最悪な始まりの日
夏の幻覚。
「十七歳 夏、残りわずかな学生時代の夏をどう過ごすか!うん、遊ぶに限る!!」
「うるさい黙ってろお前の夏は10年も前に終わってる」
夏休み最初はこの言葉で始まって、1日も経っていないのにもう最悪な気分だ。夏の喧騒の日々よ過ぎろ、自分の平穏はいつか来るという願いを持っていないとやっていられない。
いつものように、喧しいこの男に対して悪態をつけば、遊びを拒否された子犬のようにしょんぼりと肩を落とされる。
「なんでだよ、高校生活全部青春できると油断してたら痛い目見たからこそこうして提案してんじゃんか」
「だからそれが僕の夏には合わない、というかお前の理想の夏を僕に押し付けるなよ。」
口で反論し、体全体で自身より体格のいい兄を部屋から強引に追い出す。ぎゃーぎゃーと騒ぎながら兄は抵抗してじたばたと暴れる。しばらく続けていると叔父がうるさいぞ、と軽く怒鳴りつけてきたため、今回は僕の勝利に終わった。
「…はぁ」
ため息をついて、扉の前に大きな荷物をドサドサとわざと大きな音を立てて置き、扉のすぐ向こうに居座っているであろう兄に部屋に入るなと忠告をする。
「お前と違って僕は忙しいんだよ、クソ水雉。」
吐き捨てるように言ったあと、引き寄せられるように向かったのは音楽についての本が積み重ねられた中にパソコンが1台置いてあるデスク。
そう、僕はやることが山積している。働いているとは言うけれど、まともに真面目でいるところを見たことの無い兄とは大違いだ。
パソコンにログインして、ものすごい量の通知の溜まったSNSショートカットを開く。
通知欄を見てみれば、自分の独り言投稿に対する似たような文言の羅列がびっしりと貼り付けられていて、いっそ気持ち悪いほどにコメントが寄せられていた。
『新曲、まってます!』『新曲は夏をテーマにしますか?』『夏らしい曲出されたら情緒壊しながら毎日聴く』『夏といえば海ですよねー』←『いや誰だよリア充マウントか?』
「…みんな、同じことばっか…何が夏、夏、夏だよ… …鬱陶しい」
丁寧にSNSのタブを消し、パソコンをシャットダウンする。
そして、その後何をするという訳でもなく、布団に顔から飛び込むように倒れ、脱力する。
曲、作らなきゃ、じゃないと夏休みの終わりまで何も浮かばないままだ… 焦燥感は募る。だが、驚く程になんの音も思い浮かばない。
―そう、かつてよりインターネットで“神作曲者”と呼ばれた僕は、今までにないほど絶望的なスランプ状態に陥っていた。