そんな結末に至るとは
何を言われたのか理解不能だ。
今なんて言った? 俺の耳が壊れていないのであれば、吉ケ崎は俺の事を。
いやいや、きっと聞き間違いだ。絶対にあり得ない。そんなラブコメみたいな展開なんて、現実にある訳が無いのだから。
でだ、吉ケ崎を見るとまさかの顔が真っ赤だ。
「あの。会長?」
「その呼び方は嫌い」
「いやだって、会長は会長で」
「名前で呼ぶ時もあるのに、役職名で呼ばれて嬉しい訳がない」
俺にどうしろと?
「角屋君。私、角屋君が副会長に選ばれた時、凄く嬉しかったの。これから一年間しかないけど、互いに頑張って学校を盛り上げて行ける、それに傍にいてくれると思ったら、顔が壊れそうになる程嬉しかったの」
そんなカミングアウト要らないんだけど。
「だから誤解してると分かった時、凄く悔しかった。私の真意が伝わって無い。伝える為の努力もしてなかったって。だから、誤解を解きたかった」
「それで呼び止めたと?」
「そう。でも聞き入れてくれなかった。凄く悲しかった」
だがしかし、吉ケ崎が俺に惚れる理由なんて、皆目見当も付かない。
「なんで俺?」
「角屋君。学年二位を卑下してるけど、いつも必ずそこに居る。それこそぴったり付き従うように居てくれる。絶対にそこから落ちない。その為に必要な事をしている証拠。だから、そんな角屋君だから私は好きなの」
マジか?
俺は俺の為に勉強してただけだ。一位を取れる程には出来は良くない。けれど二位を死守するなら何とかなると思っていた。
だがしかし、その言い方だと俺がストーカーみたいだな。そんな意図は無いにしても。
「自分の為だけど?」
「それが普通でしょ。人の為に勉強する訳じゃない。でも多くの人は自分の為なのにやらない。だから成績も変動してる」
俺らとはものの見方が少し違うのか?
まあ、頭の良い奴の考えは凡人に計り知れないけどな。
「でもさ、好きだと言われても付き合うとは限らないだろ? 吉ケ崎だって数多と告白してきた男子根こそぎ断って来たんだし」
「だって、角屋君だけしか見えて無いのに、どうして他の男子と付き合えるの?」
「あ、そりゃそうか」
こうして素直になって話をしてみると、案外可愛い所もあるんだなって認識する。
でもなあ。普段の無表情だとなあ。
「私を嫌ってるのは痛い程分かってる。だから好きだけど付き合って、とは言わないから」
それって、告白だけして身を引くって奴か?
「気持ちだけ伝えたかった。あと、これからの生徒会活動。誤解したままだと悲しいから」
「まあ、誤解してたって部分は理解したけど」
「会長と副会長として協力出来れば、私はそれでいい」
随分あっさりしてるな。
それでいいなら俺も気楽だが、でもさ、なんか少し違う気もするんだよな。
「いいのか?」
「なにが?」
「付き合わない。学校ではただの協力者。そんな関係でいいのかって」
「だって、嫌われてるのに好きになれって、無理でしょ? 感情の部分って簡単には覆らないし」
今俺の目の前に居る吉ケ崎は、無表情のアイアンメイデンでは無いな。
むしろ悲しんだり少し笑顔を見せたり、俯いて落ち込んで見せたり、凄く表情豊かな女の子でしかない。
日頃からそんな表情をしていたら、俺も惚れたかもしれないんだよな。
「なんでいつも無表情だったんだ?」
「声を掛けてくる男子が煩いから」
あーえーと。俺を好きで他は眼中に無い。しかし、声を掛けてくる野郎どもは後を絶たない。ならば無表情でって結論を得たって事か。
「誰かと付き合ってしまえば、声を掛ける奴は居なくなるんじゃないのか?」
「角屋君付き合ってくれるの?」
俺以外要らねーってか?
そこまで惚れ込まれてるとは思いもよらなかった。
「うーん。俺は笑顔が眩しくて表情豊かな子が好きだからな。無表情の会長は少なくとも対象にはならない」
「たぶん隠すつもりがない今は表情あると思うけど。会長じゃなくて薫子として」
売り込み激しくなってないか?
告白したから次は俺を落とそうってか?
「見た目だけなら文句無しだけど」
「中身? でも今日知る事が出来たと思う」
そう。見た目通りの愛らしさを併せ持つ女子だった。
って事は、このまま付き合ってしまえば、吉ケ崎はこの先も笑顔を出せるし、感情も自由に出す事が出来て、隠す必要も無くなる。
「その笑顔は俺だけのものって訳には?」
「望むなら」
マジか。
これって意のままって奴?
「まあ冗談だけど、でも、そうだなあ」
「焦らさないで欲しい。無理なら無理ってはっきり断っていい」
まてよ。
すっかり忘れてたがもし俺が、吉ケ崎と付き合うとなると、あの連中の勝利が確定するって事だろ。なんかすげー不愉快だな。
あいつらからデート代を徴収するとか、何か無いと面白くもない。
「あのさ、男子の間で今なにしてるか知ってる?」
「男子の間で? もしかしてチャレンジングカップとか言ってるあれ?」
「そう。それそれ。知ってるなら、仮に俺がその候補だとしたらどうする?」
「周りが何をしていようが関係ない。角屋君が私と付き合ってくれるなら、雑音なんて気にする方がおかしいから」
俺が立候補した訳じゃない。勝手に担がれただけだから、俺自体はただの被害者だ。その大義名分があるから、吉ケ崎と付き合うのはありかもしれない。
「少しずつだけど、誤解も解いて距離を縮める、そんな感じでもいいのか?」
まさかの大号泣?
目からどれだけ水が溢れてくるんだって、言う程に物凄い泣き方だな。
「す、みや、くん……」
「それは嬉し泣きって奴か?」
「そう、だよ」
でだ、制限時間を超えていたみたいで、観客が扉の前に群がってるんだよ!
全然気づかなかったけど、中に入るのを躊躇ってた生徒が、小さな小窓から代わる代わる覗き込んで、おおー! とか、やれやれー! とか、そこだチューしろ、だとか喚いていた。
すげー恥ずかしいんだけど。
「副会長。女泣かせの達人なんですね」
じゃねーよ。
感動して勝手に泣いただけで、泣かせるつもりだったんじゃない。
当然だが、難攻不落のアイアンメイデンを落とした、と言った噂は光の速度で全校に伝わったようだ。
「すみやー。やっぱお前が大本命だったな。お前に賭けて良かったぜ」
「さすがだな。伊達に学年二位じゃないよな。難攻不落を落とせるなんて、恵蘭のナポレオンって呼んじゃうぞ」
「だよなあ。我が辞書に口説き落とせないの文字は無いってか」
「実に痛快だよ。だけどな、お前はアイアンメイデンに貫かれろ。なんか悔しい」
バカ抜かしやがって。
俺が落としたんじゃなくて、実質俺が落とされた、と言った方が正しい。
バカが付け上がるから口が裂けても言う気は無いが。
因みに、吉ケ崎もまた女子に相当言われてるみたいだ。
なぜ俺相手だったのかとか、他校にもっと相応しい人居るんじゃとか、勿体無いとか、随分と安売りしたんだね、とか、お前ら! 俺を安物かバーゲン品みたいに言いやがって。腹立つわー。
「好き勝手言いやがって」
「気にする必要無いと思う」
「うるせえんだよな」
「みんな羨ましいんでしょ。男子も女子も。だって学年首席と二位なんだよ? そんなカップル誰も手が届かないから」
放課後の生徒会室。
時々ここがデート現場になる。他の役員は気を利かせて引き上げる所為で、二人きりになる事も多くなった。
だが、時々小窓から覗くバカも居る。そんな時は吉ケ崎が手で追い払ってるが。
そう、あの冷徹な無表情でだ。あれは心胆寒からしめる効果があるからな。
「角屋君。冷徹じゃないし必死だっただけだから」
「分かってるけどさ。今は表情盛りだくさんだから、いい所が沢山見られて嬉しいけどね」
デートと言ってもお互いここで勉強してる事の方が多い。
私物化するなとか言う奴も居るには居るが、本心ではなく揶揄ってるだけだ。
「私の事、難攻不落のアイアンメイデンって、みんなして言ってたんだね」
「知らなかったのか?」
「何となく小耳に挟んでたけど、気にしないようにしてた」
まあ、難攻不落も当然だろうけど、最初から落城してたって事か。
―― おしまい ――