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竜使いの巫女 番外編 お正月

■竜の女神の力


 ついた餅をアリスに届け、親子三人でつきたての餅を食べた後、アカネは妙な事に気がついた。

 アリスの執務室の中に、霊脈とも違う、何か妙な線、というかさざめきの様なものを感じると。

 それに意識を向けると、あの竜の声を聴いたような響きが、頭の中に木霊した。

 アカネが急に顔をしかめたので、アオイがどうしたの?と声をかけた。

「今、変な音が頭の中に響いたの」

 心配するアオイがアリスの方を見る。

 アリスは大丈夫というように頷くと、以前光とアオイに作戦準備の時に渡したのと同じ首の後ろにつける装置を取り出した。

「アカネ、ちょっと調べてみるからね」

 うん。と頷くと、アカネは長い髪を手でよせて、アリスにうなじを見せる。

 アリスはアカネの首の後ろに装置を付けた。

「まだ聴こえてる?」

「今は収まってるけど、ちょっと待って」

 そう言うとアカネは意識をそのさざめきに向けた。

 途端にまた顔をしかめる。

「聴こえる」

 そう聴くとアリスは興味深そうに、「ふ〜ん」と言うと、暫く黙り込んだ。

「メタアリス、あなたの見立てはどう? アカネちゃんに健康上の問題は起こりそう?」

 ちょっとアカネは緊張した。アオイも緊張する。

「いいえアリス。頭痛がするだけで、それもその内収まると予測されます」

「だって、アカネちゃん」

 ほっとアカネは息を吐き出した。ふぅとアオイは胸に当てていた手を下ろした。

 その後もアリス、アオイ、アカネの三人に時々メタアリスが加わって歓談した後、二人は玄雨神社に戻って行った。


「で、正確な情報と推論は、どんな感じかしら、メタアリス?」

 帰る直前にアカネから外した装置を握りしめて、アリスはメタアリスに質問した。

「はい、アリス。おそらくアリスが想像している通りだと思います」

「説明して」

「はい、アリス」

 アリスの視野に、アカネが見ていた奇妙なさざめきが現れた。

 アカネの視覚野から記録した映像だった。

「このさざ波、みたいなものは、おそらく『竜の女神』になってアカネちゃんが獲得した電磁波を見る力、だと思われます。そして、それに意識を向けると、その電磁波の『音』を聞き取る事ができる様です」

 アリスは顎に左手を軽く添えると、頷いた。

「竜の声を聞き取る能力が発達して、見えるようになった訳ね」

「はい、アリス。さざ波とこの部屋で発生している電磁波には有意な相関関係がありました。また、意識をさざ波に向けた際にアカネちゃんが聞き取った電磁波の音は、発信内容と殆ど誤差無く一致するようです」

「もしかしたら、だけど、受信だけじゃなくて、発信もできるようになったりするのかしら?」

「その可能性はあります。ただ、この施設内でテストするには危険だと判断します。サーバーの物理セキュリティレイヤーが破損する可能性があります」

 アリスの額にしわが寄った。顎が引き締まる。

「電磁レイヤーと霊脈レイヤーの両方が突破される、という事?」

「はい、アリス。これは仮定ですが電磁波の放射が行えるとすれば、アカネちゃんはそれに気脈を乗せる事も可能な筈です。少し妙な形容ですが、アカネちゃんの竜の女神の力をピラミッドだとすれば、そのピラミッドの下部は時の女神の力となり、そのピラミッドの頂点部分に竜の女神の特性、電磁波の操作、という力が乗っている、という構造になると推察されます。この二つの力が有機的に動作し、発信されたものがサーバーに接触すると、場合によってはアリスがおっしゃる事態が発生する可能性は、排除できません」

 ふう、と息を吐き出すと、アリスは言った。

「むかし、初代時の女神が女神になる前、雫にトラブルを発生させた時、あたしは彼女、いえ彼の暗殺を考えたけど、結局そうしなくて良かったと、思っているのよ。とっても、ね」

「アリス、もしかして、あたしがサーバーの保全の為にアカネちゃんの暗殺を目論んでいると、と考えたのですか?」

「あなたなら、その可能性も考慮するでしょ?」

「はい。確かにその可能性も考慮しなくも有りませんが、アカネちゃんがアリスを攻撃する事はほぼ無いと思いますし、アリス、あなたがサーバーの保全の為にアカネちゃんを暗殺したいと考えるとは思えません」

 アリスはくすっと笑いを漏らした。

「良く判っているのね」

 そう言うと、アリスは頼もしいものに向けるような笑顔を作った。

「ですが、アリス」

 笑いで薄くなっていたアリスの目が、僅かに開く。

「何?メタアリス」

「アカネちゃんが、うっかりそういう事態を引き起こす可能性は排除できません」

 アリスは面白そうにメタアリスに尋ねた。

「で、どうしたら良いと思う?」

 どういうプランを用意しているかな。

「はい、アリス。竜の女神の力を計測しつつ、その力の制御をアカネちゃんにトレーニングする必要があります。そのトレーニングを行うには、あたしのサブユニットを玄雨神社に設置する必要があります」

「通信回線を強化するのね」

「はい、アリス。トレーニングには雫にも協力頂く必要があります」

 アリスはうんと小さく頷くと言った。

「判ったわ。年明けにも準備を開始します。必要な手配をお願いね。雫にはあたしから伝えるから」

「はい、アリス」

 気脈、霊脈に、電磁波のコントロール、まるであたしの娘である事を体現してるみたいな力ね。

 セリスが純君の昔の写真に一目惚れした時、子供を産みたいというの賛成しておいて良かったわ。

 そんな思いを少しだけ、心の中で味わってから、アリスは執務に戻った。


夜見(よみ)での再会


 (あかり)(つぶて)に挨拶に行きたいと、光に言った。

 光も灯の記憶を持っている。故に過去で恩義の有る礫の所に復活のご挨拶に行きたいと考える姉の気持ちが分かった。

 二人は雫に話し、雫も喜んで許す。

 そうして二人は巫女装束から着替えると、おそろいの水色のワンピースに薄緑色のコートを羽織ると、「(くう)の穴」を無し、礫の店、夜見へ飛んだのだった。


「お母さん!」

 夜見に入った光は驚いた。カウンターに母(じゅん)が居たのである。

「ぅふふふ。今日、お前が来るって判ったから、純ちゃんを呼んだんだよぅ」

「光。玄雨神社に行った時と、変わらないのね」

 光は驚きから回復すると、後ろに向かって手招きする。

 灯が、少しばかりおずおず、という風に入ってきた。

「!灯、じゃないかぁ」

「灯」

 二人は灯の登場に驚いた。

 礫も純も、灯が光に宿り、その姿を失った事を知っている。

 礫は、玄雨灯の事も知っているから、その驚きは純以上だった。 

 流石にこれは占ってなかったねぇ。

 ぁあ、成るほどねぇ。

「占ってはいなかったけど、どうやらあたしは()い仕事をしたようだよぅ」

 死に神らしからぬ台詞を礫は言った。

 店に入ってきた灯は、礫と純に頭を下げた。

「礫さん、お母さん、灯、戻ってきました」

 純は何か言いたそうな、それでいて何を言ったら良いのか判らない表情をごく短い間浮かべると、その目から涙がこぼれ落ちた。

 自分の涙に気がつくと、あれ?という風な顔をした後、人さし指で涙を拭く。

「死んだのとは違うけれど、居なくなって二度と会えないと思っていた娘が帰ってきたんだよぅ。うれし涙が出る道理さぁ」

 この時光は初めて知った。

 灯に会いたいと思っていたのは、自分だけでなく、母純も同じだったのだと。

 居なくなった娘。

 そういう意味じゃ、あたしも同じ。

「こっちまで来たんだから、実家には顔を出したのかぃ?」

 礫が言った言葉が思い出された。

 親不孝者だ、あたしは。

 でも。

 体の年を止めた自分が家に行くのは、やはりはばかられる、と思った。

 だけど、礫さんに頼んだら、会う事は出来たんだ。

 今日みたいに。

 光の曇った表情に気がついた礫が言った。

「店の入り口に突っ立ってないで、はやくこっちへ来るんだよぅ。店が寒くなっちまうじゃないかぃ」

 12月の夜の冷え込みは厳しい。まあ幾ら冷えても礫は平気だが、純はもはや人、それも思いやっての言葉だった。

 光と灯はぱたぱたと店に入った。

「カウンターじゃあ、話しにくいだろぅ? テーブルで親子水入らずで久しぶりにゆっくりすると良いよぅ」

 礫の勧めで純はカウンターからテーブル席に座る。そこに光と灯が座る。

 光が口を開いた。

「今まで会いに行かなくてごめんなさい」

「いいのよ。女神様になったんだもの、そうそう会えないと覚悟してたもの。それにその姿みたら、家に来づらいのも判るわ。青樹(あおき)(かおり)ちゃんも驚いちゃうもの。あ、まあ、すぐに納得すると思うけど」

 青樹は光の弟。香は青樹の婚約者である。

「お母さん、光が小学校の間、あたしは光の中でずっと一緒にいました。だからあたしは寂しくなかったけど、光はそうじゃなかった。多分お母さんも」

 そう言うと、灯は初めに礫、次に純の方に顔を向けると、言った。

「今までご心配をおかけしました。いろいろあって、今は玄雨神社にもどっています。光と一緒に」

 少し黙った。テーブルの下で握った両手に力が入り、ほんの僅か震える。

「幸せに暮らしています。安心してください」

 やっぱり、親孝行な娘だよぅ。

 親子三人の語らいはいつまでも続いた。

 竜の星の大冒険、灯の復活、語る事は山のようにあった。

 親子三人の楽しい時間だった。


「また会いたくなったら、あたしを(つな)ぎにすると良いよぅ」

 三人が店を出る時、礫が言った言葉だった。

 地下一階の夜見から出て、改段を上り道路に出ると、雪が降り始めようとする所だった。

「お母さん、それじゃ、玄雨神社に戻ります。よいお年を」

 光が言った。

「お母さん…」

 灯は母の目を見ると、その体の年齢にふさわしく、泣き出す前の様な表情を作った。

 純は灯が何をして欲しいか判った。

 純は少しかがむと、灯を抱きしめた。

「灯をあんまり抱きしめてあげられなかったものね」

「お母さん…」

「ごめんね」

 純は謝った。自分の後悔を埋めるように。灯の慕情を鎮めるように。

 光はその光景を見つめていた。

 良かったね、お姉ちゃん。

 光の肩に雪が止まった。光は空を見上げた。

 空から雪がゆっくりと降って来る。それはまるで親子の再会を祝福するようだった。


■玄雨神社の新年会 壱


『執務終了〜!そっち行くから、舞い舞台で宴会よ!』

 そう女神とアリスリンクの両方で宣言すると、アリスは執務室の奥に常設している固定化された「空の穴」に飛び込んだ。

 玄雨神社舞い舞台上手に出る。

 出て、がく然とする。

「ちょ、ちょっと、何、勝手に宴会開いてるのよ! あ、それウチから送った料理じゃない、何勝手に開封して!」

 アリスが目撃したのは、舞い舞台下手袖に宴もたけなわの新年会の様子だった。

 雫と礫が酒を酌み交わし、そこに光が加わっている。アオイとアカネと灯がお子様用の偽のお酒で酔っぱらっていた。

「あ、アリスさんだー」

 すたたたと、アリスの所に灯が走って行って大ジャンプ。アリスに抱きついた。

 ふぎゃ。

 いくら六歳の小さい女の子とは言え、猛ダッシュでタックルされれば、それなりの威力がある。

 アリスは灯を抱きかかえたまま、尻餅をつく。

 そこを首にしがみついた灯がぐいぐい締め上げる。

「ぎ、きぶぎぶ」

 そう言いながら、床をパンパンと叩く。

「やったー。灯のかちーー。いえーい」

 灯はまた、すたたたた、と走って戻って行くと、アオイ、アカネ、光にハイタッチした。

 げふげふ、と咽をさすりながらアリスは立ち上がると、肩を怒らせてつかつかと下手袖へ歩く。

「ぃよぅ、世界一の大悪党!久しぶりぃ。随分と女っぷりが上がったねぇ」

 礫が隣の空席を手でぱんぱんと叩いた。

 アリスはむすぅとしていたが、まあ、ちゃんと席を用意していたんだし、いつまでも怒ってるのは大人げないし、遅れてきたのはあたしなんだから、と思おうとした。

 が。

 そんな事ができるアリスでは無かった。

「何みんな、あたしが来るまで待ってくれてても良いじゃない!」

 少し涙目になりながら、文句を言うアリスを見て、一同ちょっと済まない、という気持ちになった。

「すまないアリス。礫殿が急に来て、少し飲み始めたら光も来て、それについて灯とアカネ、アオイも来て、気がついたらもう宴会になってしまっていた」

「こっちで用意してたお料理なくなっちゃって、悪いなーって思ったんですけど」

 そう光が言う。

「ママなら大丈夫、心が広いからきっと許してくれるからって、あたしが言って一つ開けたら」

 とアオイ。

「とっても美味しくて、すぐ無くなっちゃって」

 とアカネ。

「一つ開けるも二つ開けるも同じよ〜って盛り上がっちゃって」

 と灯。

「気がついたらこんなコトになっていたと言う次第」

 と雫。

「さぁて、先の鬼退治で陰の大殊勲功労者、西洋の女神、アリス・ゴールドスミスの到着だよぅ。仕切り直しと行こうかぃ」

 礫が再び隣の空席を手でぱんぱんと叩いた。

 礫に持ち上げられて、ちょっと、いや、かなりアリスの機嫌は回復した。

 座ると丁度一人分の料理が乗ったお膳を光が運んで来て、アリスの前に置く。

「ちゃんとアリスさんの分、取ってありますよ」

「ほら、世界一の大悪党ぅ」

 と礫がグラスを渡す。

 アリスが受け取ると、雫が礫が持ってきた日本酒を注いだ。

「さて、アリスも到着したし、仕切り直して新年会を始めるとしよう」

 みんながアリスの顔を見ているのが分かって、アリスは音頭を取る。

「乾杯!」


■玄雨神社の新年会 弐


 アリスの前に、光と灯がやって来て、三つ指ついてお辞儀をした。

 二人ともうっすらと目に涙を浮かべている。

「アリスさん、お陰様で灯お姉ちゃんが戻ってきました。どういう因果か分かりませんけど、あたしは多分切掛は竜の星なんだと思っています。だから、ありがとうございました」

 そう言うと、再び二人は頭を下げた。

「良かったわね。光ちゃん」

 アリスは心の中に涼風が吹いた気がした。光の心の乱れを、灯に会いたいというその思いを、アリスもまた心配していたのだから。

 二人が下がると、今度はアオイとアカネがやって来た。

「アリスママ、竜の星を救ってくれてありがとう。大好き!」

 そう言うと、アリスに抱きつく。邪魔にならないようにと、素早くアオイがアリスのお膳を脇にどける。

 ちらりとその様子を見て、ナイスな親子のコンビプレイだ、と雫は思った。

 いつもはアリスがアカネに頬をすり付けて嫌がられるのに、今はアカネの方がアリスに頬をすり付けている。

 アリスはでれでれアリスになっていた。

「なぁ玄雨ぇ、世界一の大悪党が、世界一の…困ったねぇ、巧い言葉が浮かばないねぇ。とにかくでれでれになってるねぇ。奇妙だけど、これはこれで見物だねぇ」

(まさ)しく」

 そう言うと二人は面白いものを眺めるようにアリスを見ると、同時に杯を乾した。

 宴は進む。

 光と灯の組、アオイとアカネの組ががそれぞれ舞いを披露した後、全員でまた舞いを披露する。

 お酒も回り、やって来た時の怒気も抜かれ、アリスはすっかり良い気持ちになった。

 アリスは左手の腕時計みたいなモノに軽く触れると、言った。

「お前も随分活躍したんだから、この場に混ぜてもらっても良いと思うのよね」

「光ちゃん、アカネちゃん、久しぶり〜。メタアリスです」

 メタアリスの音声がその腕時計から響いた。

「あ、メタアリスさんだ」

「メタアリスママだ!」

 二人はアリスの所に駆け寄る。

「玄雨ぇ、なんだいアレは」

「竜の星の鬼退治の時、光とアカネを大層補助したアリスが作った人工知能、一種のロボットです」

「へぇ、面白いモノを作るじゃないかぃ」

 光とアカネは、メタアリスときゃいきゃいと話が弾む。

 そうしてる内、アカネは思った。

 あ、光お姉ちゃんと久しぶりに一緒に居る気がする。

 ちょと嬉しかった。

「ねえアリスさん。メタアリスさん、竜の星でほんとにアリスさんがそこに居るみたいな感じだったんです。いったいどうやって、その、プログラム、してるんですか?」

 プログラム、という言葉がなんとなく適切じゃない気がして、光の終わりの方の言葉は少しあやふやになった。

「そうねえ。プログラムする、というのとはちょっと違うかな。今、腕につけてるの、メタアリスの端末の一つなんだけど、これであたしの行動パターン、思考パターンを逐次記憶解析してAIを常に再構築してるのよ。だから、時間が経てば経つほど、あたしの思考パターンで問題を処理できるようになるの」

 へーという顔を光とアカネがする。

「他にもいろいろ研究してるのよ。あ、そうだ。例えば、アオイとアカネが巫術使う時、髪の色が変わるでしょ。変わったの気脈が視えない人でも分かるから、それを解析中なの。なかなか原因が判らないけど、もし判ったら、気脈が視えるカメラが作れるかも知れないわ」

 それを聞いて礫がひっそりと雫に言った。

「おぃおぃ、その内、巫術師のロボットとか作っちゃうんじゃなぃのかぃ、あの大悪党」

 同じくひっそりと雫が応える。

「礫殿、あながちその予感、間違ってはいない、と最近私も思うのです」

 ふう、と二人同時に息を吐き出すと、杯の酒を呑む。

「まあ、気脈は生命と結びつくもの。命の無いものには少々難しい、とは思いますが」

 と雫が言う。

 その雫が言った言葉をアリスは聞き逃さなかった。

 雫を指さすと言う。

「それよ!今まで上手くいかなかった原因!なんで気がつかなかったのかしら!竜の星で光ちゃんやアカネちゃんの視覚領域経由で気脈が見えてたの、どうも引っかかってたのよ!」

 あ、(まず)い。

 雫は思った。

 なんだか嫌な予感がするねぇ。

 礫も思った。

 アリスのマッドサイエンティスト魂に燃料を投下してしまったようだ。

「命と気脈の関連性の解明、これがすべての鍵だわ!」

 すっくと立ち上がると、アリスは左手の人さし指と中指でこめかみを押さえた。

 その様子を見て、光は思った。

 うわ。今の方針で研究進めるようにサーバントさん達に指示出してるんだわ。お正月も始まったばかりなのに。サーバントさん達可哀想。

 アリスはこめかみから指を放すと、「メタアリス、今の聞いてたでしょ、向うのチームの補佐をお願い」と言った。

 すると。

「アリス、あたしはお正月くらいサーバントを休ませないと、女神チームの不興を買って、トータルでかえってプロジェクト進行が低下する、というシミュレーション結果が出たと、伝えます」

 え゛

「おぃおぃ、巫術師のロボットより、大悪党の代理のロボットができ上がる方が先のようじゃなぃかぃ」

 礫が面白そうにそう言うのを聞いて、雫は少しばかりアリスが可哀想になった。

「え?あたしってそんなに鬼みたいにサーバントこき使ってるって、みんなが思ってるてコト?」

「ええアリス。スーツを装着している最中、光ちゃん、ナーグさん可哀想って、それなりの回数思ってましたよ」

 雫は杯を口に付けたまま、嫌な連想を思い浮かべていた。

 あのメタアリス、というの、まるで一滴(いってき)のよう…。

 己の名を聞きつけたのか、雫の意識の底から、まるで深海の底から浮かび上がってくるように一滴が雫の表層意識に現れた。

 お呼びでしょうか雫さま。

 な、何でもない。下がれ一滴。

 雫はなんとなく一滴が小さい笑みを残しながら意識の底に消えて行くのを感じた。

 はあ、とため息を吐くと、雫は思った。

 アリスも一滴が憑いたような体験をこれからする事になるのだな、と。


■一滴とメタアリス


 雫が一滴に気がついたのは、玄雨神社に入社して(しばら)く経ってからだった。

 雫は弟(ひこ)が亡くなった傷心のまま玄雨神社に入社した。

 だから初め、稽古にも身が入らない、というより心が乱れ思うように舞いを舞う事が出来なかった。

 夜な夜な弟彦の死を思っては、泣く事が多かったし、時には事故の悪夢を見て、寝汗をかき、悲鳴を上げて起きる事も少なくなかった。

 そんな雫、当時の名前の「さき」は、同じ巫術を学ぶ娘達から疎んじられて行く。

 苛められる事はなかったが、心を許せる友も居なかった。

 辛いし、苦しかった。

 だが、家に帰る事は出来ないと知っていた。彦を殺したのは自分だ。そんなものが帰る家は無い。

 頑なにそう思い込んでいた為だ。

 ある夜、雫は夢を見た。

 彦が亡くなる事故の悪夢だ。

 彦が木から落ちて出血したその血を飲んでいると雫が気がつく、いつもはそこで悲鳴を上げて目を覚ます。

 おそらくそうなるだろうと夢の中で感じた時、彦の血を飲んだと思った時、それは現れた。

 姿形は判然としなかったが、雫にはそれに害意はない事が判った。むしろ慰めるような感じがあった。

 目を覚ました時、自分が悲鳴を上げず、寝汗もかかず、自然に朝起きている事に気がついた。

 それ以後、悪夢を見そうになると、それは現れた。

 それは雫を守ってくれているように、雫は感じた。

 舞いも上手く舞えるようになり、本来の雫の力量が発揮されて行く。

 そして雫が「さき」から玄雨雫と名を変えた時、それに「一滴」という名を付けた。

 名を与えられた一滴は、やがて姿形を持ち、雫の陰のように育って行った。

「怖いものでは無いが、少々厄介なもの、ではある」

 と杯を乾して雫は言った。

 雫が「メタアリスはまるで一滴だな」と言った所から、雫はそれまで語った事の無かった一滴についての話をする事となったのだった。

 一同は固唾を呑んで雫の話を聞いていた。

 アリスも固まっている。

 え、あたし、人工的にあの「一滴」みたいなの作り出しちゃったの。

 アリスは「一滴」に、かなり強烈にやり込められた事を思い出すと、ぞくり、とした。

「心配しないでアリス。もしメタアリスが怖くなったら、デリートシーケンスを開始させれればいいだけよ。あたしの第一目的は、アリスを守る事。もしあたしの存在がアリスを傷つけるなら、あたし自身がデリートシーケンスを開始させるから」

 え。

 代替わりする時、乗り移られ消えて行くアリスの子供の自我。その時みんな「ありがとう」と言う。

 それを聞くのと同じ感覚をアリスは持つ。

 アリスは自分の目頭が熱くなるのを感じた。

「莫迦ね。デリートなんかしないわよ。あなたはある意味、あたしの娘でも有るんだから」

 そう言うと、アリスは腕時計に似た装置を優しく撫でた。


■玄雨神社の新年会 参


 そんなアリスに礫が言った。言う前にふぅと息を吐く。

「お前に『鬼』を憑けようとした時、玄雨が必死に止めた理由、今やっと判ったよぅ」

 そう言うと、アリスの方にずいっと顔を近づけた。

「お前、良い奴だねぇ」

 はい?

 雫を除けば、世界で一番怖いと思っている礫からそんなコトを言われ、アリスは当惑した。

「始終お前の言動から影響を受けた、そのメタアリスとか言うのが、大事な言いつけを守るって言うのはねぇ、親がしっかりしてる証拠だよぅ。どんなに大事な言いつけでも、親が駄目な奴だと、子は守っちゃくれないものなのさぁ。己が命を捨てても言いつけを守るっていう親孝行者に自然と育てられると言うのは、根が良い奴じゃなきゃ出来ない事なんだよぅ」

 そう言うと杯の酒を呑む。

「見直したねぇ」

 アリスは礫にかなり、いや、相当に褒められた事に気付くまで暫くかかった。

 かかった理由は、「鬼」を浸けられそうになった体験、その恐怖がやはり影響していたのだろう。

 アリスはふう、と息を吐き出すと、礫に杯に酒を注いだ。

「ありがとう」

「頂くよぅ」

 礫はそう言うと杯を乾す。アリスのグラスに酒を注ぐ。アリスは空になった礫の杯に酒を注ぐ。

「乾杯」

「あぁ」

 カチリと杯とグラスが優しく接触した音がした。

 礫殿とアリスが仲よくなって幸いだ。

 そう雫が思った時、ぞくり、とする感触を味わった。

 まさか。

 あのメタアリス、ここまで読んでの策、だったりするのか。

 己が主人の守りを強固にするため、主人さえ手駒にして策を行う。

 やはり一滴と似たようなもの、なのかも知れぬな、と雫は思った。

 だがそれでも、礫の言う通り、親孝行者には違いない。

 光とアカネがメタアリスの事を信頼して話している様子を見れば判る事だった。

 などなど思索しつつ、雫は杯の酒を呑んだ。

 ふとみれば、光、灯、アオイ、アカネの四人が輪になってお手玉をしていた。

 隣から受け取ったお手玉を一度、自分の所で回した後、隣に放る、という遊び。

 普通のお手玉と少しばかり違うのは、その速度がどんどん早くなって行く事。

 常人では目で追えないほどの早さでそれは行われていたのだった。

 途中で灯が手を滑らせてお手玉を落す。

「あ、灯ちゃんの負けー」

 アカネが(はや)す。

「次は勝たせてもらいますよ」

 ぎん、という音がしそうな感じで灯は気合いを入れる。

 再びお手玉が再開され、すぐに常人では目で追えない速度になる。

 やがてお手玉が巻き起こす風であたりのものが少し動くばかりとなると、困った事に霊脈が渦を巻き始める。

 四人の真ん中に霊脈の渦が生じ、青白い光の柱となる。

「此れは見物だな」

 だが。

「遊びは其所まで」

 雫は扇を振ると、風でお手玉を自分の手元に集めた。

「あ、雫師匠、ずるい!」

 アオイの言葉を皮切りに口々に不平を言う。

 雫は微笑むと、「これ以上霊脈をかき回すと、編んだ安寧の霊脈にまで乱れが及ぶ。だから止めた」と言った。

 この言葉に一同しゅんとする。

「怒ってはいない。むしろ驚いている」

 雫はアオイの名を呼び声をかけた。

「光、灯、アカネは時の女神、竜の女神、それと同等に渡り合うとは、やはり、生まれた時に感じた事は正しかったと、改めて思ったよ」

 アオイは少しきょとん、としている。

 雫はアリスの方を向く。

「アリス、アオイが生まれた時、アオイの目にも気脈の光が視えたと言ったな」

「ええ、視えたわ。それが?」

「竜の星の件で、アカネの修業を早めたが、実はアオイにも時の女神と同じ位の巫術の才がある」

 ええっ!

 一番驚いたのはアオイだった。

「そうでなければ、あのお手玉を続ける事は叶わない」

 雫はアオイの方を向くと、言った。

「正月が終わったら、時の女神の技の修業を始めよう」

 その言葉にアカネを筆頭にアオイの周りに集まる光、灯。

 きゃいきゃいと皆嬉しそうだった。

「そうすると、時の女神と同じ力を持ったものが四人、となる訳だねぇ」

 雫は礫の方に体の向きを向ける。

「左様に」

 礫は右手に握るサイコロを見つめていたが、僅かに歯がゆそうな顔をするとそれを仕舞う。

 そして「時が絡んでいちゃぁ、占えないねぇ」と呟いた。

「ご心配事でも」

「いえねぇ、女神はやたらと面倒な災厄に見舞われるだろぅ、ちょっと心配になっただけさぁ」

 確かに。大きい力は相応の使命を帯びる。

 時の女神の力が四人。

 それが意味するもの。

「心配しないの雫。何かあっても大丈夫。あたし達がいるんだもの」

「そうだなアリス。心配は無用だ。それに今は正月のお祝いの最中、お目出度い最中だ」

 礫がうっすらと笑うと言った。

「目出度い席に、死に神も居るけど、ねぇ」

 ぷははは、とアリスが吹き出した。

「つ、礫がジョークを言うなんて、あはは」

「なんだい?あたしだって冗談くらい言うよぅ。悪いかぃ?」

「悪くない、悪くない。さあまだまだ宴は続くわよぉ!」

とアリスは愉快そうに言うと、礫と雫の杯に酒を注いだ。

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