」


「やり残した仕事がある、直帰して明日から出社予定だ」

「そうですか、でも!」



 でもも案山子(かかし)もない、そうだ、ここにはAEDどころかカカシすら用意がない。死亡寸前か死亡かも曖昧な社長を救急隊員に引き渡すまで社長室に突っ立ってろ、前代未聞の「カカシ担当」に大抜擢という指示、異論・反論・大いに結構。


 死体遺棄現場に放置すると宣言した。

 さすがに絶句している、当然だろう。



「行ってどうするんですか? 戦力を8割以上失い魔王の軍勢は瓦解して人間共に滅ぼされ、魔王も4年後には討ち果たされました。魔界最深部に先輩のやり残した仕事なんてありませんよ」



 あぁ、そうなの?


 無茶苦茶な会社でオレのサポートを日々こなしているだけあって情報処理能力が凄まじい。椅子の背もたれに隠れて表情こそ見えないが常日頃と変わらぬ冷静さで天井付近の虚空にポッカリと口を開けた向こうの状況を淡々とした口調で語った。丸々1年手塩にかけて育て上げてきた甲斐があった、さすがだ。


 ちょっと待てよ?



 いくらなんでも事情に――――



「事情に明るすぎやしないかとお疑いですね。4年後に倒された魔王が勇者と同じ世界に転生した可能性は考えませんでしたか。それとも前世で魔王をしていた私に突き刺さった魔剣、それは失っていた記憶と共に取り戻したもの……とか?」


「随分とまぁ具体的な指摘だなッ!」



 後輩は折畳式会議テーブルの長細い天板に無造作にゴロリと置いてあった伝説剣カラドボルグを、社長サンの上に「よぉい……しょっと!」と気の抜けた掛け声とともに危ない角度で設置してから、応接セットのソファーを持ち上げて、無慈悲に「ドガッ!」と振り下ろした。


 迷いのない流れるような動き。

 口の端を歪め満足そうな微笑。



 人 殺 し を し た ?



 救急隊員が駆け付ければ、助かる見込みはあった。

 タイルカーペットを赤黒く染めていく大量の液体。

 人間、一人分……もうダメになった。



「なんで、こんなことをする必要が」

「みんなに好かれる従順な後輩が?」



 ニタリと、(ワラ)った。

 この妖しい微笑。


 ()()()()()()()()()()()と言った?



「虎視眈々と狙ってきた千載一遇の機会、逃すもんですか」

「ずっと、オレを狙っていたのか!」



 破壊力ではトドメを刺せない。魔王には「魔剣が効く」と山奥に隠れ住む賢者に聞いて手に入れた片手剣も転送されてきていた。隙を見て手に取ろうと視線を奔らせていく!


 気付くとその先に後輩が立っていて、サッと掴むと穴を目掛けて「ポイッ!」と放り込んでしまったので、あっさり対抗手段はなくなった。


 小柄で丸顔、清潔感があり明るくて従順な後輩とオレの目には映っていた。迂闊だった……冷ややかな瞳、丁寧だが冷酷非情な口調、今なら解る、見立て違いだ、中身はまるっきり以前の魔王そのもの。



「指紋でベッタベタの両手剣を転送する能力を失っているように見受けられます。それすら使うための手順を覚えただけで私の能力に完全依存していましたからね。私の証言なくして助かる見込みは絶望的に低くなりましたよ」



 えっ……能力に完全依存?

 そういう関係だったのか。

 いまいち記憶、曖昧。



「覚えてないんですね?」

「あ、はい。すみません」


「来世こそ連れ添おう。二世の契りを、忘れちゃった」

「それはちょっと微妙に二世を誓うの意味違うかな?」


「同じことですよ」



 罪悪感、物凄い。

 でも、それは前世の話だろ?



「 は、 犯 人 は オ マ エ だ ッ !」


「その状況証拠と矛盾する理屈が、ここ日本で通用するのなら、そうでしょうね。両手剣を扱ったり、応接セットのソファーを持ち上げる、そんな芸当こんな細腕でできる若い人間の女性がいれば、そうなります」



 残酷非道な魔王でも今は人間、転生先の勇者を追い掛け回して殺害するために、人ひとり殺しておいて平然としている。


 こんな人非人(にんぴにん)、後輩でも人間でもないが、素直に「ハイハイ」言うことを聞いて甲斐甲斐しく働く姿しか見てこなかった。


 少々、そのギャップに戸惑う。



 少しぐらい我儘(ワガママ)を聞いてあげても良いかもしれない。



 そもそも死因わかんないんだ。

 不摂生とか持病かもしれない。

 それが今このタイミングで発症、突然死ってのはどう?


 見た目は司法解剖するまでもなく「()()()()」だけど。


 幸いにも文句を言いそうな社長サンは応接セットの下、普段こちらが無理難題に困って投げ込む先だったカワイイ後輩なんだから、まぁあくまで要求を聞くぐらいしてあげたってバチは当たらないだろう。


 逆に、そう。


 社長はバチが当たった、そう解釈してみるのはどうだ?


 日頃の行いが悪かったし、有能な社員であるオレの給料減額しようとしたから、伝説の両手剣が異世界より転送されてきた。その攻撃力をよく知らなかった後輩は社長の上に置いてみた。偶然ソファーを持ち上げたらウッカリ両手が滑って落下、運悪く真っ二つになった……という流れなら、これは無理なく筋が通った?



 ちょっと説得力は足りないだろう。


 オ レ が 納 得 す る に は 十 分 。


 ぃ よぉおし!



「聞くだけは聞いてやる……なにが望みだッ!!」

「望み、私の望み」



 魔王は【召喚魔法】を行使するため、特殊な金属片を内ポケットから取り出し、幻想的に映し出されたアラビア数字を、こちらに見せながら押していく。



(ピッ!)』→「社内恋愛でコソコソしてたかも?」

     「へ?」


(ピッ!)』→「事故現場に偶然出くわしたかも?」

     「結構一途なタイプだったのかな?」


(ポ!)』→「口裏を合わせてあげてもいいよ?」

     「わかったわかった、検討させて!」


『 はい、警察です 』



 背中を汗が滝のように流れ落ちた。

 もう接続された、応答が凄い早い!



『 もしもしー? もしもーぉし? 』



 この距離で、相手がなにを言っているのか聞こえる。

 マ ズ イ ―― !!



「一旦それ切って、二人で話そ?」


「もうショックで出社できないよ」

「なにをカマトトぶってんだ?!」


「うちの父親ね、会社やってるの」

「は?」


「人手不足で困ってるのよ?」



 パチン!と指を鳴らした。

 天井から一枚の書類が幻想的に降りてきた。


 オレの履歴書だ。

 志望動機は結婚……誰と?


 あ、そういうことですか!



「後継者になれるよう頑張ります」

「今度こそ頑張ってよ? 勇者様」



 ()()()()にある応接ソファーに腰を下ろして、ニタリと(ワラ)ってからスマホを耳にあてると、涙声で嘘八百をスラスラと並べ始めた魔王を茫然自失で見詰めながら、『バッチリ好みのタイプじゃん!』と思った。


 後日、司法解剖された社長は、持病で偶然死んだだけと判明。

 オレは新しい職場で心機一転、社長令嬢と共に奮闘している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読させて頂きました。 なかなかにシュール、そしてキャラが確立されて良い感じ。 [一言] 始めまして、さば・です。 この短編に挿絵を着けたら・・・ もっと読んでくれるかも? つきまして…
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