辞めさせては貰えない
休憩後に再び集まったが、誰も声を出す奴は居ない。俺も勿論、二度と絡まれたくないから、徹底的に視線を逸らし無言を貫いた。
「あの、意見を出して頂きたいのですが」
無理だってば。あんなの見せ付けられて、幾度も突っ込まれて、それで尚も意見を出せるならそいつは鋼の心臓の持ち主だ。
今回の生徒会役員に鋼の心臓を持つ奴は居ないな。全員目を合わせず済むよう、目線を落としているくらいだし。
しかし、これではどうしようもないのも事実。
「会長。あなたが意見を出したらいいんじゃないんですか? まずは見本を見せて貰えませんかね? ツッコミどころの無い優れた意見を、是非とも拝聴したいですね」
ボロクソ叩いたんだから自分で出せばいい。誰も否定もしなけりゃ意見も言わないと思うがな。少々棘のある言い方になったけど、そのくらい、甘んじで受け入れて欲しいものだ。
「私としては先程の角屋君の意見でいいと思います。ただ、詳細を詰めないと全校生徒に理解されません。ですから少し厳しいと思われたかもしれませんが、確認の為に質問を繰り返したのです。意図が伝わり難かったのは、みなさんの反応で理解しました。申し訳ありませんでした」
なにしてんだ? 謝罪? なんで?
「角屋君の個を尊重するという意見は大切な事です。学校は集団生活の場ではありますが、集団で右へ倣えは確かに国際社会で通用しません。海外に活路を見出す必要性が高い昨今では、日本の学校教育が国際社会から乖離しているのも事実ですから」
結局なんだ?
俺の意見を叩き台にして方針を決定するとなったが。思い付きで言った事だから、詰めの甘さも何もないんだがな。
その後、ぽつぽつと意見も出て、今年度の生徒会の活動方針が決まった。
「では、広報の川喜多君。活動スローガンをポスターにして、他みなさんで協力して校内に掲示してください」
決まれば後は周知するだけだ。
ポスターを張り付ける程度ならやるが、あとはやる気ないぞ。
先生に言って辞められるよう直訴してやる。
職員室へ行き担任を捕まえるのだが。
「なんだ角屋?」
「生徒会の事で話が」
「会長が優秀過ぎて付いて行けないってか?」
「分かってるなら話が早いです」
これですんなり通るとは思ってはいないが、断固として生徒会は辞めてやる。
「一応生徒主体の選挙で選ばれた訳だし、辞めたいから辞める、ってのは通らないんだが?」
「そこを曲げて何とかしてください」
「一年、まあ実質一年も無いが、我慢すれば後腐れ無く卒業じゃないか。これもいい経験になるんだから、少し頑張ってみたらどうだ?」
「一年待たずに神経すり減ってうつ病になりますよ」
そんな訳無いだろ、とか言ってるが、マジであれを相手にしてたらうつ病だ。
「少々取っ付きにくい部分もあるだろう。でもな、吉ケ崎もあれで繊細な子だ。お前が辞めたとなれば自分を責めかねないぞ」
「知りませんよ、そんな事。だったらもう少し人当たりを改善するなり、自身での努力も必要じゃ無いんですか?」
まるで警察の取り調べの如く追及されてみろ。精神が凹むなんてもんじゃないし、腹も立つし口先じゃ全く敵わないし。
「その辺は周りに居るお前らで、上手く馴染めるようにすればいい。生徒会に限らず部活だって、コミュニケーションの訓練の場でもある訳だ。円滑なコミュニケーションが出来れば、活動だって前向きに取り組める。互いに不足する部分を補ってこそ、チームワークも生まれるんだからな」
あかんなこれは。全く辞めさせて貰える気配すらない。
「先生、マジな話。俺が本気でうつ病になったら、責任取れるんですか?」
「ならないだろ? こうしてモノを言える状態なんだから」
うつ病を患うような人は、そもそも不平不満を口にせず、抱え込み過ぎて結果精神がすり減って、うつ病を発症するんだとか言いやがる。
俺のようにすぐ文句垂れる奴は絶対大丈夫だとも。
「愚痴を溢したり文句を言うって事は、その時点でストレスを発散してるんだよ。逆に言えばストレスとの付き合い方が上手い、そうも言えるな」
俺はストレス耐性高いとか言いやがって。
「辞められないんですか?」
「うん。選挙やり直しになるからね」
形式上とは言え生徒の投票行動の結果だから、その結果は尊重しなければならない、だとさ。
マジめんどくせー。
憂鬱だ。
明日は無いからいいが、明後日はまた活動がある。次はなんだっけ?
ああそうだ、各委員会委員長を交えての生徒会と委員会会議だっけか? 犠牲者が多数生まれる事になるな。まあ俺だけが吊し上げを食らう可能性は低いけどな。
翌日は実に平和だと思ったが、自分の席で昼めし食ってたら、ウザい奴らに囲まれた。
「角屋。手応えはどうだ? もう告白したのか?」
「してないぞ」
「まだしてないのかよ? お前の結果報告を楽しみにしてるんだぜ」
「知らねーよ」
こいつら、俺はお前らのおもちゃじゃない。
何だったらお前が行って玉砕して来いっての。
「そう言えばさ、吉ケ崎って実際話してみてどうなんだ?」
「お前が直接話をしてみればいいだろ?」
「接点がないぞ」
「知らねーって。あえて言うなら取っ付き難さと、追及の激しさは心が折れる」
何を追及されたんだって、聞いてきやがるが。
「生徒会のスローガンだよ。ボロクソに突っ込まれた」
「マジかよ。あの見た目でか? お前良く生きてるな?」
「死んで堪るか、って言いたい所だが、うつ病になりそうだ」
ああそうだ。
「あのな。あの賭けの件だが俺はやらねーぞ」
「拒否権なんて無いぞ」
「バカ抜かせ。あんなの相手にやってられるかっての」
「けどな、お前に賭けてる奴だけで三十人は居るぞ。それ全部なしに出来ると思うか?」
三十人? バカがそれだけいるって事かよ。
「で? 生徒会長に賭けてる奴は?」
「百十八人だな。つまり、お前が成功すれば俺らは儲かるって訳だ」
「俺にメリットの欠片も無い」
「あるだろ? あの吉ケ崎を落として付き合えるんだから」
要らねーっての。
付き合ったら初日で死ぬぞ俺。
「ねえんだよ。あんなのと付き合えるかっての」
「勿体無いとか思わないのか? 吉ケ崎と付き合えるなんて最高の名誉だろ」
「バカかお前は。なら試しにあいつと会話してみろ。メンタルへし折られるぞ」
俺以下、全ての男子とはとても釣り合いが取れない。それだけじゃない。会話だってまともに成立しないし、表情とか目付きだけじゃ何考えてるかも分からん。
あれ程に面倒臭い奴がいいなんて、見てくれだけで判断してるバカは、当たって砕け散ればいい。
「お前にその気があるなら話を通しておいてやるが?」
「あーいや、俺そこまで勇気無いから」
「断られるのが怖いのか? どうせだからあの冷徹さを味わってこい。お前らもどうだ? 話を通しておいてやるから、片っ端から砕け散って来い」
全員腰が引けてやがる。
そんなに腰が引ける奴を押し付けたんだろうに。
「お前らも告白するなら俺もやる。だがお前らが告白しないなら俺はやらない」
「掛け金どうするんだよ?」
「自分で蒔いた種なんだから、自分達で回収しろ。俺には何の責任も無い」
ひでーぞ、とか言ってるが知ったこっちゃない。
勝手に担ぎ上げて勝手に賭けの対象にして、お前ら人として最低だ。
授業が終わって帰ろうとして下駄箱まで行くと。
「何してる?」
生徒会長さまがなんで俺の下駄箱の前に居る?
「角屋君の誤解を解いておきたくて」
「誤解? そんなものない」
「それ。明らかに私の事を誤解してるから」
絡まないで欲しい。
誤解があろうと無かろうと、俺はこいつと仲良くしたいとは思わない。
コミュニケーションが取りたけりゃ、他の役員と取ってればいい。
「俺からは話す事も無いし、誤解とか無いから用はない」
靴を履き替えて校門に向かおうとしたら腕を取られた。