最終話 恋人同士のキスをしよう
それは、 素人目には、 殆ど同時にキマったように見えた。
もう痛みが限界のはずの左足で、 コタローがしっかりと床を踏み込み蹴り上げる。
華麗な跳躍をしながら、グイッと竹刀を前に伸ばして面を狙う。
それとほぼ同時に、 恩田選手がコタローの胴めがけて横から竹刀を振りかぶるのが見えた。
パシーン!
竹刀の当たる、 激しく澄んだ音が場内に響き渡る。
ーー えっ、 どっち?
コタローの面はしっかりキマっているはずだ。
だけど、 胴を打っている部分は観覧席側からは見えない。
胴は入ってるの? どちらが速かったの?!
「こりゃ…… どっちだ? 」
隣で宗次郎先生がボソリと呟いた時……
間を置かず3本の白い旗が上がり、『面あり!』という主審の声。
ーー 面…… 白い旗…… コタロー!
『勝負あり! 』
コタロー側に旗を上げながら主審がそう告げると、 その瞬間、 わっと会場が沸き立ち、 満場の拍手に包まれた。
「ハナ、 やったね! コタローの優勝だよ! 」
「うん! 」
京ちゃんと両手を合わせてピョンピョン跳ねながら、 広い会場を改めて見渡す。
ーー 凄い……凄いよ、 コタロー。
コートをぐるりと取り囲んだ観覧席で、 観客たちが総立ちとなり、 死闘を繰り広げた2人の若き剣士に、 惜しみない拍手を送っている。
特に、 左足を負傷しながらも最後まで諦めず、 最後は文句なしの見事な面で、 正々堂々と勝利を収めたコタローへの賞賛の声は、 止むことがなかった。
この大きな歓声も、 鳴り止まない拍手も、 今は勝者となったコタローに捧げられているものだ。
コタローはこの瞬間、 世界一の中学生剣士になったんだ……。
私は鳥肌が立つほどの感動に見舞われて、 放心状態のまま、 ただひたすら手を叩いていた。
「ハナ、 コタローの所に行ってあげなよ。 行って、『よく頑張ったね』って、『おめでとう』って言っておいで! 」
「うん…… 京ちゃん、 あ゛りがどう…… 」
京ちゃんから手渡されたティッシュでズビッと鼻を擤みながら頷いた。
涙で京ちゃんの顔が滲んで見えたけど、 その京ちゃんの顔も泣いていた。
1階に下りると、 会場内は沢山の人でごった返していて、 なかなか中に入ることが出来なかった。
前に進もうと人混みを掻き分けていたら、 コタローの声が聞こえてきた。
「ハナ! 」
ーー コタロー! コタローが呼んでいる!
「すいません!」、「ちょっと通して下さい!」
人垣の中から背伸びをしたら、 面を外したコタローが、 会場をキョロキョロ見回しているのが見えた。
誰を探しているのかは分かっている。
彼は…… 私を探してくれているんだ。
「コタロー! 」
人混みの中から私が叫ぶと、 私を見つけたコタローが、 満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
「ハナ! 来い! 」
私は体を斜めにして人と人の間をすり抜けると、頷く代わりに走り出す。
「コタロー! 」
コタローの胸に迷わず飛び込むと、 ガバッと力強く抱き締められた。
「ああ、 悪いな。 足が痛てぇ〜から、 アレが出来ないわ」
「アレ?? 」
「ほら、 アレ。 脇から抱き上げて、 クルクルクル〜って回るやつ。 女子はああいうのが好きだろ」
「そっ、 そんな恥ずいことするはずないでしょ! それよりも、 ちょっと屈んでよ! 」
「えっ、 何だよ」
コタローが屈むのを待って、 頬にチュッと口づける。
「ええっ?! なっ! …… 何? 今のはご褒美?! 」
「対価交換! 春から溜まってた分と、 今の感動の分! コタロー、 おめでとう! 」
するとコタローは、 私の背中に手を回したまま、 口角をニヤッと上げて、 不敵に笑う。
「馬鹿ハナ…… こっちの方がよっぽど恥ずいっての! それにな…… 対価交換は思いっきり利子がついてんだ。 こんなもんで足りるかよっ! 」
そう言うと、 片手でグイッと私の頭を引き寄せて、 思いっきりキスをした。
ーー えええっ?!
コタローの大胆な行動に、 やや興奮が収まりかけていた会場が、再びどよめき出す。
思いっきりザワついたその後に、 拍手と声援と口笛と…… 大きな歓声が、 会場中を包み込んだ。
ワァーーーーーーッ!
ピィーーーーッ!
おめでとう!
頑張った!
お幸せに〜!
もっとやれ〜!
その大歓声の渦の中心で、 コタローが、 耳元に口をつけ、 囁きかける。
「ハナ…… 大好きだ。 付き合って」
「…… はい」
真っ赤な顔で頷いて、 コタローの胸に顔を埋めた。
「ハナ、 知ってるか? 恋人同士になったら、 対価交換なんて無くてもキス出来るんだぜ」
やけに色気のある声色で言われて「えっ?」と顔を上げたら、 そこには目を三日月みたいに細めた甘々な顔があった。
私の目を見つめたまま、 ニコニコと、明らかに何かを待っている。
「えっ、 今? ここでっ?! 」
コタローは芝犬のように甘えた瞳でパチパチッと瞬きして、 ただじっと私を見つめ続ける。
首筋がカーッと熱くなってきた。
なんだかいたたまれない。
「う〜っ、 マジですか…… 」
だって、 神聖な武道場の中だよ?
1000人もの観客に囲まれてるんだよ?
学校の先生や親も見てるんだよ?
またSNSとかで騒がれちゃうよ?
それから、 それから……。
グルグル考えながらもう一度見上げたら、 目の前には、 世界一の彼氏の、 世界一シアワセそうな笑顔があった。
ーー まっ、 いいか……。
私はコタローの首に勢いよくしがみつくと、 前屈みになった彼の瞳を見つめて、 それからゆっくり顔を近づけた。
ワーーーーーーッ!
ヒューーーーーッ!
ピィーーーーーーッ!
三たび湧き上がった会場の真ん中で、 トクントクンと高鳴る2人の鼓動。
このあと大騒ぎになるかもだけど、 みんなに呆れられるだろうけど……
コタローがあまりにも嬉しそうにしてるから …… 私はそれ以上、 考えるのをやめた。
完
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆さまの応援に支えられて、ここまで続けることが出来ました。
キリのいいところでひとまず完結とさせていただきましたが、実は高校編および2人の将来のお話まで考えてあって、ラストも決まっているのです。
今後余裕がある時にデレデレのヒーローインタビューやお弁当の行方、受験話の特別編をちょいちょい挟んで、その後に高校編も書けたらいいな……と考えています。
もしもここまで読んで、少しでも心に残るものがあれば、ブックマークや評価ポイント、感想やレビューなどでご意見いただければ、今後の指標になります。
沢山の作品の中からこの作品を見つけて下さり、どうもありがとうございました。
*2020年1月2日、番外編を追加しました。