騒音
「…………、……ああもう!」
カタカタとキーボードが打ち込まれる音、
入力した音が再生される音、
エアコンの風の音、
窓からこぼれる蝉の歌声、
叔父と叔母がテレビを見ながら笑う声
…あらゆる音が溢れて、頭の中をぐるぐると回る。
ただでさえ何も浮かばないのに、音の洪水で求めているものが奥底に沈んで遠ざかっていく。
早く、早くこのスランプから抜け出さないといけないのに、と焦るほどに頭が真っ白になる。
早くなんとかしないと、早く───
「よーぉ起きてっか〜!!あっ涼しっ 朝飯ちゃんと食ったか、一葉」
ノックも何もせずにドアを勢いよく開いて大きな声で話しかけてくる男。またこいつか。
「……ノックくらいしろよクソ水雉」
「悪ぃ悪ぃ、そんなびっくりすると思わなかったわ」
「普通に考えろよ、お前急に部屋入られて嫌じゃないわけ?」
「昔っから俺の部屋、物干し部屋にされてたから慣れちった。でも一葉はそうじゃねえもんな、ごめん」
毎回心底申し訳なさそうにするこいつに、直前までのこともあっていつも以上にイライラする。
「…うっさい、次からノックしろよ。……静かめにな」
「ん、わかった。あ、朝飯食ったか?」
「食べた。てか早く出てけよ、僕やってる事あるんだから」
集中できないのは雑音のせい、とヘッドホンを繋ぎ、外界の音をシャットアウトする。
…夏の自然の音を聴いてアイデアが浮かぶと思ったけど、ただうるさいだけだったのが残念だ。
しばらくまたさっきと同じように曲の原形を打ち込んでいると、自分のすぐ近くに人の気配を感じた。
振り向いてみると背後に水雉がいた。まじまじとパソコンの画面を、僕の視線と同じ高さまで背を曲げて見ていた。
「おまっ…何見てんだよ!」
「あ、やっべ怒られちった」
「何してんだよ出てけって言っただろ!?」
ヘッドホンを半分外して、怒鳴りつけながら椅子を回した勢いのまま水雉を蹴る。
いやほんとに何してるんだよ、なんで見てんだよこいつ。
「いてて… いやー…お前パソコン使えんだな、って思ってつい見ちまってたわ。」
何をしてるのか気になったから、とかでもなく、パソコンを使えるのに驚いたからという返答に、思わず は? と変な声が出てしまった。
「子供扱いすんなよ、というか学校でパソコンの授業あったし普通にみんな使えるけど」
「え!学校でやってんの!?すげーな、俺バカ校だったからそんな授業なかったわ」
「だろうな、お前本当に馬鹿だもんな」
「シンプルな悪口だな 事実だけど」
メソメソと泣く素振りをしたかと思ったらスン、といつものヘラヘラとした表情に戻る。正直動きが鬱陶しい。
「用ないなら部屋出て。てかお前仕事は?」
現在時刻は午前10時すぎ。仕事をしている人間はこんな時間にこの場所にいるはずがないのになんでここにいるんだ。
「平日休み。有給とは別なやつな だからド寝坊してたわけ」
「そのまま自室で干物になっとけ」
「怖っ、おーいそれシャレになんねぇぞー?」
笑いながらも、まだ水雉は画面をジロジロと見ている。休みなら勝手に出かけるとかなんかしろよと思いながら画面に向き直る。
「…それ、音楽?」
「…見ればわかるだろ、てか作業始めようとしてんだから話しかけるなよ馬鹿」
「それはすまん。…そっかー、すげえな音楽作ってんのか。それ、いつできそう?」
いつできそう?
その言葉で、昨日目にしたSNSのメッセージが脳裏をよぎる。
…いいなぁ、ただ与えられるだけの、勝手に信仰してる信者共は口を開けてピーピーと騒ぐだけでいい。
こちら側の苦労なんて何も気にしないで、ただ消費していくだけ。
…クソ水雉も、それと同じか。
「…鬱陶しいな、別にお前に関係ないだろ」
吐き捨てるように言って、それきり水雉の方には一切振り返らなかった。
原形らしきものをまとめあげて、一息ついた頃にはもうあいつは部屋にはいなくなっていた。
集中している時に頭を巡る音を突き抜ける現実の音はものすごく心臓に悪い。すっごく。