アクアリウム
昼食を砂浜で食べ少し休憩したあと、僕達は再び海で遊ぶことにした。
「で、次は何をするの?」
「実は前からやってみたいことがあったんですよ。レイ、手を」
「手? はい」
僕が手を差し出すと彼女は微笑みながら握った。
「大きな手ですね。
ーーじゃあ、“スフィア”」
と僕達の周りを透明な球体が包み込んだ。この魔法は彼女が唱えた“魔法壁”に比べたら強度は硬くないが全方位からの魔法を防げたりするのでフローレンスは大体この2つを使い分けている。だが何故ここでその魔法を使ったのだろうかと気になる。
「何をするつもり?」
「少し見ててくださいね……」
彼女はそう言うと僕達を包んでいる球体を動かし始めた。ゆっくりとその球体は海の中に進んでいく。
「凄い……動いてる」
「えへへ、私頑張りました。これ結構練習したんですよ?」
と恥ずかしそうに言うフローレンス。彼女は“結構練習した”と言ったが練習したぐらいで出来る所業ではない。魔法を展開した状態で自分ともう一人分を移動させるのは魔力の高さと日々の鍛錬があってこそ出来ることなので改めて彼女がライシング家でも歴代最高と呼ばれることを実感した。
そうして僕達は海の中に入った。僕達が入っている球体が海の中に完全に沈むと、そこには色とりどりの魚が泳ぐ、幻想的な光景が広がっている。
「綺麗……」
普段なら絶対見れないであろう景色に僕はそれしか言えない。自分にもっと語彙力があればもう少しまともな感想が言えるのだろうが、あまり成績が良くない僕にはこれが精一杯の感想であった。だがそんな僕の感想にもフローレンスは微笑む。
「フフ、喜んでくれたらお姉さん嬉しいです。実はレイにこの光景を見せたくて数日頑張っていたんです」
「僕、フローレンスが彼女で良かったよ」
「あら、私が彼女で良かった点はそれだけですか?」
「ううん、それ以外にも沢山あるけど」
「“あるけど”?」
「半日もらっていい?」
と僕が言うとフローレンスは少し苦笑した。
「う、嬉しいけど止めておきます」
「そう? 残念だなぁ……たまには僕もフローレンスみたいに恋人の良いところを沢山言いたかったのにな」
ちなみにだがさっきは“半日”と僕は言ったが多分半日どころか1日潰せる自信はある。付き合いは長いので彼女の欠点もかなり知っているがそれ以上に良いところを知っている。よくゲームなんかでイチャイチャしているカップルが相手の事をそんな風に言う事があったがまさか自分が同じような事をいう日が来るとは夢にも思わなかった。
「“フローレンスみたい”ってそんなに私言ってますかね?」
「うん、特に付き合い始めた頃が凄かったね」
付き合い始めた時にフローレンスはよく生徒会の面々前や彼女の親の前で惚気そうだったので僕が止めたのが懐かしい。あの頃に比べてポンコツ状態にならないので助かっているものもたまになるので止めるのが僕なのは変わらないが。
「も、もうその時のことは良いじゃないですか!! あの時の私はレイと付き合うことが出来て幸せだったんですよ!! それよりも今はこの景色を楽しみますよ!!」
「それもそうだね」
と彼女に言われて球体越しからの景色を楽しむことにした。そこから見える景色は別世界、地上では味わえない不思議な世界が広がっている。
「何か海をこうやって見るのは新鮮だなぁ……」
僕の家の別荘地は王国のなかでも内地の方なので海でこうやってゆっくりと見た事がない。それに今回は海を海の中から見るという神秘的な光景に心が躍っている。
「貴方昨年、海に行った時はトリスケール君やルネフさんと泳いでばかりでしたものね」
昨年とか生徒会の面々で海に行ったのだがその時はアルとミラの3人でずっと泳いでばっかりだった気がする。最初はアル、ミラと3人で沖まで競争をしていたのだが何往復している中でミラがリタイアして最後は僕とアルの一騎打ちになった。結局勝負の結果は分からず仕舞いだったが。
「でもあれは僕が勝ったはずだ」
「それ昨年も聞きましたよ、本当男の子は競争が好きですね」
と呆れながらも笑っているフローレンス。
「レイ」
「何?」
「実はこの魔法、名前をまだ決めてないんですよ」
「そうなの? というか“スフィア”じゃないの?」
「実はスフィアを改良したものなのですよ。この球体は魔法の耐性が無い代わりに、水中が移動しやすいように少し改良しました」
「フローレンスってやっぱり天才だ……」
既にある魔法を使う事は元の魔力がそれなりにあれば誰だって出来る。だが魔法を改良して新しい魔法を作るのは限られた人にしかできない。
「ふふ、貴方から素直にレイに魔法を見てもらってから一緒に考えようと思ってました」
「なるほど……」
「なのでレイ。何か良い魔法の名前ありませんか?」
「ーーアクアリウム」
「はい?」
「“アクアリウム”はどうかな……って思って」
アクアリウムとは水族館を表す英語だ。勿論この世界に水族館というものが無いので“アクアリウム”なんて単語は存在しない。だけど今のこの状況はまさに水族館と表現しても過言ではない。
……ちなみに英語にしたのは個人的にカッコいいと思っただけだ。
そしてフローレンスは僕の言葉を聞くと、少し考える素振りを見せたあと、僕に再び向き直った。
「“アクアリウム”……はい、中々良い響きです。じゃあこの魔法は“アクアリウム”と名付けます!! でもこれは皆さんには秘密にしておきます」
「えっ? なんで? 新しい魔法作ったってみんなに言えば更に尊敬されるよ?」
「別に私は周りの人から尊敬されたくて魔法を改良してないですからね。
ーーレイ、貴方に見せたくて頑張ったので貴方が喜んでくれればそれでいいのです」
と照れくさいのか少し頬を赤らめて言うフローレンス。そんな彼女を僕は心から愛おしく思い、隣で座っていた彼女を抱きしめた。
「ち、ちょっとレイ!? いきなりは心臓に悪いです!! お姉さんにも心の準備が必要なんです!!」
抱きしめるのにお姉さんは関係あるのかと思ってしまうがそんな事はどうでもいい。今は目の前のフローレンスを抱きしめる方が優先だ。
「可愛い彼女がいたら抱きしめない?
ーーいや抱きしめない理由がないね!!」
自分でも何を言っているのか分からないがそんな事はどうでもいい。
「今日のレイ少しおかしいです!?
ーーそれに今抱き着かれると魔法の集中が切れちゃいます!!」
と言われ僕達が囲まれている球体を見るとさっきまでは綺麗な球体だったのが表面が揺らぎ始めた。最悪そこまで深くないのでフローレンス1人なら担いで泳いで砂浜に戻れる。だがそれだとせっかくの楽しい思い出が台無しなので僕は渋々抱きしめるのを止めた。
「ふ、ふぅ……離れてくれましたか……これで魔法の制御に集中できます……少し残念ですが」
と再び魔法の制御に集中する僕の彼女。表情こそ真面目だが耳がかなり赤いのでよほど恥ずかしかったのだろうと思う。
「レイはもう少し考えて行動しましょうね?」
「はぁ~い……」
「べ、別に抱きしめるのが悪いとは言っていません……陸に上がったらいいです……なんなら寝室一緒なんですから……その時にでも……」
「ん? ごめん最後の方聞こえなかった」
最初の方は聞こえていたが後半になっていくにつれ声が小さくなっていったので聞こえなかった。
「何でもないです!!」
「そう?」





