82、 サプライズ弁当は勝利の道へと導く
準決勝の相手は、 去年も戦ったことのある東京代表の選手だった。
あの時は、 延長戦までもつれ込んで、 どうにか胴を決めて辛勝したけれど、 今日はこんなところでグダグダやってるようじゃ駄目だ。
決勝にはきっと、 隣のコートで戦っているアイツが勝ち上がってくるはず。
俺も俺自身の夢を叶えるために、 きっちり決勝進出を決めてやる。
ーー ハナ、 待っててやるから絶対に来いよ!
それまでは絶対に…… 勝って勝って、 勝ち進む!
***
剣道部の仲間たちと一緒にお昼の弁当を食べていたら、 京ちゃんが暗い顔をして歩いて来た。
「コタロー、 決勝進出おめでとう。カッコ良かったよ」
「ありがとう」
「だけど…… ごめん、 ハナはまだ来てないんだ」
「そうだと思った。 観客席に姿が見当たらなかったから。 アイツ、 何かあったの? 」
「高速道路で大きな事故があったらしくて、 1時間半以上も車が進まなかったんだって。 でも、 今はもうこっちに向かってるから……本当にごめん」
「京ちゃんが謝ることじゃないよ。 事故ったのがハナたちの車じゃなくて良かった。 決勝には間に合うのかな? 」
「それは大丈夫だって言ってた。 たぶん団体戦が始まる頃には着くんじゃないかな」
「そうか、 ありがとう」
「…… それってコンビニ弁当? 」
何故だか知らないけれど、 俺が食べ終わろうとしている鮭弁当をチラリと見て、 京ちゃんが溜息をついた。
「ああ、 母さんがお弁当を作ってくるって言ってたくせに、 時間が無かったとか言ってさ。 会場の近くのコンビニでこれを買って持って来た」
「コタロー、 あのね…… 」
「なに? 」
京ちゃんは顎に手を当ててちょっと悩んでいたようだったけれど、 思い切るように口を開いた。
「実は今日ね…… ハナがお弁当を用意してたの」
「えっ?! 」
ーー ハナが…… 弁当…… だとっ?!
立っている京ちゃんを見上げて、 思わず大声を上げる。
「ウソだろ…… アイツ料理なんてしないじゃん! 」
「しないよ! しないはずのハナが、 今回はコタローのために頑張ったの?! 」
「…… マジ?! 」
「本当にマジ! 」
「それで弁当は?! 」
「だから…… ハナと一緒にこっちに向かい中で…… 」
「…… ああ」
ーー 生まれて初めてハナが俺のために作ってくれた弁当が無駄になったって訳か……。
『ガックリ』という言葉以外に当て嵌らないと言うくらいガックリ肩を落として、 手元の鮭弁当を見つめる。
「ハナはね、 サプライズでコタローを喜ばせようと思ってたの。 コタローは凄く頑張ってるのに、 自分は応援することしか出来ないから…… って。 風子さんにも内緒でってお願いして」
「そうか…… その気持ちだけで十分だ」
「ハナね、 凄く頑張ったの。 ほら、 私のお母さんが栄養士でしょ? ハナはメモ帳持参でうちに来て、 お母さんにカロリー計算の仕方とか、 アスリート用の食材とか相談して、 お弁当の献立を一緒に考えたんだよ」
「えっ、 そこまで…… 」
京ちゃんは「うん、 そう」と深く頷く。
「コタローは182センチ70キロで、 基礎代謝が1890kcal。 試合の日は防具をつけて一日中激しい運動をするから、 お昼のお弁当だけでも1300kcalは必要なんだってさ。 何度もカロリー計算を手伝わされて覚えちゃったわよ! 」
「マジか…… 」
感動で頬がピクピク震えてきたけれど、 こんな所で泣くわけにはいかない。
右手で口を覆って必死で堪える。
「京ちゃん…… なんか、 俺…… 感動だわ」
「うん、 私も面倒くさがりのハナがここまでやるとは思ってなかった。 でも、 あの子って押しが弱いから、 間に合わなかった時点で、 もうお弁当の事は言い出せないと思うんだ。 だから、 ハナがお弁当を用意してたって事だけは知っててあげて」
「……うん、 分かった。 京ちゃん、ありがとなっ。 それを聞いただけで元気が湧いてきたよ。 ホントに嬉しい」
「まあ、 ハナが頑張ってるのはそれだけじゃないけれど、 それは本人から直接聞いてよね」
「えっ?! 京ちゃん! 」
京ちゃんは意味深な言葉だけを残してカッコ良く去って行った。
「うっわ〜…… ヤバイな、 これ」
ハナがそんなに頑張ってたらさ…… もうこんなの勝つ以外無いだろう?
「俺、 ちょっと素振りしてくるわ」
仲間にそう言い残すと、 俺は竹刀を手に取り会場の中に入って行く。
ーー 京ちゃんにばっかカッコいいとこ見せられてたまるかっちゅーの!
まだ選手が戻って来ていない会場で1人ブンブンと竹刀を振り始めると、 観覧席にいた女子が何人か写真を撮ったりキャーキャー騒ぎ立てるのが目に入った。
だけどそれを無視して無心で竹刀を振り続けるうちに、 周囲の音も色もすべて消えて、 目の前には真っ直ぐに伸びた勝利への道だけが、 くっきりと浮かび上がっていた。