86、 馬鹿と愛妻弁当
団体戦は準決勝に差し掛かり、 会場の声援もますます大きくなっていた。
「これが終わったら女子決勝で、 その次が男子決勝だよね? そろそろテープを巻くよ」
「おう」
冷却スプレーをしてから足の甲に次々とテープを貼っていく。
試合で多少動きにくくはなるだろうけど、 患部の固定のために、 ガッチリ巻きつける。
「…… 準備万端だな」
「うん。 ちゃんとテープの角をハサミで丸くカットしてきた」
「偉い! お前、 学んだな」
「うん、 学んだよ。 まだ全部は無理だけど、 足のやり方だけでも練習しておいて良かった」
「ん…… ありがとな」
テープをグッと強めに貼ると、 コタローが「痛っ! 」と、 後ろに顔を反らした。
「こんな状態で試合を続けるの? 」
「続けるよ」
「…… 決勝の対戦相手の恩田くんは、 『面返し胴』が得意技」
「ああ、 去年の決勝はそれでやられた…… って、 なんでお前、 知ってるの? 」
「私は応援する事しか出来ないから…… せめて剣道について学んでみた」
「……そうか」
コタローが目を細めて、 ふわっと柔らかく微笑んだ。
「…… それでも面で勝負するの? 」
「ああ。 向こうが『返し胴』が得意なら、 こっちはそれより早く打ち込むだけのことだ」
「宗次郎先生が、 コタローは大馬鹿ものだって」
「ハハッ…… お前もバカだと思ってる? 」
「…… 思ってる」
「…… ハナ、 男には、 どうしても戦わなくちゃいけない時があるんだよ」
「…… それが今なの? 」
「うん、 そう」
「何のために戦うの? 」
「ん? …… 愛のため? 」
「…… やっぱりバカだ」
「ハハッ、 バカだな」
「バカだけど…… カッコいいよ、 コタロー」
「えっ? 」
「…… さあ、 巻き終わったよ。 なかなか上手にできたでしょ? 具合はどう? 」
私は道具を全部バニティケースに片付けて蓋をすると、 コタローの足にそっと手を置いた。
コタローがゆっくり足先を動かして、 満足げに頷く。
「うん、 バッチリ。 すごく手際が良くなってるな。 これ、 めちゃくちゃ練習しただろ」
「したよ…… 何度も何度も繰り返し練習した。 コタローのことを思い浮かべながら…… 愛のために頑張った」
「えっ?! 」
私は足の下からバスタオルを外し、 コタローの左足を持ったまま、その顔を真っ直ぐに見つめる。
「コタロー、 私はこんなに痛い思いをしてまで試合を続けるなんてバカだと思うけど、 そんなコタローがカッコいいと思うよ。 …… 大丈夫、 コタローは絶対に負けない。 絶対に勝つよ。コタローは私の最高の幼馴染で…… 私が大好きな最高の彼氏なんだからね! 」
コタローは私の顔を見つめたまま口をポカンと開けて…… 両手で顔を覆って天を仰いだ。
「くっそ〜、 このタイミングでソレを言うか…… 」
私の手から足を下ろしてすっくと立ち上がると、 腰に手を当てて首をグルリと回し、 満面の笑みで見下ろす。
「ハナ、 俺、 行ってくる。 こんなの全然負ける気しね〜わ」
「うん、 行ってらっしゃい …… 見てるから」
「おう、 お前の彼氏が世界一になる瞬間を見せてやる」
コタローは竹刀と面を持って歩きかけたけど、 ふと立ち止まって振り返った。
「ハナ…… 俺さ、 試合の後ってめちゃくちゃお腹が空くんだけど…… なんか食料持って来てない? 」
ーー あっ!
「あのね、 コタロー、 私、 お弁当を作ってきたんだけど…… 」
「えっ、 マジかっ?! お前、 料理なんて出来ないじゃん! 」
「出来ないけど作ったの! ちゃんとカロリー計算までしたんだよ! 」
「凄げえな、 オイ。 初めての愛妻弁当だな」
「あっ、 愛妻って …… 馬っ鹿じゃないの?! 」
「ハハハッ、 楽しみにしとく〜! 」
そう言いながら、 竹刀を持った手を振って、 コタローはコートへと向かった。