第1話 海に堕ちた人魚姫
いくら頑張っても空を自由に飛べるのは鳥だけなのかな。
今の私はまるで人魚姫のようだ。
人魚のくせに空に憧れてしまった。
どんなに憧れても届かないのに、上を見ればそこにいつも居て、諦めるのかよとばかりこちらを
眺めているようで、腹が立つ。
お伽話の中でも1番嫌いだった。だって王子に想いを伝えられずに泡になるなんで悲しすぎる。
でも今なら人魚姫の気持ちが痛い程わかる。
人を本当に愛してしまったら、何もできない。求められないなら消えるしかない。
私は人魚、鳥にはなれなかった。
地上どころか、精神病棟のベッドからも動き出せない。
澪はスマートフォンの日記アプリに気持ちを綴るのが日課になった。
「雨宮 澪さん、面会したい方が来てますよ。」
看護婦さんの優しい声が澪を現実に引き戻した。
澪はスマートフォンをとっさに閉じて。カーテンを怯えた表情で見る。
病室のカーテンに人影が映る度にあの人かと思って胸が高鳴り、恥ずかしさのあまり
掛布で顔を隠す。でもいつも澪のパパか薫だ。
「澪、体調は今日はどう?プリン買って来たけど、食べない?」
薫が優しく掛布ごしに肩を撫でながら声をかけた。薫はパパの古い友人でスナックのママだ。
小さい頃から可愛がってくれて、澪にとっては母親同然だ。薫は私が入院してからほぼ毎日澪の顔を見に来ていた。澪が唯一本気で甘えられる人といえる。本当の母親は澪が14歳の時から疎遠だった。
あの人じゃなかった、澪は深く息をつく。安堵と失望が入り混じり、やっと呼吸ができたみたいに肺のあたりが重苦しい。そんな澪を見て薫は何かを感じ取ったように口をつく。
「…奏良さん、今、日本に居ないんだって。仕事かな。Facebookに投稿があったよ。」
奏良、澪の頭にその名前を頭に浮かべない日はない。その名前を聞く度に、最後に見た彼の表情が浮かんでくる。悲しそうに困ったような表情だ。
別れてから、SNSで毎日彼の投稿をチェックしていたが、ある投稿を見て息ができなくなり、救急搬送された。
それから病院行ってお医者さんに、あの人にまつわる情報は一切見てはいけないと言われている。
薫はノートとペンを澪に渡してれた。澪はノートにペンを走らせる。
[体調はわりといいよ。ありがとう。]
澪は15歳のとき突然声を出せなくなった。
心因性失声症という病気だ。精神的な原因で起こるのだけど、何がきっかけか、その頃の記憶があまり無くてわからないままだ。澪が幼い頃、母親がホストにハマって多額の借金をパパに残して出て行ってしまってから、とにかくお金を返す事に必死で、病気の治療などとても出来る状況じゃなかった。
「そうだ、去年のレコード大賞の録画、持ってきたんだけど、観ない? 」
薫がちょっと不安そうな、でも優しい微笑みで澪の顔を覗き込んだ。
澪は少し微笑んで頷いた。
澪は薫と談話室へ移動した。薫は看護婦さんに頼んでオーディオ機器をレンタルしてきてくれた。
DVDが再生されると、画面には「最優秀新人賞」の文字が流れた。
「それではお聞きください。今年度最優秀新人賞を獲られましたMioさんで “ Reach for the Star ” です!どうぞ!」
テレビから音楽が流れて、画面にはひとりの女性がステージの上に立っていた。
細かいスパンコールがライトにあたってキラキラ揺れている薄いブルーグレーのロングドレスにウェーブがかかった腰まで長い髪をおろして、目には涙がながれている。
♬君がくれた翼で 今飛び出そう 君がくれた愛で どこまでも高く 星に届くまで ♪
♪Reach for the Star だけど 2人なら 叶う 一筋の光♬
涙で震える声を振り絞って歌うのは、半年前の澪自身である。
「澪、本当に嬉しそうだったね。この時。本当にキラキラしてて、天使みたいだったわ。またこんな風に
歌え… あ…ごめん… 」
薫が申し訳なさそうな顔をしたが、澪は、いいよ、という意味で首をふった。
澪は無表情で画面を見つめながら、自分の感情を冷静に見つめようとしたが、霧のように
覆い隠されていた。
澪はボンヤリとこう思うだけだ。
あの日々は現実だったのか?
長い長い夢を見て居たんじゃないだろうか。それとも今の私が夢なのか?
夢なら早く覚めてほしい。
早く、あの人が待ってる。




